第9話

 宿泊研修二日目、五月八日金曜日午前九時半。

 朝食を終え、今日は、一日自由時間である。

 星祭まで後一ヶ月強。

 この一日自由時間の内に、二人の仲を少しでも近づけようという魂胆の叶恵である。


「それじゃあ範囲指定無し、時間は就寝の二十二時まで自由時間だ。誰かが問題起こしたらその瞬間に一斉連絡入れるからな〜。そこらじゅうに砂糖撒き散らすカップルどもは変なとこ行くなよー」


 一部から冷やかしの声が上がる。

 そして被害者にはボム兵警報発令である。

 ついでにこうなった場合はイチャイチャ警報も同時発令となるためコーヒーを用意することをオススメする。場合によっては気分の問題で口の中で砂糖が飽和してザラザラする、もしくは甘ったるくて胸焼けするのである。


「連絡終わり。解散!おら、こっちはまだ仕事残ってんだ。とっとと散れ!」


 わざわざこう言う辺り、早く楽しんでこいと言っているのか、遠回しにてめぇら楽しやがってと批難しているのか分からなくなる。


「よし、じゃあ、僕達も行こうか」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 和之の声に反応する声の数がおかしい。


 叶恵が周りを見渡す限りほぼ全ての女子が和之の方を向いている。思わず顔が引き攣る見た目美少女(男)。


 ここで一気に和之と雫の距離を縮めようと画策しているため、妨害は勘弁なのである。


(どうやってこの獣共の意識をそらすか……)


 最早女子を人として扱っていない叶恵である。


 これでも三桁を超える恋愛相談を受けてきた叶恵である。

 その中にはこのような事態に陥る恐れがあるような相談もあった。が、実際にそういう状況に陥るのは初である。


(女子共が獣と化した時の対処法その一)


「良し、んじゃあ行くか!三人で!」


(さりげなく人数指定をする!)


 俗に言うス〇夫君戦法である。

 混ざろうとしたグループが丁度人数指定をかけてくるとかなり精神的にくるものがあるのである。(作者実体験)


 これにより全体の約三割がリタイア。残りの七割の内、更に四割はちょっと罪悪感で揺れている。

 そして未だにジリジリと近づいてくる三割は自分こそがヒロインと思っている片腹痛くなる痛々しい奴らである。


 罪悪感などとは無縁で生きてきたのかガン無視で近づいてくる。


(流石にこれだけじゃ無理だよな……次!対処法その二を……)


「おい」


 試す前に極寒の声が響く。

 その場の全員が凍りつく。


 初夏の少し暑いくらいの気温が体感で真冬に逆行。果たしてそこに立つのは一年生学年主任ラスボス高野 輝幸である。


 入学してからおよそ一月。

 既に『ラスボス』、『やる気ない教師ランキングNo.1』、『魔王』等々、数々の異名を生み出している中年教師。生徒の敵。宿題魔。


 生徒の一部はゴールデンウィーク課題の恨みを忘れていない。


 閑話休題。


「俺ぁよ、とっとと散れって言ったよな?」


 ゆっくりと、圧力を徐々に強めながら、ラスボスの風格をもって生徒たちに詰め寄っていく。


 固まった生徒たちはさながら天敵に襲われる鳥の雛のようである。


「さぁて……と・っ・と・と・行・き・や・が・れ!!!!」


「「「「「「「「「はひ!!」」」」」」」」」


 全力疾走で逃げていく女生徒たち。蟻の子を散らすような状態である。


 それに混じって逃げようとした火中の三人ではあるが、ガシッと。


「よぉ」


「何で俺だけ捕まるんですかぁ!?」


 叶恵である。


 遠くほうで女子たちと和之、そして雫までもが合掌しているのを見て抵抗を止める。


「安心しろ。聞きたいことがあるだけだ」


 そしてその言葉で完全に落ち着く。質問の内容に予想がついていたからである。


「問題なしです。今日の自由行動で途中離脱してから影で色々と仕組んでいこうかと」


「確かにそっちも聞きたいがそうじゃねぇ」


「えっ」


「条件守ってるかどうかだよ」


 その言葉にポンと手を打つ叶恵。

 なんとも残念感漂う行動であることには気づいていない。

 やは(以下略


「そっちも大丈夫です。今は常に相談中の札かけてるので」


「そうか」


「もう大丈夫ですかね?」


「おう、行ってこい。わざわざ待ってくれてるぞ」


 高野が指を指した方向に叶恵が顔を向けると、未だに合掌したままの二人の姿が……


「……………」


 無言で、そして無音で近づく見た目美少女(男)。顔だけは良いために、その表情の抜け落ちた能面のような顔は周囲に寒気を振りまく。


 合掌して目を閉じている二人は無言無音で近づく叶恵に気づかない。そして二人の頭に天罰チョップが下る。


「「痛いっ!」」


 ゴスッと言う、鳴ってはならない音が響くとあら不思議。

 先程まで合掌していた二人組はいつの間にやらお参り中の坊さんから頭を抑える残念な人にジョブチェンジである。


「なぁにしてんですかねぇ〜?」


 冷たい、あまりにも冷たい声で叶恵に質問され、ブルブルと震える超人イケメンと小動物。


 傍から見れば修羅場に見えなくもない。

 力関係は一目瞭然だが。


「……………」


 無言で頭を抑えて震える二人を見下ろす叶恵であったが、突然「はぁ」とため息をつくと、


「物理的制裁は完了。続いては精神的制裁を加えます」


 先程と変わらぬ冷たい声で言うのである。


 物理で終わればいいのに、あえて精神まで攻撃する。一見鬼の所業にしか見えないが、一応理由があるのである。


「内容は、今日の自由行動お前ら二人で動くこと」


「…………え?」


「………ふぇ?」


 内容を聞いた二人は思わず顔をあげて叶恵の顔をまじまじと見つめる。

 そのキョトンとした表情にこいつらは一体俺の事をなんだと思ってんだと小一時間程問い詰めたくなる叶恵だがどうしようもねぇし心当たりもあると割り切る。


 しかし、額に浮び上がる青筋は隠せていない。そんな状態で唐突に笑顔を見せようとする叶恵アホである。


 当然二人は震え上がる。


(や、やっぱり怒ってる……)


(こ、怖いですぅ……………)


「返事は?」


 あくまでも自分は笑顔だと信じて止まない叶恵は、今度はなんと猫撫で声で話しかける。


「「は、はい!了解しました!」」


 一刻も早くこの恐ろしい魔王から逃げようと二人は早歩きでその場を去る。


「………にしてもまぁ、随分と仲良くなったようで」


 雫と和之が相談に来てから三週間強。

 クラスが違ったりしていたために中々自然に引き合わせて行動させることができなかったが、ようやくである。


「さってと、尾行ストーカーするとしますか」


 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 明日からは完全に不定期になります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る