第46話

「はぁ、もういいわ。来てしまった以上は直接頼むしかなさそうね」


 一度止まったと思えば舌の根も乾かぬうちに上からだか同じ目線だか分からない物言いをする王小路。

 当然のように叶恵の眉間にシワが……


「あ?頼み?なんだよ、それならそうとさっさと言えば良かったってのに」


 寄らない……!?


「えっ」


「はぁ……ったく、大体なぁ、なんで人に頼み事しようって時に出会い頭で暴言吐くよ?意味わかんねぇんだけど」


 ご最もである。


「くっ、それは……」


 物凄く悔しそうに歯を食いしばっている王小路だが、あまりにも下らないプライドである。ただし、その目は凄まじい勢いで泳いでいるが。


(グゥの音も出ませんわね……全く、他に選択肢がなかったとは言え、何が悲しくてこんなちんちくりんにこの私が頼み事を)しなくてはならないのかしら。本当に度し難いわね。どうすればこの以外の選択肢がでてくるのかし……」


「……途中から声が出てるぞ?」


「はっ!?」


 咄嗟に叶恵の方を見ればピクピクと頬が引き攣る叶恵の姿が。流石にマズいと思ったのか顔が青ざめる王小路お嬢様(笑)である。実にバカバカしいと思いつつも何も言わない青野は達観した目で二人を見ている……動いてくださいよ……


「あのさ、つい一分足らず前に言ったよな?人に頼む時になんで暴言吐くんだ、って。これ以上その態度で行くってんなら手伝わねぇからな?」


 ついに眉間にシワが寄り始めた叶恵。頼まれごとには基本的に弱いものの、ここまで貶されれば話は別である。


「…………………」


 はいそこ、唇噛み締めて俯きながら悩まない。いつまで続くんですか?


「……よ」


「あん?」


「分かったわよ!土下座でも何でもするから聞いてちょうだい!」


 開き直ったように顔を上げてやっぱり開き直ったことを言う王小路である。余程恥なのかボム兵状態に合わせて泣きそうである。


(えぇー、なんで夢乃さんが泣きそうに……いえ、そういう人でしたね)


 はぁ、と軽めのため息が給水塔の上から漏れるが三人は気づかない。


「おう、土下座は要らねぇから、要件言え」


 言い合いで疲れたか営業スマイルすら作らない叶恵である。それでいいのか。


「ええ、本当に簡単なことなのだけれど……」


 そう前置きした後で、再び王小路が口を開く。


「──さんと──く────て─────ら──────」


「は?なに、そんなんで良いのか?」


 内容を聞いた叶恵はあまりにも簡単なそのにぽかんとする。


「なっ……!貴方、簡単って……人が頭を下げて頼んだことを……!?」


 それが常識とばかりに王小路が食いつく。なるほど確かに自分が出来ないと思って頼んだことが簡単と言われれば腹が立つだろう。しかし、しかしである。この王小路 夢乃というお嬢様は、。お願いしますとも言っていない。


「いや、実際簡単だし。小学生ならほぼ全員できるぞ?」


「はあっ!?馬鹿にしてるわね!?」


 暗に小学生以下と言われたように感じ……いや、うん、言われた王小路がキレる。


「いやいや、そういうことじゃない」


 対する叶恵の冷静さが両者の余裕の有無を見せつけている。


「じゃあどういうことよっ!」


「これまた簡単な話だ。小学生の時って大声で挨拶できてただろ?」


「え、えぇ……そりゃあ、当然」


 突然の例えに戸惑いながらも返答する王小路。数瞬前の烈火の如く怒っていたというのに、あっという間に冷めてしまったようである。


「でもさ、今って大声で挨拶、できるか?」


「………!!」


「あぁー、なるほどな。そういう事か」


「そういう事だ」


 愕然としたように口が半開きになったまま固まる王小路。対称的に青野は分かったというように頷いている。


「ま、を当たり前にできればお前のその相談は解決だからな」


 あっさり終了。そして、


「はれ?屋上って開いてましたっけ〜?」


「え?あ、ほんとだ。丁度いいしご飯たべてこーよ」


「………ん」


 下から声。しかも三つ。


「「「「………!」」」」


 息を飲む四人。見つかったところでなんだという話な上、やましいことも欠けらも無いのに隠れようとする。場所は当然、


「(給水塔の上行くぞ!)」


「(えぇ!)」


「(はっ?ちょ、まっ)」


 蜘蛛が糸を這うかのようにスルスル登る叶恵と王小路。対して青野はガタイが良く、体重もそこそこあるために錆び付いた梯子を登りたくなく、結果立ち往生。


「でですね〜、あ」


「ん?どしたの……あ」


「…………あ」


「あ」


 なぜ全員揃って口をポカンとさせるのか。気持ちは分からないことも無いが、全く同じ反応ってどうなのだろうか。


「あれ〜、もしかして青野さんですか〜?」


 出てきたのは三人。

 一人目、倉持 優奈

 のんびり口調と眼鏡にお下げな優等生。成績学年一位の、座学においては叶恵を超える少女である。


「あれ?優奈、知り合い?」


 二人目、金木かねき 雨音あまね

 名前はちょっと格好いいものの、これといって特徴は無い。強いていえば髪の色が茶髪とは言えないけど焦茶色とも言えないということだろうか。身長体重容姿身体能力全ての要素を平均で攻めるある意味個性的なのに目立たない少女である。


「………………ん」


 そして三人目、羽屋はねや 小豆あずき

 無口、低身長、いつも眠たそうな顔、それでも成績的には学年五十番台には乗るこの少女。だがしかし、この少女を語る上で最も大事な要素がある。

 それ即ち、胸、である。


 冬の制服を着ていてすら目立つ程の……大きな胸。

 夏服ならどうなるか。少なくとも男子高校生にとっては毒も毒、猛毒である。

 入学式のクラス内での顔合わせの段階で既に何人かが沈み、噂になりかけたほどである。幸か不幸か春来聖女様や王小路お嬢様(笑)など、より癖の強い方々がお隣にいた影響で広がらなかったのである。


 何が言いたいか。まぁ、お解りのことかと思われるが……


「…………………………(サッ)」


「あ」


 はい、ガン見していた青野から逃げるために倉持の後ろへと隠れる羽屋。落胆の声が青野から溢れ、冷たい視線が正面から一つ、上から三つ。


 ピンチである。


 *


 さて、一、二分程時間を巻き戻し、給水塔の上に登った直後の叶恵、王小路、春来のお話である。


 まず、


「うぉ………………っ!!!」


 給水塔に登ったところで春来がじぃーっと見ていたことに悲鳴をあげそうになったものの、咄嗟に手で塞いで声を出さなかった叶恵に拍手。


 続く王小路は何故か大して驚くこともなかった。よって拍手は無しである。


「(なんでお前ここにいるんだよ?)」


 給水塔の上で下から見られない位置に移動した三人は座り、叶恵が会話を切り出す。


「(その、伊吹乃さんを待ってる時に、夢乃さんと青野さんの喋り声が聞こえて……)」


「(今と状況同じじゃない)」


「(どうする?青野の奴がまだ登ってきてな……)」


「「「「あ」」」」


「「「(あ)」」」


「(あんの馬鹿、何やってんだ!)」


「(と言うよりも、あの筋肉達磨の視線の先を追ってみなさい)」


「(知ってるからやだ。あーあー鼻の下伸ばして……)」


「(なんで知ってるのよっ)」


「(伊吹乃さんは全生徒のある程度のプロフィール持ってるらしいですよ?)」


「(は!?何それどういうことよ!!)」


「(高野にでも聞けよ面倒くせぇ)」


「(私あの先生苦手なのよ!)」


「(ああー、権力が効かねぇもんな)」


「(違うっ!……ん?……………………)」


「(どうした?急に……黙っ、て……………………)」


「(え?二人共何があったんですか?…………………あぁ、なるほど)」


 こうして青野は計四つのジト目に晒され、しばらくの間は肩身が狭くなる。


 そして、何故六つではなく四つなのか。


 一つは羽屋が倉持の後ろに隠れているから。

 そしてもう一つは、倉持がのんびりとことの成り行きを見守っていたからに他ならない。


 つまり、


「すいませんでした……っ!!!」


 現在情けなくも土下座している青野は、プレッシャーの数を自らを含めて減らした倉持に全力で感謝しなさい、という話である。







 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 男子高校生の性ってやつですよね。どうしようも無いでしょうに……青野、南無。

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