第5話

「まず、あなたの意中の相手は誰ですか?」


 最初の質問。

 これがなくては始まらない。

 相談者の好きな人。

 叶恵はあえて意中などという言葉を使うが、ここでド直球に好きな人なんて言ってしまっては人によっては想いが強すぎるために名前を口にするだけでオーバーヒートする場合があるのだ。というか、基本的に度胸のある人間はここに頼らずとも自力で解決してしまうため相談になんて来ない。


「えっと、そのー」


 じわじわとせり上がるように顔が赤くなっていく雫。

 それを営業スマイルでやりすごしながら内心でニヤニヤしながら眺めている叶恵である。


(良いねぇー、そうそう、こういう初心なのを見るのが楽しいんだよなぁ)


 下衆な思考回路である。

 なまじ顔は良く、今は営業スマイル状態のため、仮に周りに人がいても、気付く者はいないだろう。


 ついでにいえば、この時点である程度予想は着いていたりする叶恵である。こういう奴は性格が悪いと相場が決まっている。


「え、えっとぉ」


 既に茹で上がった蛸のような色になってしまっている雫だが、最高点から落ち着いてくれない。オーバーヒート一歩手前と言っていいだろう。


「ゆっくりで大丈夫ですから」


 営業スマイルを一旦切って、心からの微笑み。

 相手が男子なら死ぬ。女子ならば心が落ち着く、そんな笑顔である。例外は何処ぞの超人イケメン野郎のみである。


「あ、ありがとうございます」


 ようやく落ち着いた雫。

 小さな唇が開かれ、その名が明かされる。


「…………さんです」


 やはり名前を出すのはキツかった模様。


「すいません、もう一度お願いします」


「うぅぅぅぅぅぅぅ」


 可愛らしく唸る雫だが、名前を言われない以上はどうしようもない。


 結論、予想した人あげてくしかない。


 稀にいる本当にキツイ人用である。

 今回は分かりやすくて助かったと思っている叶恵だが、聞いてもいないのに断定するあたりやはり(以下略


「例えとして聞きますけど」


「はい……」


「和之」


「な、ななななななななまえよびだにゃんてそそそんななななななな………」


 こうかはばつくんだ!

 しずくは、せいしんてきに、5のダメージをうけた。


 反応は丸わかりだった。

 顔が爆発したように真っ赤になり、もはや言葉が言葉でない。端的に言って大丈夫かこの子?


(すげぇな。今どき、っつーか、普通名前だけでここまで表情爆発するものか?こういうのがあるから楽しいんだよなぁ)


 この道六年目の叶恵ですらドン引きする程には顕著な反応である。それはそれとして楽しむのは性格わry


 何はともあれ、相手は分かった。

 ならばここからはしばらくこちらの出番となる。


「とにかく、お相手はわかりました」


「あぅあぅ」


「ので!」


「ひゃい!」


「ここからしばらくはこちらにお任せ下さい」


「ふぇ?」


「あ、でも自分から話しかけには行ってくださいよ?それしないとどうしようもないので。後は……」


 叶恵は机の引き出しから一枚の用紙を取り出す。


「こちらのアンケートに答えていただきます。簡単なものなのでササッとどうぞ」


「は、はい……?」


 雫が用紙と共に差し出された鉛筆を使ってカリカリしているため、内容を公開。


 -----

 名前:

 学年:

 クラス:

 相手の学年:

 相手のクラス:

 好きな相手:

 自分の趣味:

 相手の趣味(知っている場合のみ):

 好きな食べ物:

 相手の好きな食べ物(知っている場合のみ):

 自分の強み(長所):

 相手の好きなところ:

 自分の短所:

 相手の少し苦手なところ(熟考して下さい):

 どのようなシチュエーションでの告白が好ましいか:

 -----


 以上である。

 割と相手のことをよく知っていなければ書けない。が、別段ここで書けなくとも問題は無い。

 そのための全校生徒のデータなのだから。

 一度だけ、相手の情報ゼロ、自分の強み無し、趣味無し、相手の苦手なところなんてある訳ないし、好きなところなんて全部に決まってるだろうがと言う巫山戯た相談で全三回の失敗の内のひとつを飾ったが故である。(当時の叶恵は小六)


「で、できました!」


「ありがとうございます。では、今日はここまでで。そろそろ午後の授業が始まりますよ?」


 時刻は一時十分。

 後五分で午後の授業が始まる。


「あ、ほんとだ………ってああっ!次体育!」


 そして大急ぎで出ていく雫。

 最後に叶恵の方を向いて「よろしくお願いします!」と挨拶するあたり礼儀正しいことが分かる。酷いやつなど頼む側にも関わらず上から目線で来るような大バカもいたが、人に物を頼む態度を弁えてからこいと投げ飛ばしている叶恵である。これでも礼節には一定の注意を払っているのである。


「さぁてと。とりあえずは放課後か……」


 そう呟いて旧生徒会室、もとい、部室を出る叶恵であった。


 ……ちなみに余裕ぶっこいてファイルの整理に時間を取られ、五限の授業に遅刻したため周囲からはなんだコイツという視線を向けられたらしい(詳細はしーらない)。

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