第7話

 しばしの間、無言の空気が流れる旧生徒会室。どちらも無言だが、その理由は全く違う。


 叶恵は驚き故に。

 和之は叶恵の発言待ち故に。


 先に口を開いたのは叶恵だった。


「………承った」


「混ざってない?」


「大丈夫、一つから七つまでの星が入ったオレンジ色のボールがある」


「あ、ダメだねこれ」


 いきなりの悩み解決のため頭が停止し、意味が分からないことを口走る叶恵である。

 それを心配するような、若干諦め気味のような表情で見つめる超人イケメン。


 傍から見ればドラマのワンシーンのようである。

 設定はヤンデレ気味のヒロインを主人公が心配している状況。

 放送は昼と思われる。


「………えーと?何?黒髪ロングはそのままで可愛い系、低身長?」


「(最後のが気になるけど間違ってないから)うん、それで大丈夫」


 前半部分を早口でボソリと言った和之は、紹介しろと言いながら脳裏に浮かんでいる人物は一人しかいなかった。


 *


「くちゅん!」


 駅前大通りにて。

 友達と一緒に駅に向かって歩いていた雫は唐突にくしゃみをした。


「雫大丈夫?風邪?」


 隣を歩く友達ちゃんに心配されるが「大丈夫」と、笑顔で返す雫である。


 草原の中で控えめに咲く花のような笑顔に、雑草群こと哀れな男達がハートの矢で心臓を貫通されその場でバタリ、ビクンビクンと倒れて跳ねる。

 それこそ陸に打ち上げられた某王冠みたいな鰭をつけた赤い鯉のように。

 雑草のくせに、である。


「誰かが噂してるのかもね」


「ふぇ?」


「それこそ、ほら、愛しの原田くんとか」


「ふぁ!?」


 名前を聞くだけで顔が爆発直前のボム兵のようになる雫。


 ピュアとかそういうレベルを超越している。


 ある種の病気とも言えよう。


「はぁ、あんたねぇ、そんなんでほんとに告白できるの?」


「う、うぅぅぅ」


 顔を真っ赤に染め、悶えるように体をくねくねさせる雫だが、それを見た周囲の男どもが南無三と倒れていることには気づかない。


 ちなみに友達ちゃんは気づいているものの、雫が可愛いからいいやと総スルーである。


 可愛いは正義(迫真)。


「で、結局どうするの?このままじゃあんた話しかけるだけで爆発しそうだけど」


「ば、爆発!?」


「うん、意識が」


「意識が……爆、発……」


「あ〜、ダメだこりゃ。向こうから来てくれりゃ楽なんだけどなー」


 そう言いながら友達ちゃんは林檎のような顔になった雫の手を引っ張り、のんびりと駅へと足を進める。


 *


「へきしっ」


「何今の」


 くしゃみである。

 原田 和之という名前の超人イケメン(アイドル目前)野郎のくしゃみである。

 一文字変えれば何処ぞの激ウザ聖剣のそれと同じになりそうなくしゃみである。


「風邪か?この時期に?」


「いやいや、あったとしても花粉症の類だと思うよ?でも僕花粉症持ちじゃ無いからなぁ」


「知ってるか?花粉症って一回発症したら治らないらしいぞ」


「え、何それどこ情報?」


「何年か前にテレビだかネットだかで聞いた」


「もっと信憑性のある情報が聞きたかったかな」


「どっちにしても鼻がズルズルしてねぇ時点でもう大丈夫だろ」


「それもそうだね」


「んじゃ、誰かが噂してるとかだろうな」


「誰だろうね」


「今回の相談者とか?」


「もしそうなら中々面白いことになるんじゃないかな?」


「「あっはっはっはー」」


 以上、和之がアンケートを書いている最中の会話である。

 まさか本当にその相談者が話をしていたとは夢にも思わない二人である。


「よし、できた」


「よーし、んじゃあ確認をば……」


 以下、和之のアンケート内容である。


 -----

 名前:原田 和之

 学年:1年

 クラス:5組

 相手の学年:1年

 相手のクラス:4組

 好きな相手:分からない

 自分の趣味:アイドル鑑賞、剣道(我流)

 相手の趣味(知っている場合のみ):

 好きな食べ物:豚カツ、肉じゃが、ポテト

 相手の好きな食べ物(知っている場合のみ):

 自分の強み(長所):文武両道

 相手の好きなところ:艶のある黒髪に、童顔に似合うツインテール、穢れを知らない綺麗な黒瞳

 自分の短所:少し女性が苦手

 相手の少し苦手なところ(熟考して下さい):多分、極度のあがり症と思われるところ

 どのようなシチュエーションでの告白が好ましいか:星祭前夜祭の大焚き火中に屋上で

 -----


「…………………」


「どう?」


 ニコニコと人好きのする笑顔で叶恵に問いかける和之。自らの回答にツッコミ所が満載なことに気づいているのかいないのか。


「何で名前も知らねえくせして学年とクラスは書けんだよ」


「……………」


「それにさぁ、ここ、何?穢れを知らない綺麗な黒瞳って。遅咲きの厨二病か?なぁ?」


「…………………」


 ニコニコ顔のまま静かに動かない超人イケメン。


 漫画なら黒い線が額の辺りから伸びていそうな程度には顔色が悪くなっており、冷や汗をびっしりとかいているにも関わらずイケメンである。ついでにいえば、完全に調子に乗った結果である。頭がいいのに馬鹿とはこれ如何に。


「んで?名前は知らないのに極度のあがり症ということは知っていると。なぁ、和之よ」


「………………はい」


「俺さぁ、この特徴に当てはまる人、一人だけ知ってんだわ」


「…………………はい」


「んでさぁ、俺な?その人と今日あったばかりなんだな?」


「……………………はい」


「何が言いたいか分かるな?」


「自力で頑張らせて頂きます」


「宜しい。ま、向こうの相談のこともあるし、適度に折り合いつけてそっちの手伝いもするから」


「はい」


 最早連れてきた猫の如く大人しい和之。

 普段の二人の真の力関係がよくわかる一幕であった。

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