第31話
午後零時十五分。
即ち昼時。
「うーん、どれ食おうかな……」
中庭に出た叶恵の第一声である。正確には出ながらの発言だがそんなことはどうでもいい。
問題は、星祭初っ端から噂の種となっている雪女が中庭に降臨したという事実。
更に、
「あ、おーい!叶恵ー!」
別の場所から中庭入りした超人イケメンアイドル吸血鬼野郎である。要素が詰まりすぎて頭がおかしくなる。
「おぉ!和之じゃん!シフトは?終わったのか?」
「うん。今は、雫さんを探してたところ」
「いや、Lineは」
「………あっ」
馬鹿である。
そして、音声の届かない外野は、
「おいおいおいおい、何あれ何あれ」
「うわー、アイドル野郎じゃん。何だありゃ、吸血鬼?似合いすぎて殺意すら湧かねぇ」
「分かる」
「女子諸君!あれを見よ!」
「原田くん!?うわぁ!ちょっと待って!尊っ………ガクッ」
「かっこいい……」
「誰か!収集つかねぇから生徒会呼んで……」
「キャー!原田きゅーん!こっち向いてぇー!!」
「……ダメだこりゃ。おい!誰か高野先生呼んでこい!」
「呼んだか?」
「うおわぁっ!?」
事態を憂いた男子生徒は高野を頼り、召喚されたが如く背後に現れ驚かす高野。手には焼きそばとたこ焼きが入った袋が提げられ、反対の手には串カツが握られている。随分とまぁ………満喫しているようで何よりである。
「で?この騒ぎはなんだ」
「いやぁ、それが、かくかくしかじかで」
「説明知ろっつってんだ。ったく、お前ら哀れな男子共に教えてやろう」
「え、な、何を……」
恐ろしく悪い笑みを浮かべる高野に戦慄する男子生徒。わかりきっていた衝撃の事実が告げられる。
「お前ら男子共が騒いでた雪女。ありゃ伊吹乃だ」
「………………………………」
「………………………………」
「………え、だれ?」
『『『『『うんうん』』』』』
大多数の生徒は知らないらしい。当たり前である。叶恵は普段無駄に長い前髪を垂らし、不気味がられてもおかしくない様を呈しているからである。
「まぁ、あれだ。あいつは、男だ」
『『『『『………………………………………………は?』』』』』
「あぁ……嘘だろ?あれが男?伊吹乃って、あいつじゃん。男版貞子のやつじゃん」
「嘘だぁぁぁぁぁーーー!!!」
「もう俺無理。性別の壁越えそ「落ち着けや」べぶっ」
「あれが……男子………じゅるり」
「男の娘ですかそうですかふふふふふ」
「あ、駄目、食べたい」
「みんなこの子抑えて!」
「ラジャッ!」
「えっ何!?ふぁっ!!?」
カオス。
*
「…………」
「…………おーい、叶恵?」
「…………腹減った……」
「………ああ……うん、僕も」
現在校舎裏。人気のない場所で空腹に耐えながらトボトボと歩く影ふたつ。
叶恵と和之である。
「まさか、あそこまで騒ぎになるなんて……」
「怖ぇ、怖ぇよ。特に女子」
「うん。癒しが欲しい……」
両者目から光が消え失せており、本物の雪女、および吸血鬼に見えてくる。
あの後、鶴の一声ならぬ高野の一脅しにて事なきを得た二人である。とりあえずここから離れろと言われ、仕方なくここまで逃げてきたのである。
ちなみに雫には連絡済みである。
「はぁ、もういいや。気にしても仕方ねぇし。おい和之」
近くにあった階段に腰を下ろし、切り替えたように和之に声をかける叶恵。内容は分かっているよな?と言わんばかりの圧力がある。
「…………うん。大丈夫だよ。ちゃんと覚悟は決めて来た」
力強く頷く和之に、思わずニヤリとする叶恵である。顔がいいせいでそれすらも様になるのがどことなく腹立つが、先程の大変さに免じて放置。
「よし、んじゃあ計画の確認な。焚き火が六時スタートの七時半に終了だ。これは予定表あるから良いな?」
「うん」
「で、だ。俺が全力でかけあって高野から屋上の解放権をもぎ取った」
「な、何をしたの?」
高野の名前を聞き、怖くなったのか和之が問う。
叶恵は胸を張り、
「おう、次のテストで総合順位学年五位圏内入るだけでいいってよ」
「……………」
それで平気な顔していられるのは叶恵を含めた成績最上位陣のみである。前回の中間テストでもサラッと学年二位、七教科(現代文、古典、数学Ⅰ・A、英語、現代社会、生物、物理)合計点数六百九十五点の化け物だから言えるのである。
ちなみに一位は四組の倉持。恐るべきことに七百点満点である。
「全く、叶恵には負けるなぁ……」
和之はため息をつきながら上を見上げる。すると、
「何が伊吹乃さんに適わないんですか?」
「うわぁ!?」
雫が上から覗き込んでいたのである。
情けない声を上げてひっくり返る超人イケメン。強かに頭を打つ。角で。
「づぅ………」
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うん……だ、大丈夫、大丈夫だから」
ずずいっと顔を寄せる雫にタジタジの和之である。
最初の頃から立場が入れ替わっているようにも思える。しかしながらその雫もしっかりと真っ赤である。
「くくく………お前、何今の………ふくくっ」
「ねぇ叶恵?酷くない?」
肩を震わせて笑う叶恵に半眼になる和之。これは叶恵が悪い。
よって、
「うーん、伊吹乃さんはお昼抜きでいいですか?」
今一番聞きたくなかった罰の内容に慌てふためく。先程の和之よりも数段滑稽である。
「ふふふっ、冗談です。焼きそばとたこ焼きとキャベツ焼きです!」
「ありがとうっ!」
手を合わせて感謝を伝える叶恵である。格好が格好のために余計に違和感がある。
「ありがとう雫さん。雫さんはもう食べたの?」
爽やか笑顔で感謝を告げた和之は遠回しに一緒に食べることを提案する。
首を横に振った雫は「まだなので一緒に食べましょうか」と言い、和之の横に腰を下ろすと、手に提げていた袋から焼きそばたこ焼きキャベツ焼きを取り出す。
「お二人先に選んどいて。俺、ちょっと飲み物買ってくるから」
そう言ってさりげなく立ち去ろうとする叶恵。空腹がかなりきついくせにこういう所できっちり二人の時間を作ろうとする辺り………うん、忘れかけていたが、流石はプロである。
だがしかし、
「あ、飲み物ありますよ?お茶ですけど」
「………………そう、ありがとう樫屋さん」
(そこは気ぃ遣っちゃ駄目だろ!?なにやってんの!?……ほらぁ、和之の目が微妙に悲しそ……うじゃない!?)
脳内ツッコミの過程で和之の顔をチラリと覗き見た叶恵はその顔が純粋さ百パーセントの爽やか笑顔であることに驚愕する。
(これ………本気で俺もう要らねぇじゃねぇか)
自分が一々気を遣う必要なんて無いのだと分かり、叶恵は顔を綻ばせる。
「どうかした?」という和之の言葉に、「いーや、何にも」と返し、再び座り込むと、先程の愚痴を言いながら、二人と一緒に仲良く昼食を食べた。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
次回、叶恵が登場しないかもです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます