第44話

 ────一緒に、回りませんか?


 この言葉に了承した叶恵は、現在春来と二人でなるべく知り合いに合わないようにコソコソと動いていた……つもりである。


 既に常識クラスの話だが、春来は聖女様と称される程の美少女。叶恵は雪女モードで校内の話題をかっ攫う程に整った顔の男の娘(見た目だけ)である。そんな二人が横に並んで一緒に歩いて星祭を回っていて話題にならないわけが無い。対策も何も考えず、叶恵に至っては前髪を後ろに流したままで普段は隠れている顔が完全に出ている。


 周囲の視線がチクチク所かザックザック突き刺さり、非常にい心地の悪いものとなってしまっているのだ。


「あのー、伊吹乃さん。視線が痛いですよね?」


「そうだな……なんかこう……針というより槍というか……」


 なんとも微妙なたとえである。が、実際注目度や、視線の密度的にそう表現してもいいほどである。叶恵にしても先程までは仕事と割りきれたものが、今はスイッチを切っているために辛いのである。


「でもまぁ、気にしても仕方ないだろ。春来は可愛いし」


「かわっ……!?」


 サラッと爆弾投下。


 それこそ爆発前のボム兵のように赤くなる春来を見た周囲の男性諸君がいつぞやの景色のリプレイのごとく倒れてビクビクする。色違いが金色のとある鯛はもう一度引き合いに出しても良いのだろうか……。


「さて、んじゃあ、まずは………」


 切り替えるように軽く手を合わせた叶恵は、


 キュルルルル……


「………飯、行くか」


 鳴ってしまった自らの腹を指さして、苦笑気味にそう言った。


 *


 二人がやってきたのはお隣の熊軒クレープ、では無い。流石に昼食でクレープを食べるほど甘味に飢えてはいない。というわけで、


「おぉー、なんだろう……凄いな」


「そ、そうですね……凄いとしか、形容が……」


 2-1手打ち蕎麦


 シンプルな看板にどことなく気が惹かれたため、入場、である。


 仕切りの裏側から音が聞こえてくるため、本当に手打ちなのだと分かる。なんなら教室でするとは、中々にチャレンジャーかと思われる。


「らっしゃい!二名様ご案内!」


『『『らっしゃいませー!』』』


 入店した途端にこのノリ。本物の店に来たような錯覚に襲われるが、窓を見れば安心の学校仕様である。


「あっ!そこで靴脱いで下さい!」


 そのまま奥へと進もうとした二人に受付の生徒が声をかける。二人が横を見れば靴箱と書かれた棚が置いてある。


 更に、


「た、畳……」


 そう、床一面に敷き詰められた畳である。これがあるが故に靴を脱いでもらうように指示を出しているのである。


「なんか、雰囲気だけで既に楽しいというか」


「ふふっ、同じくです」


 二人して微笑みながら適当に空いていた席に座る。二人とも正座である。


「こちらメニューになりますんで、決まったら呼んでください」


「それじゃ、デート楽しんで下さいねー」と、勘違いした先輩の言葉に春来が真っ赤になりながら「で、デート……」とブツブツ言っている。叶恵には当然聞こえない。ついでに先輩にツッコミを入れるタイミングも逃す。


「お、これとか美味そうだな」


 そんな春来を後目にメニューを開き、天ぷら蕎麦に目をつける。…………なんで教室で天ぷらとか作れるんでしょうね?


「うし、俺はこれに決めた……っと、おーい!春来?大丈夫か?」


「だ、大丈夫、です。私は普通のお蕎麦を貰いますので……」


「そ、そうか……とりあえず、落ち着けば?さっきからブツブツ言ってるし」


「うぅ、それができれば苦労しないんですよ……?」


 未だに真っ赤なボム兵状態の春来である。そして叶恵は今すぐデリカシーという単語を検索しなさい。


 *


「はぁ〜、美味かった!」


「そうですねっ!また食べたくなっちゃいました!」


 三十分後、何とか落ち着いた春来と共に注文を済ませ、届いた蕎麦を美味しく頂き、会計を済ませた直後である。ちなみに料金は天ぷら蕎麦が五百円、普通の蕎麦が四百円であった。


 笑顔で店を出た二人であるが、とあることを失念していた。


 そう、自分たちに向いていた視線の数である。


「あ、出てきた!」


「笑顔が眩しっ!」


「隣の子ってもしかして雪女さんじゃねぇの!?」


「嘘だろ!?うっわマジだ!おい!拡散拡散!聖女様と雪女様が蕎麦屋から満足そうな顔で出てきた!」


 これである。店内はやたらと凝っていた上に蕎麦の音が響きすぎないようにとある程度の防音までするという徹底ぶりだったために気づかなかったのである。


「……行くぞ」


「え、ひぁっ!?」


 人の多さにげんなりした叶恵は春来の手を掴み、逃げ出す。


「あっ!?逃げた!」


「追うか?」


「やめとけ、あの雪女さんめっちゃくちゃ怖ぇから」


「え、何それ」


「知らない方がいいこともある、ってな」


「ふーん」


「俺は行くからな!」


「逝ってらっしゃい」


「……なんか変じゃなかったか?」


「俺はらない」


「やっぱおかしいよなぁ!?」


「気のせい《狂ってる》だろ」


「ぶっ殺す」


「物騒ダナー」


 ……とりあえず、野次馬は追いかけてこないようである。


 *


「はぁ、はぁ……」


「はっ、はっ……んっ……はぁ……」


 現在地、開いててよかった再びの屋上。

 水溜まりは既に消え、微妙に増え始めた雲が重く垂れ下がっているのが伺える。


「つっかれたー!」


 叶恵が響かない程度の大声で愚痴を吐き出す。


「なんなんだよマジで。人が何も言わねぇからって拡散拡散うるっせえんだよ!なんで無許可で人の写真撮った挙句広める!?身元バレしたらどうしてくれんだ!?責任とったりもしねぇだろ絶対に!」


「お、落ち着いてください!確かに気持ちは分かりますけど、あまり声を張り上げると下に響いてここがバレます!」


 徐々にボルテージが上がっていく叶恵を春来が押し留める。


「はぁ〜」とため息を一つついた叶恵は「そうだな、すまん」と言って、その場に座り込む。


「気にしていたって仕方がありませんから。後でちょっとだけ変装しましょう」


「ああ、了解」


 軽めの処置として、叶恵は前髪を下ろして不気味モード。春来は髪型を弄ろうとするも、どれをやっても様になってしまうため、叶恵がサングラスを買いに行く間は留守番である。


 そんな時、とある事件が起こる。

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