第8話
「寝ろ」
「嫌だ」
「あのー、もう寝ませんか?」
「ほら見ろ樫屋さんも賛成派だ。寝るぞ」
「やだ」
時は進み本日五月七日木曜日。時刻は午後十時半を回ったところであり、
二泊三日の宿泊研修、その初日の夜である。
え?そんなのあるとか知らなかった?文句なら高野辺りにどうぞ。殴られても責任は負いません。
ついでに、ここでゴールデンウィークに何かなかったのかよ!みたいなことを言われましても何もなかったからどうにもできないです。
部屋に布団が三つ敷かれ、一つの上に一人。
残念ながらここで事故る可能性は低そうである。
事故とは何かって?
以下解説をどうぞ。
「そういやさぁ」
「ん?」
「何ですか?」
「いやぁ、不思議だなぁと」
「えっと……何が?」
「今更なんだけどさ」
「うん」
「何故に樫屋さんもいるんだ?」
「そういえばそうだね」
「確か、一年生の担当の先生方が集まって飲み会をしていた時にお酒の席のノリで男女混合でクジを作って適当に引いて決めたと私のクラスの担任の先生が」
「めちゃくちゃだ……」
「そうだね……ありがとう、雫さん」
「ひゃ、ひゃいっ!」
という訳である。
酒の席で男女混合のクジを作ってそのままの班で行くとかバカである。が、これのおかげでこの三人が揃ったことを喜べばいいのか嘆けばいいのか。
傍から見れば美少女二人を侍らせた超人イケメン(ゴールデンウィーク前に遂に非公式学園アイドル認定された)にしか見えない。
しかしその実態は、見てくれだけの似非男の娘と、叶恵とは話せるようになったのに未だに和之とは会話がままならない小動物、雫である。
侍らせているなどとは風評被害も甚だしいとは後の本人談である。
「んじゃあ、そろそろ寝るぞ」
「そうですね、私も眠たいです」
叶恵と雫が目をしょぼしょぼとさせながら布団の中へと潜り込む。
叶恵が自分の布団に。雫が叶恵の布団に。
「………………樫屋さんや?」
「はい、何でしょう?」
「何でここに入ってるの?」
「え?寝るためですけど」
雫が入ってきたことで瞬間的に目が覚めた叶恵である。逆に雫はコアラのように叶恵に抱きつき、そのまま寝息を立て始める。
「「………………………」」
「くぅー、くぅー」
とてつもなく空気が気まずい。
両者が両者の事情含め大概のことがわかっているだけに、余計に。
「どうにかしてくれよ、これ」
「…………………」
堪らず救難の声をあげる叶恵。
よりにもよって宿泊場所は温泉旅館。つまりは全員浴衣である。
その結果、叶恵に抱きついたことで若干はだけた浴衣の間から僅かに谷間が覗く。
叶恵は現在その景色プラス、女子特有の少し甘い香りと自分の胸元にかかる緩い吐息に浴衣越しの体温のせいで理性が残業中である。
そして、その光景をガラス玉のような無機質で冷めた視線を向けてくる超人イケメンアイドル野郎(非公式)のせいで冷や汗が止まらない。
「なぁ、聞いてるか?おい」
「…………………………」
(こいつ、もしや………!)
「………………ぅー、すぅー、すぅー」
「目ぇ開けながら寝てんじゃねぇぇぇ!!」
そのツッコミは真下の教師陣の控え室まできっちりと聞こえたという。
*
「で?言い訳は?」
「先生、一回でいいですから和之と同じ部屋で寝てみて下さい。目を開けながら寝てるのって死ぬほど不気味です」
「その割には昨日は元気に突っ込んでたじゃねぇか、ん?なぁ、それだけか?」
「この度はご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありませんでした」
「宜しい、今回は不問にしといてやる。おかげでサボって寝ようとしてた
現在、五月八日金曜日午前七時十五分。
二日目の朝の点呼の時間。
まさかの一年全員の前で高野に土下座をしている叶恵である。非常に哀れである。
しかし、
「な、なぁ、あの娘誰?めちゃくちゃ可愛いんだけど」
「なんかのアイドルか?それにしちゃ見覚えねぇけど」
「もしかしてあれ伊吹乃?」
「え、誰?」
「うちのクラスで定期的に授業から消えるヤバいやつ」
「なんでそんな目立つ人の顔知らないの?」
「奴の隣には我らが和之くんがいる故に」
「成程納得」
「いや、おかしいだろ。女子はそれでも男子は……」
「だってあいつ貞子かってくらい髪長いし」
「なーる」
「………………ふふっ」
「……………ぷっ」
…………………ぶふっ。
叶恵が
何故分かるのか。
そして何故同様に吹き出した雫と和之の方を見ないのか。
「ほら、分かったらさっさと自分の班に戻れ」
「はーい」
今まで、叶恵がアイドルクラスの美形を持ちながらも、この一月バレなかったのには大きく二つ、に小さく一つの原因がある。
一つ目、横に基本和之がいたから。
超人イケメンが横にいればほとんどの人は霞むというものである。
二つ目、男子のくせして面倒くさがって数年髪を切っていないから。
おかげさまで女子基準のロングレベルにまで髪が伸びており、更にその髪を適当に垂らすが故に、顔を見られることが少なかった。
ちなみに相談活動中は後ろに流している。
黙っていればただの美少女にしか見えない。男子なのに。
三つ目、一つ一つの行動がコソコソしているから。
その道六年目のプロはスニーク技術もプロレベルなのである。
大勢の人がいる中で最も視界に入りづらい死角を見つける力。
遠くからでも会話を聞き取れるようにする読唇術。
行動一つ一つから感情を読み取る読心術。
話題を作るための各種知識に、色んなところに入り込めるように万能にスポーツまで嗜む始末。
優れた暗殺者は万に通ずるとはどこぞのアサシンクラスの担任教師の言葉だが、実際暗殺業を始めれば普通に成功するだろう。
簡単に言えばそれだけ人間の範疇内で人間の領域から片足外に突き出ているような人間。
それが伊吹乃 叶恵という男である。
長々とアホについて語ったが、以上三つの要因をもって叶恵の容姿バレはしていなかった。だが、高野の策謀(?)によって見事にバレることとなり、
ここからが本番の始まりとなる。
「なーんかさっきからイライラするんだよな」
「どうかしたのか?」
「いや、よく分かんねぇけど」
「そう」
「(とりあえずはどっかに殺気でも……)」
ブルブルブルブル………
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