第50話

 ※前半、めちゃくちゃ重たい話となります。きつい人はページを閉じることをお勧めします。それでも良いという方は、どうぞ。


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「「行ってきまーす!」」


「おう、行ってらっしゃい……さて、たまには、な」


 妹と幼なじみ(実質第二の妹)を送り出した叶恵は、家の奥に行く。


 二階建ての伊吹乃家は一階にリビングダイニングキッチン、そして風呂とトイレ、最後に、和室がある。


 その和室にはある。


「久しぶり」


 正座をした叶恵の目の前には、仏壇。

 遺影の中では一組の男女が並んで微笑んでいる。


 どちらも叶恵や叶波と似ており、男性の方は中性的で、髪が長ければ男女ではなく、二人の女性に見えていたことだろう。


「なぁ、俺、星華学園で優秀枠維持してさ、やりたいこと、やりたいようにできてるよ。叶波は相変わらずレアと仲良いしさ。和之なんて彼女できたんだ。…………皆、進んでるよ。シアは、そっちでどうしてる?元気……なわけないか。また、会ったら謝っといてくれ。いつか自分で謝りに来るからって……」


 手を合わせて、静かに。

 両親の遺影に最後に数秒間の黙祷を捧げる。瞼の裏には過去の光景が映っていた。


 *


 二年ほど前の話をしよう。

 十二月三十一日、大晦日でのこと。

 伊吹乃家は毎年近くの神社に初詣に行っており、その年も例年通りにお参りに行くはずだった。会えば一緒に行くことになっていた原田家と、たまたま一緒に行くことになった皆嶋家と共に、大所帯で参列したいた時に、ことは起こる。


「引ったくりだ!誰か!捕まえてくれ!」


 突然後方で声が上がり、当時警察官だった叶恵の父、はれは、即座に動きだした。


 引ったくり犯はナイフを所持していたらしく、それで参拝客を脅しながら逃げようとしていた。


 その前に立ち塞がった晴は、ナイフを突き出していた犯人の手を、握ろうと


「ねぇ、この騒ぎ何?」


「………っ!」


 皆嶋 シア。

 レアの姉であり、叶恵、和之と同い年の少女は、御手洗から帰って来た直後で、騒ぎには気づいても、それがなんの騒ぎかは気づかず、更に間の悪いことに、周囲の人達に隠れ、犯人がすぐ近くにいることや、晴がその手を掴もうとしていた場面が見えなかった。


 後ろ姿で晴だとわかってしまったシアは、近くに叶恵達がいないことを疑問に思い、近づいてしまったのである。


 そしてその声に晴が反応したことで、事態が急変する。


 僅かに硬直した晴を、犯人が刺したのだ。それも、ご丁寧に心臓を一突きという、最悪の刺し方で。


 血を吐きながらもたれ掛かるように体が傾いた晴を犯人は煩わしいとばかりに腕で払う。


 倒れてしまった晴に、妻の、つまりは叶恵と叶波の母である恵美めぐみが取り乱し、すぐ側に犯人がいることも忘れて晴の元へと駆け寄った。いや、駆け寄ろうとした。


 突然飛び出して来た恵美に驚いた犯人が、慌てながらその手に持つナイフを横に振るった。


 不幸というものは重なるもので、背の低い恵美の首を切り裂いたナイフは、しっかりと頸動脈にまで傷を付けた。


 力無く崩れ落ちる恵美に、全員が凍りつく。犯人が出た時には晴が動いた。晴が倒れた時はすぐに恵美が動いた。あまりにも早い展開に、全員の頭が追いつかない。そんな中で一人だけ動いた者がいた。


 シアである。


 当時道場に通っていたシアは、果敢にも犯人の前に立った。


 なぜ邪魔をすると、喚く犯人の手首を強く打ち、ナイフを取り上げたシアは、その手とは逆の手で犯人を殴ろうとした。


 だが、もう一度言おう。


 傍観していた参拝客の中に赤子がいたのだろう、甲高い泣き声が突如上がる。


 先程の晴の巻き返しのように硬直するシア。中途半端に取り上げたナイフがその拍子に手から零れ落ち、金属質な音を立てて、石畳に落ちる。


 その音でハッとした時には既に遅く、いつの間に手に持っていたのかも分からないもう一本のナイフに、胸を刺し貫かれ、前の二人と同様に、倒れた。


 その後もしばらく暴れ回った犯人は、通報されて飛んできた警察官に捕らえられ、後に覚醒剤の所持が発覚、禁断症状で正気を失っていた。


 だが、そんなことがわかったところで気休めにもならない。


 失われた人は帰ってこない。

 何もできなかった残りの八人は、警察から状況の説明を求められ、上の空で質問に答えていた。


 特に酷かったのは叶波で、その後の数ヶ月は家に引きこもり、うち最初の一ヶ月は叶恵とも口をきかなかった。


 また、レアも同じような状態だったらしく、しばらくは親と口もきかず、部屋に引きこもって、食事を摂ることも少なかったという。


 叶恵や和之は立ち直りは早く、その間はひたすら二人のサポートや、励ましを続けていた。


 叶波が立ち直るまで両親の遺産で何とかやりくりしていた叶恵だが、それもいつかは尽きる。


 和之の両親から養子にとの打診があり、年齢的にも働けない二人は承諾。家はそのままでいいしなんなら住み続けてもいいという言葉に甘え、中学卒業後は働こうとした叶恵に高校には行きなさいという言葉にも甘えた。しかし、これ以上負担はかけたくないと、私立で優秀者学費免除の制度がある星華学園に進学し、ここまでに至る。


 立ち直りはしても、心の傷は癒えていない叶恵は、二週間に一度程のペースで仏壇の前で手を合わせ、こうして近況の報告をしているのである。


 *


「それじゃ」と、部屋をでた叶恵は、自室でパソコンを起動させる。起動の完了を待つ間に軽くスマホを確認すると、和之と雫からLineが入っていた。


『ねぇ叶恵、今日昼から雫さんと映画見に行くんだけどどんな格好すればいいかな?』


『伊吹乃さん、今日のお昼から和之さんと映画に行くんですけど、どんな格好で行けばいいですか!?』


「あいつらほんとに似た者同士だな」


 叶恵は思わず苦笑い。

 聞く内容が同じなことが多いこの二人。相談に乗っていた間も、同じようなタイミングで同じようなことを聞いてくる事が多々あり、まだ一週間も経っていないのにも関わらず懐かしさを覚えているのである。老人か。


「とりあえず……和之には『あんま攻めようとするな。シンプルイズベスト位の気分で選ぶのがいい』と。で、樫屋さんには……うーん……和之の好みか……清楚っつってもなぁ……もはや俺よりも樫屋さんの方が網羅してそうなんだが……どうしたもんかね」


 しばらく悩んでいた叶恵は『えっ、Tシャツにジーパンでもいいの?』などと返信を返してきた和之に『馬鹿野郎』とだけ返してから、雫に『ワンピースとかがいいと思うぞ』と送り、起動したパソコンであるサイトに飛んでから凄まじい勢いでタイピングを始めるのであった。


 *


「んー!疲れた!」


 午前十一時二十五分。かれこれ三時間強パソコンと向かい合っていた叶恵は、一段落終えたのか、グイッと伸びをする。


「腹減ったな……なんか作るか」


「何作ろっかなー」と呑気にキッチンで冷蔵庫を覗いていた叶恵は、すぐに自室に行ってしまったがために気づけなかった机の上の物体に気づく。


「……………あんのバカ妹が……」


 幸い今は時間的に三時間目の終わりごろであり、叶波の通う中学は伊吹乃家からさして遠くもない。


「はぁ〜……行くかー!ついでに牛乳買って帰ろ」


 発言が所帯染みているが、基本的には叶恵が料理を担当しているためにこうなっているのである。


 財布とエコバッグ、そして叶波の弁当を携えた叶恵は、ジメジメとした空気の中をママチャリで進む。


 五分程度で中学へと辿り着き、学校のインターホンを押し、叶波を呼び出してもらう。丁度授業終わりだったのが幸いしてか、校門の向こう側から全力疾走してくる叶波の姿が。


「お兄ぃ!ありがとう!死ぬかと思った!」


 門が閉まっていなければ抱きついて来ていたことだろう。相変わらずのブラコンぶりである。


「次からは忘れんなよ」


「うん!あっ!ちょっと待って!」


 踵を返そうとした叶恵に叶波がストップをかける。


「ん?どうした?」


 振り返った叶恵の頭に、もんの隙間から手を伸ばした叶波の手が乗る。


「お、おい……」


「いつもありがとね。でも無理しないでね」


 ふわっとした優しい笑顔。


「……お前に言われたくないな」


 一瞬呆気に取られた叶恵は、ぶっきらぼうに応える。


「むぅ……別にいいじゃん!じゃ!」


 素っ気ない返事に拗ねた叶波が校舎に戻っていくのを見届けた後、家に帰った叶恵は、


「牛乳買うの忘れてたぁぁーー!!」


 と絶叫したという。



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 五十話を突破しました!

 そんな記念っぽい話数で重たい話を持ってきてすいません……でもいつかは出さないといけなかったので……次回からはいつも通りに戻りますのでご安心ください!

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