第3話

 十二時二十五分。

 待ち人来ず。


「誰も来ねぇなー」


 高野からの条件のせいで授業中に抜け出し、全校生徒に一斉送信したものの、誰も来なくて暇を持て余し、挙句の果てにはスマホでネット小説を読み出す始末。

 読みすぎてフォローしている小説数が百に届きそうである。


「つーかなんで火、木、金曜日の四時間目の途中に抜け出してから昼休憩全部プラス放課後なんだよ。条件がマジで意味わかんねー」


 そう、昨日の最後、高野から突きつけられた条件。


 内容は三つ。

 一つ、火、木、金曜日の四時間目の途中、十二時二十分に活動を始めること。また、放課後は毎日活動すること。


 二つ、一回の活動につき受け付ける相談は一つのみ。


 三つ、受けた相談が完了するまで次の相談には乗ってはいけない。


 四つ、教師の相談も受け付けること。


 最初に三つと言ったくせして四つになってるじゃないかと言うツッコミは受け付けております。


「はぁ、回転率落ちるなぁ」


 ため息一つ。

 小五からこの活動を続けている叶恵だが、去年までは無制限で相談を受けていた。

 一度に三件程の案件にかかるようなことも珍しくはなく、逆に言えばそれだけ信頼と実績があったということでもある。それが高校に来た途端にこの始末。

 青春真っ只中の恋愛相談を制限付きでしか聞けないなど、地獄のような事態なのである。


 コンコンッ


「お?」


 ノックの音が旧生徒会室に響き、スマホに向けられていた視線をあげる叶恵。


 高校入学後の初の依頼者。

 絶対に成功させてやると口元をにやけさせる。

 横開きの立て付けの悪い扉をガタガタと開けて入ってきたのは────


「やぁ、昨日ぶり」


「てめぇかよぉ!!!?」


 超人イケメン、原田 和之だった。


 *


 トントントン


「……で?」


「あ、はい」


 トントントントン


「またお前か」


「そうなりますね」


 トントントントントン


「なぁ、和之よ」


「はい」


 トントントントントントン


「お前、これ何回目か知ってるか?」


「…………えーっと……」


 トントントントントントントン


「十回目位?」


 ガタンッ


「馬鹿野郎!73回目だよ!超常連だよ!なんなんだ!」


「ええっ!?そんなに来てないよ。多分」


「和之なら俺の性格は知ってるよな?流石に」


「うん、キレ症で──」


「よし殴ろう」


「わぁーっ!待って待って!」


 即座に拳を握りしめた叶恵に待ったを掛ける和之。なまじ付き合いが長いだけに本気であることが分かってしまうため、全力である。


 因みにさっきのトントントンという音は叶恵の指の音である。

 机に指先をトントン当てていたのである。


「はぁー、もういいや。切り替える。性格の話もいい」


「そう……」


 大きくため息をついた叶恵に心底安堵した表情を向ける和之。

 傍から見れば夫婦喧嘩の現場である。


「よしっ、では、本日の相談を始めさせて頂きます」


「よろしくお願いします!」


 いきなりグダついたものの、何とか最初の相談を始めることが出来た叶恵であった。


 *


「さて、まず最初にお聞きしたいことがありますが……」


「あ、紹介で」


 常連とはいえ、高校入学後初の相談者ということで丁寧に説明を始めようとした叶恵にざっくりと割り込み話の腰を折る超人イケメン。

 薄らと叶恵の額に青筋が浮かびかける。


(いかんいかん。そうだよ。こいつは常連。読者に不親切過ぎるが説明は不要!すっ飛ばしちまえ!)


「畏まりました。紹介ですね?ではどのような……」


「清楚、黒髪ロング、美人系、高身長で」


「……………………」


 またも話の腰をへし折って行く超人イケメン。悪意があると勘違いしそうになるが、本人は至って真面目である。


 もうひとつ「はぁ」とため息をついた叶恵は壁にある巨大な棚へと向かう。

 そろそろ仕事モードが途切れそうである。


 引き出しをひとつ開ければぎっしりと詰まったファイル群。

 無造作にしまわれているそれらは全て生徒のプロフィールである。

 持ってきたのは高野だが、本来一生徒に全校生徒のプロフィールのコピーを渡すなど正気の沙汰ではない。が、高野は他の教師から噂を聞き、叶恵と同じ中学出身の生徒から話を聞いた上で問題無しと判断。

 ある意味、これも信頼と実績の証である。


 とはいえ、


「ここまで適当じゃやり辛くて仕方ねぇ」


「手伝おうか?」


「おう」


 基本的には相談者とは客である。

 つまりは手伝わせるなど論外なのだが和之だけは別。

 伊達に最初期からこの活動を見守り、常連と化していない。


「ついでに紹介して欲しい人探してもいいかな?」


「いいぞ、問題無し」


「ありがとう。おっ、この人いいな」


「早くね!?」


「やっぱりいいや」


「おいコラ」


「あはは、ごめんごめん」


 そうして二人で整理すること約五分。


「とりあえずは、こんなもんか」


「そうだね。良くもまぁ中学の時に一人でやったね。もっと細かく分けてたでしょ?」


「そうだな」


 二人の前には様々な付箋が貼られたファイル群。


 先程のような雑然とした感じはなく、きっちりと分けられていることが伺える。


「よしっ、それでは……」


 コンコンッ


「「……………」」


 二人揃って壊れかけの玩具のような動きで扉の方をむく。


 ガタガタとした音を鳴らしながら開かれた扉の先には、


「あのっ、えっと、恋愛相談部は、ここでしょうか?」


 女子。

 しかもかなり可愛い。

 百五十センチ程の身長、どこか未成熟ながらも整った顔立ち。胸の辺りまで伸びているツインテールが良く似合っている。

 どこか小動物的な印象を受け、その黒い瞳には穏やかな光が見て取れる。

 が、それはそれとして、女子である。

 叶恵のような似非ではなく、正真正銘の女子である。

 確かに叶恵が小、中と活動していた時にも女子が相談に来ることはあった。だが、男子と比べた時の統計を叶恵が測った際の割合は、八対二。


 圧倒的に少ないのだ。


 叶恵が住んでいる地域の男子がガツガツし過ぎているのか、はたまたその逆かは分からないが、とにかく、女子が相談に来るというのは稀なことであった。


 閑話休題。


「えーっと……しょ、少々お待ちください」


「は、はい!」


 その女子は顔を赤らめ、丁寧に扉を閉めて叶恵を見つめている。

 一旦放置することにしたらしい叶恵は、固まっている和之を隅まで引っ張って行き、問い詰める。


「お前、もしかして札返すの忘れてたな?」


「…………………」


「おい、おーい、かーずゆーきくーん」


 ペチペチも頬を叩かれた和之がはっとしたようにし、


「ごめん、聞いてなかった」


 苦笑いを浮かべる超人イケメンに手に持っていたファイルで制裁チョップを加える叶恵。


「で、札返すの忘れてたな?」


 もう一度問えば、バツの悪そうな顔をする和之。

 叶恵は即座にわざとであると理解した。


 旧生徒会室の扉には、吸盤でくっつくタイプのフックがあり、そこには表に『相談可』、裏に『相談中、しばし待たれるべし』とやたらと達筆で書かれた札をつってある。

 相談中に別の相談が来ては条件反故となるためである。


 そして今回は叶恵が犯人でないにしてもいきなりの条件反故。


 どうしろと。


「はぁ、しゃあねぇ、やるか」


「それじゃあ僕はここら辺で」


「おう、今日はありがとよ」


「この位、いくらでも手伝うさ。それじゃ」


 そう言って、再び立て付けの悪い扉を開けて出ていく和之。立て付けが悪いせいで超人イケメンでも少し格好のつかない開け方になっていた。


 片手で扉を開けて颯爽と出ていこうとして失敗した和之に、イケメンざまぁwと、そんな感想を抱くアイドルクラスの美形男子、叶恵であった。




(つーかあいつ結局相談してねぇ!!)





 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 あとがき

 す、進まない……

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