第18話
「ねぇ、これってどういうこと?あのー、叶恵?どこ行ったの?ねぇ、ちょっと、説明を……」
帰ってきた和之は、まずバス内の状況に固まり、次いでおろおろし出すと、一番目立っているはずの叶恵を探し始める。
先程までの幸せオーラはどこへやら、既にこの異常空間の空気に飲まれかけている。
「あ、原田くん……こちらへ」
「え?あ、あぁ、王小路さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、叶恵知らない?」
……アウトっぽい。
「そ、その……伊吹乃さんなら、あちらに……」
頻りに目を泳がせながら、春来とそれに捕まって最早ぐったりしておる叶恵を指差す。
話を欠片も聞いていないにも関わらず、その光景の真相を悟った和之は青ざめる。
そして、
「は、春来さん!叶恵を離して!息できてない!!」
大声で叫ぶ。
そう、ぐったりしていたのは抵抗を諦めたのでは無く、胸の圧力で息が出来なくなり、意識が飛びかけているからである。
一言で言えば呼吸困難(外的要因による)である。
「ふふぇ!?な、ななななななな、何ですか!?」
超が付くほどにだらけきった顔になっていた春来が突然の大声に驚き、思わず叶恵を離す。
「ぶはっ!はぁー、はぁー………死ぬかと思った……」
「大丈夫かい!?」
数分ぶりに呼吸をした叶恵はフラフラとしながらその場に座り込む。
駆けつけた和之に「おう、サポート行けなくて、すまんかった」とだけ笑顔で言うと、
「寝る」
とだけ言って、落ちた。
「叶恵ぇーーー!?」
珍しくも大声連発の和之であるが、流石に親友のピンチは予想外だったようである。
「「「「「「……はっ!」」」」」」
そしてその大声で意識が正常に戻った土下座男子共とドン引き女子共である。
特に女子は異常空間が消えたことに心底ほっとしているようであった。
「ねぇ」
だがしかし、話はそれで終わりではない。
底冷えするような声を出したのは、和之である。
割と真面目なキレ度合いである。
「誰?叶恵に顔見せろって言ったの」
声も冷たければ、視線も冷たい。
その視線に晒されたのはただ一人。
「ひぃっ!な、何?私が何かしたのぉ!?」
この件における直接的な原因たる井藤である。
「話、聞いてた?僕の質問。誰が叶恵に顔を見せることを強要したのかって……君だよね?井藤さん」
「ひっ、わ、私じゃないし!私じゃない!最初はユメが……」
ここに至って王小路に責任を押し付けようとする辺り、自覚はあるようだが、逃げに走った。
「言え」
空気が凍る。
無論、物理的なものでは無い。が、そう感じさせるには十分すぎる程に、それは低く、冷たい。
「正直に言いなよ。全部。今ならまだ良いよ。本人に任せる。でも。ここで。惚けるなら。許さない」
言葉を細かく切って話す和之。その目に光はなく、表情は能面のように無表情である。
「わ、私っ、は………」
ガクガクと震える井藤。
顔は青ざめ、目には涙が浮かび、腰が抜けている。
バス内とはいえ、遠巻きに眺める氷雨と春来も顔色が悪くなる程度には怖がっているようである。
さて、名前の挙がっていない残りの一人はどうなっているか。
以下の通りである。
「か、かっこいい………………」
完全に上気しきった頬。
熱を帯びる目。
恋する乙女のそれである。
叶恵には少し上から目線だったが、こちらが素の様子。
カーストトップのプレッシャーも楽ではないようである。
閑話休題。
「で?認めるって言うことでいいの?」
そこの見えない暗い色をした目をする和之だが、目にはやっぱり光がない。
もう怖すぎて顔が紙のように白くなりつつある井藤は頷くしかない。
「そう……次はないと思え」
和之らしからぬ八寒地獄のように冷たい声で忠告。
……脅しかもしれないがそれはともかく。
「はい、はいっ、わかりましたぁ……」
いつの間にかしていた土下座を止めて顔を上げる井藤。
その目には恐怖以外の光があったとかなかったとか……
*
「よっしゃ到着。おう、お前らはもう帰っていいぞ。つーかとっとと帰れ。こっちには飲みっつー大事な仕事が残ってんだよ」
それは仕事ではなくお疲れ会というものである。
生徒達から白けた視線が飛んでくるも泰然とした態度を崩さずにいるのは高野だからなのか、他の教師が酒のために現在進行形であくせくと動き回っているからか。
真意はともかく、とっとと帰りたいというのは生徒達も同意のため、そのまま荷物を持って門から出ていく。
しかし、
「あぁ、伊吹乃は今から掃除してもいいが、どうする?」
悪どい笑みを浮かべた高野が叶恵に言い放つ。
ちょうど門から出る所という、割と最悪のタイミングである。
「……やりゃあ良いんでしょやりゃ」
嫌そうな声を隠そうともせず、荷物を持ったまま正門へと向かう。
「ま、ある程度で良いからよ」
「へーい」
ありがたいお言葉を背中に受け、とぼとぼと歩く姿は哀愁が漂っている。
そこに、
「私も手伝います!」
駆け寄る影が一つ。
「んお?春来か。どうした?」
「ですから、私もやります!いいですよね?高野先生」
春来である。
聖女様が叶恵を手伝うと言ったことでまだ残っていた生徒達からどよめきの声が上がる。
「え?どゆこと?」
「我らが聖女様なんだ。あれを一人で掃除しろって言われた伊吹乃が可哀想だからだろ」
「そういうもんかねー」
「違うか?」
「表情的になー」
「わかるのか、プレイボーイ
「誰がプレイボーイだ厨二病」
「ふはははは」
………生徒達と言うか二人しか喋ってないが、それはさておき。
「んー、二人は大変なんじゃない?僕も手伝おうか?」
超人イケメンである。
そしてそれに反応するのは……
「なら私も良いですか?」
「ちょっと、私も手伝うわ!遥と冬華は先に帰ってて良いから」
「え?ユメ?」
「……ふむ、わかったわ。ハル、行くわよ」
「へっ?」
「駅前の『玻璃瑠璃』で待ってるからね」
「えぇ、すぐに向かうわ。この人数ならすぐでしょうし」
「ま、頑張ってね」
「当然!」
……えー、最初が雫。その後、王小路、氷雨、井藤の会話である。
ほかの人たちにも会話の機会を与えてやって欲しいんですけどね、無理でした、はい。
ちなみに『玻璃瑠璃』とは駅前の数ある喫茶店の一つのこと。そこそこ安くて味も美味しいため良く帰り道に寄る生徒を見かけることが多いのだとか。
「なんか大所帯になったなぁ。おう、良かったじゃねぇか伊吹乃!」
ボケッと今の光景を見ていた高野の言葉である。
何か一段落着いたみたいだから話しかけただけである。
当の叶恵は既にここにはおらず、残っているのはお喋りで時間食ってる女子が数名、一人のスマホの画面に集まって何やら怪しげなことをしている男子数名、後は先程の連中のみ。
「あ?なんだ、もういねぇじゃねえの。よーし、先生方!我々も行きましょうか!」
高野の言葉に教師陣から歓喜の声が上がる。
正門掃除の参加者以外を無理やり外に出し、鍵を閉めると、ワイワイと騒ぎながら街の方へと繰り出して行った。
まだ日の高い、午後三時頃のお話であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます