一章 ラブコメ主人公はやっぱり鈍い
第2話
四月十三日月曜日。
ゴールデンウィークが足踏みし始めるような時期のとある一幕。
*
「お願いします!」
職員室で、とある教師の前で冗談抜きの本気の土下座を敢行する一人の生徒がいた。
叶恵である。
そしてその目の前で仁王立ちをして後頭部を見下ろしているのは一年生の学年主任兼全部活統括という普通は存在しない肩書きを持つ英語教師、高野だ。
「あのな、伊吹乃よ」
組んでいた腕を解き、土下座をする叶恵の頭に手が届く位置までしゃがみ込んだ高野は、諭すような口調で告げる。
「お前、話聞いてたか?」
「……………何の話でしょうか」
頭を下げたまま遠回りならぬちょっと緩めの崖を登るような近道をした濁し方で聞いてないと答える叶恵。
未だに諭すような口調が崩れず、なおかつ優しげな表情を浮かべている高野に、周囲の教師は戦慄し、顔が見えていない叶恵はガタガタと震えている。
「あのな?」
「はい」
「うちの学校は、新しく部活として認められるためには、最低三人の部員を集めるか、個人、もしくは集団で、何かしらの実績を残していないとダメなわけだ。何故かはわかるな?」
「……部活には、部費がかかるからです」
「そう、その通り。部活として認められているからには部費が支給され、それに見合った成果が必要なわけだ。─────────で?お前、何部を作るっつった?」
唐突に吹き荒れる吹雪の如き低い声で土下座中の叶恵の頭を掴む高野。
ミシミシと音が鳴るあたり、体罰に含まれてもおかしくは無い。
「あ、あああああ頭がっ、あ、頭がわ、割れそうっ、何っ、ですががががが痛い痛い痛い痛いっ!!」
土下座をしながら頭を掴まれ、悲鳴をあげる。
傍から見れば随分と滑稽かつ恐ろしい光景である。が、高野にそんな理屈は通らない。
「なぁ、何部って言ったか聞いてんだよこっちは。なぁ?もっかい言ってみ?ほら、怒んねぇから、な?」
「もう怒ってますよねぇ!?」
叶恵は既に涙目である。
一高校生が喰らうには余りにも酷いアイアンクローであった。そしてやはりその言葉は高野には通らない。
「はーやーくー言ーえーつってんのー。なぁ、今から三秒間だけ頭から手ぇ離してやっからその間に答えろよ?」
「………………(コクコクコク)」
「返事はぁ?」
「はいっ、分かりました!」
もはや完全に涙目である。
「そんじゃ離すぞー」
そう言うと頭を掴んでいた手を離す高野。速攻で口を開く叶恵に他の教師が哀れみの視線を向ける。
「恋愛相談部を作りたいと言いました!」
「出直して来やがれぇっ!!!」
その言葉はグラウンドで活動していた運動部ですらよく聞こえていたと言う。
*
そしてその十分後。
ある条件を理由にどうにか創部に漕ぎ着けた叶恵は、幼なじみにして親友の
「ぐぅぅぅぅぅっ、高野のアホ教師がぁ」
「本当にぶれないね叶恵は」
「うるせぇイケメン。それでも十年来の付き合いかっ」
「顔の良さで言えば叶恵も大概だと思うよ?男らしさは無いけど」
「ちょっと一発殴らせてもらっても?」
「当方は暴力行為を受け付けておりません」
軽口を叩きながら人通りの増えてきた大通りを歩く。
たった今叶恵が告げたように、原田 和之という男はイケメンである。
完璧なパーツの配置、各パーツの形の良さ、細いながらもしっかりとした肉体、疲れていてもブレない体幹。更には中学時代のテストは平均九十五点を超えるという、天に二物も三物も与えられた、超人である。
対する叶恵も和之の発言の通り、イケメンと言える部類に入る。
入る。が、しかし、ここには問題点がひとつ。
まず、前提としてイケメンとはイケてる面、要するに顔が整っていることをイケメンとする。その上で以下の話を聞いて頂こう。
その整った顔立ちに、男らしさは皆無、いや、絶無である。
パッチリとした二重の瞳、小ぶりながらもスっと通った鼻梁、小さな口、そして超小顔童顔、更には身長百五十八センチという男子高校生にあるまじき背の低さに加えて華奢と来れば、パッと見で男子高校生と見抜けるものはいない。
更に更に、そこに『叶恵』等という女子のような名前が入れば、なんということでしょう。
立派な男の娘の完成である。
男の象徴の存在と、その口の悪さが無ければ完全に女子、それもアイドルクラスの美形だが、男故に面倒事しか無いという事実。
ここまで来ると最早こいつは男なんですという言葉すらも欺瞞にしか感じない。
現に昔、叶恵を女子と勘違いしたどこぞのプロデューサーがスカウトした結果男子と判明して崩れ落ちたという過去があったりする。
「受け付けてないとか知らねぇからとりあえずその高い鼻をへし折ってやりたい」
「叶恵は本気でやりそうだから、冗談でも勘弁して欲しいかな?」
「微笑みながら冷静に切り返して来るんじゃねぇ!?周り見ろ!お前を見た女子が顔真っ赤だぞ!?」
残念なことにそれを指摘している叶恵も原因を担ってしまっている。
単純に考えてみよう。
人通りの多い大通り駅前。
時刻は午後六時を回る頃であり、帰宅ラッシュに入っている。
つまりは、会社員学生含め、不特定多数の人間が集まる訳である。
そんな中に突如現れる超人イケメンとアイドルクラスの美形を持つ男の娘。
注目を浴びない訳が無い。
これでもし叶恵が着ている服が女子制服ならば間違いなく芸能人カップルと思われていたことだろう。
「あらら、本当だね。でもまぁ、大丈夫でしょ?」
「何を根拠に……」
「帰宅部の僕らがこの時間に帰ることになったのは叶恵のせいだからね」
「それ今の状況と関係あるか!?」
「あるさ。だって、またやるんでしょ?あれ」
「いやまぁ、そうだけども……」
「また今度行くかもしれないし、宜しく」
「…………お前さぁ、何回目だ?」
「さぁ?」
肩をすくめる和之にため息をつく叶恵。
内容が全く聞こえていない周りの目には、お茶目をした彼氏に、男装趣味の彼女が呆れている図に見えていた。つまり、女子制服を着ていようと着ていなかろうと、一緒だったという話である。
*
四月十四日火曜日四時間目。
それ即ち英語の授業中。
時刻は十二時二十分。
以上の経緯をもってここ、旧生徒会室の椅子に腰掛けた叶恵は、恋愛相談部の初の活動を迎えていた。
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