第6話
午後四時十分。
旧生徒会室にて。
一枚の紙を見つめる女子のような男子がいた。
叶恵である。
西日がかかり、少し陰を落としたような表情に見えなくもない表情のため、残念な男子なら、全員ノックアウトされてしまうだろう。哀れ。
「ふぅーん」
見ている紙は、昼休憩の際に雫が書いたアンケートである。
内容は、
-----
名前:樫屋 雫
学年:1年
クラス:4組
相手の学年:1年
相手のクラス:5組
好きな相手:原田 和之(かなりブレている)
自分の趣味:お昼寝
相手の趣味(知っている場合のみ):
好きな食べ物:わたあめ、りんご飴
相手の好きな食べ物(知っている場合のみ):豚カツ、肉じゃが
自分の強み(長所):顔、髪の綺麗さ、小動物(?)的なところ
相手の好きなところ:困っている人を助けるところ
自分の短所:背が低いところ、あがり症
相手の少し苦手なところ(熟考して下さい):何でもできそうな所、何でも見透かしていそうな所
どのようなシチュエーションでの告白が好ましいか:第一学園祭(星祭)の前夜祭
-----
自分の強みにしっかりと『顔』と書くあたり、中々に強かな性格をお持ちのようである。
「豚カツはわかっても、肉じゃが分かるか……凄いな」
まだ入学してから二週間と経っていないが、和之はその顔立ち、性格故に既に一部ではファンクラブが形成されつつあり、いよいよ超人イケメンが、超人アイドルと化す直前であったりする。
そんな超人アイドル目前のイケメン和之は、ある程度のプロフィールを既に会員たちに知られている。
例えば、好きな食べ物の一つが豚カツ、とか。
身長体重普段の行動範囲に帰宅部であること等はとっくに知れ渡っており、一部ストーカーがいると考えられるが、叶恵が一緒に登下校している関係上、その情報がないためストーカーはいないと思われる。じゃあなんでそんなとこが透けてるのか?さぁ……なんででしょうねぇ()
それはそれとして、その和之の好物だが、前述の通り、豚カツ好きは割と有名である。
理由は単純なもので、和之は学食の際、必ずと言っていい程に豚カツ定食を食う。
どうでもいいことだが叶恵はその際、一人で寂しく黙々と弁当(自作)を食い、スマホで小説を読んでいる。
見てくれは良いはずなのにあまり有名にならないのは偏に同じクラスに超人イケメン(アイドル目前)がいるおかげである。感謝感謝。
またも話が逸れてしまったが、和之の豚カツ好きはその辺りから広がっているために割と皆知っている。
では、肉じゃがは?
これがまた知ってる人の少ないこと。
何せ、和之が美味しく食べる肉じゃがははなんとも言えないことに叶恵が作った肉じゃがである。
しかも休日遊びに来る時限定。
雫がどうやってこれを知ったのかを小一時間程問い詰めたいと思う叶恵であったが、相談者に質問はしても問い詰めることは性格柄無理である。
「とりあえず、あいつの趣味はアイドル鑑賞と我流剣道だから……」
サラッとおかしなことを口走っていく叶恵だがこれが事実のため笑えない。
ついでにそのアイドル鑑賞という趣味が何処ぞの似非男の娘野郎のせいであることは当人だけの秘密である。が、恋愛感情が灯ることは過去現在未来において絶対に無いということはここに明記しておく。
更にどうでもいいことだが、もう一つの趣味として挙げられた我流剣道。
実は実際に試合に出れば県大会のベスト8に入る程度にはしっかりしている。というのも、元の体幹がしっかりしていることもあるが、始めたのが幼稚園の頃からというのが最も大きな要因である。
無駄な努力ここに極まれり。
「んで、第一学園祭の前夜祭か……一学期で一番相談者が増えるタイミングなのに……」
一つの相談が終わるまで次の相談は無しと言われている以上、どうにもできないのである。
そして、第一学園祭。つまりは第二学園祭があることの証明であり、数少ないこの学園の特徴である。
校内での呼び方が第一学園祭、通称:
この学園祭が一年に二回あるという点があるおかげで毎年倍率が四倍を回るのだ。
最初に大した特徴は無いって言った?
視点枠に言われましても……文句ならその内出てくる校長先生にどうぞ。大した特徴は無いって教えてくれた人です。
さて、話を続けましょうか。
「確か六月中旬だろ?残り二ヶ月でどこまで両者の距離を縮めるか……」
その時である。
コンコンッ
「………ん?」
ノックの音が響く。
ちなみに叶恵は
それ即ち……
「やぁ、終礼振り」
「だぁかぁらぁ!何でてめぇが来るんだよボケ!」
そう、和之である。
よりにもよって和之である。
相談者の好きな人。
簡単に言えば攻略対象である。
超人イケメン(アイドル目前)野郎は、ただ人気があるだけでは無くラブコメ主人公枠まで掻っ攫って行くらしい。
ヒロインは伊吹乃 かな……
「ぶっ殺すぞてめぇ」
「えっ、そんなに今ダメだったの!?」
「あぁいや、こっちの話だ」
……………。
顔を引き攣らせる和之だが、普通に考えて実質的に入るなと言われているような札が出ている教室に堂々とノックして入るという大概なことをしている。
入っちゃダメも何も札出してんだろう、と。
叶恵はそう言いたいわけである。
「……で?札ガン無視してまで押し入って来た和之君よぉ、何の用だ?」
さりげなく雫のアンケート用紙を机にしまいながら叶恵は和之に問いかける。
「うん、相談」
さすがは、超人イケメン野郎。
札のことを指摘されたにも関わらず図々しく相談しに来たと言う。
額に青筋、目は据わり、拳を握りしめる三点セットの用意が完了した叶恵は再び問いかける。
握りしめた拳から血が流れるとか力強いアピールは入らない。
「すまねぇな、ちょっと何言ってるか聞こえなかったんだが……」
「うん?だから、相談に来……」
「もっぺん札読んでこいこの野郎ぉ!!」
「えっ!ぐぇっ」
握りしめた拳ではなく机を飛び越してそのまま飛び蹴り。
クリーンヒット。見事なものである。
イケメンにあるまじき潰れたカエルの如き声を出しながら開きっぱなしの教室から追い出される和之。
「痛た……タイミング今しか無いんだけど……」
扉の前に仁王立ちで構える叶恵に縋るような目付きでそう伝える和之。だがしかし、十数年も顔を合わせていれば今更そんなもので動揺したりはしないのである。
が、しかし。
「三言でまとめろ」
なんだかんだと甘さを見せるあたり、やはり十数年分の信用、信頼は大きいようである。
「うん、さっき有耶無耶になった紹介の話なんだけど」
「………おう」
昼休憩の際に和之が伝えたのは『清楚、黒髪ロング、美人系、高身長』。
随分とまぁ巫山戯た内容である。
自分が二次元みたいな存在だからといって同レベルがそんなにいてたまるかと叶恵は思うが当の叶恵がまさにその同レベルである。
そして何度も言うがそれに気付かない叶恵はやはり(以下略
「条件の変更」
「………へぇ」
それなら聞かない訳にもいかない。
何せ、この変更された条件次第で雫の恋愛が実るかどうかが決まる言っても過言では無いのだから。
余談にはなるが、和之の名誉のために今更ながらも伝えるべき事実がある。
原田 和之(15)
七十三回という恐るべき相談回数を誇る猛者だが、実を言うと恋愛経験皆無である。
毎回毎回紹介しろと言う割には毎回毎回「やっぱりいいや」と言い、女子からの告白ラブレターetc…は全拒否。
バレンタインのチョコに至っては誰からも貰いませんと事前に連絡を入れるほどである。
そうなった原因は中々にハードというかキッつい感じなのだが、要するに変なもの混ぜられて一度入院したのである。
何が混ぜられていたのかは当人達から感情が抜け落ちるために明言を控えさせて頂きたく。
更にいえば、今までの告白及びラブレターなどで散々好き好き言われている和之ではあるが、その実告白した女子達はステータス的な面を求めの告白のため和之はちゃんとした好意というものを知らない。
だからこそ、相談の常連なのである。
そして、諸事情を知るが故に叶恵もある程度以上にきついことは言わないのである。
「で、変更内容は?」
「黒髪ロング、可愛い系」
「………………ん?」
「だから、黒髪ロング、可愛い系」
なんということでしょう(某リフォーム番組風)。
懸念が消えた瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます