第72話 帽子の少年

 俺とエフィは、町長に対して復讐心を宿らせた村の者たちを伴って、来た道を引き返していた。

 途中、ルナとアイスマリーとも合流し、経緯を説明したが、何となく二人は納得いっていない感じだった。村の者たちの手前大人しくしているけど、後で怒られそう……。


 ちなみに盗賊たちが村々から奪ったものは、そのまま残してきた。いくら盗賊を倒してやったとはいえ、さすがに村から奪われた物を掠め取っていくのは気が引けたからだ。

 その代り、それ以上の金品を手に入れる目星はついている。もちろん、あの町長から根こそぎ奪うつもりだ。


 ――ただ、盗賊の個人的な持ち物については別である。

 あの盗賊たちがいた屋敷には、奴らの持ち物と思しき物がいくつかあった。


 ――その中の一つに、この魔術書があった。


 俺は手元の書物を転がしながら、まじまじと見る。

 表紙にも裏表紙にも、とてつもなく高度な魔術の術式が施されていた。恐らく何らかの術式を発動しないと中が開かないような仕組みになっているようだ。

 これは俺ごときが解除できる術式ではない。


 ちなみに魔法と魔術は別物である。だから魔法を主に使う魔法剣士である俺にとって、この魔術書はそこまで価値のあるものではないとも言える。


 しかしこれは、出すところに出したら恐ろしいくらいの金になる逸品だ。


 間違いなく、超が付くほど希少な魔術書である。

 価値基準を判断する程度の魔術に対する知識を持ち合わせていたのは幸いだったといえよう。まさかあんなところで、これほどの魔術書に出会えるとは誰が思おうか。


 ……ただ、どうしてこんな物があの程度の盗賊たちの手元にあったんだ?

 盗賊団の規模と、この魔術書の価値が見合っていないように思えて、俺は首を捻るしかなかった。

 そんな俺に向かって、後ろから声を掛けてくる者がいた。


「それ……僕のです」


 後ろを振り返る。

 すると、先程目にとまったあの帽子の少年がいた。


「それ、僕のです」


 少年はもう一度言った。俺が手に持っている魔術書を指差しながら。

 俺は訊き返す。


「で?」

「で、でって……。か、返して下さい」

「返して、だと? これは俺が盗賊を倒して手に入れた物だ。それともお前は、自力でこれを取り返せたとでも言うのか?」

「そ、それは……」

「言葉には気を付けるんだな。そんな言い方をされてお前にこれを渡すほど、俺はお人よしじゃない。第一、これがお前の物であるという証拠はどこにもない」


 俺は、話はお終いとばかりに前を向く。

 後ろから呆気に取られた雰囲気が感じ取れるが、知ったことではない。

 そのまま素知らぬ顔で歩き続けていると、少年は横に並んで俺の顔を覗きこんでくる。


「それが僕の物であるという証拠ならあります!」

「で?」

「え? い、いや、だから……」

「これは俺が盗賊を倒して手に入れた物だ。故にこの魔術書の所有権は既に俺にある」

「そ、そんな……!」

「言っただろ? 言葉には気を付けろってな」

「……っ」


 少年は悔しそうに唇を引き結んでから、


「……ごめんなさい。それは元々僕のです。どうか返していただけませんか」

「よくできました……と言いたいところだが、そんな嫌々言われて心が動かされると本気で思ってんのか? 言葉だけでなく態度にも気を付けろよ」

「ごめんなさい! 僕が悪かったです! どうかそれを返して下さい!」


 ついにやけくそみたいに叫びやがった。

 深々と下げられた頭を見て、俺はため息を吐くしかない。

 俺は魔術書を差しだした。


「ほらよ」

「え?」

「どうした? 返して欲しかったんだろ」

「い、いいんですか? 多分ですけど、あなた、これの価値を分かっていますよね……?」


 ……ほお、どうやらこの書物の持ち主というのは本当らしいな。

 まあ、こいつの魔力を感じた時から恐らくそうだろうとは思っていたが。


「いるのかいらないのかどっちだ? さっさと取らないと懐にしまうぞ」

「わああっ!? いります、いります!」


 少年は俺の手から魔術書をふんだくっていった。

 俺は苦笑するしかない。


「お前、こんな凄いもん持ってて、どうしてあの村で一緒に掴まってたんだ?」

「そ、それは……」


 少年は言いづらそうに口籠りながら、


「……僕のこの魔術書は、発動するにはそれなりの準備がかかるんです。それに、一撃必殺でしかない。融通が利かないんです。それでも何とかしようとしたんですけど……」

「まごまごしている間に、盗賊に魔術書を取り上げられちまったか?」

「……はい」


 少年はしゅんと俯く。


「まったく、情けねえな。それなりの力を持っているなら、その力をいざって時に使えるようにしておけよな」

「……面目ありません」


 少年はさらにしゅんと俯いてしまった。……ちょっといじめすぎたか?

 俺は後頭部をがしがし掻くと、


「まあ、これでお前は一つ教訓を積んだだろ。一回でも実戦を経験すると、その先の訓練法は変わってくる。これからは色々と予想を立てて対応できるはずだ。そうだな?」

「! は、はい!」


 あまりにも素直なもので、俺は思わず吹き出しそうになってしまう。今まで年下の少年と関わることなんてあまりなかったが、意外と可愛いもんだ。


「分かったら、もう行け」

「あ、あの……!」

「あ?」

「い、いえ、なんでもありません」


 帽子の少年は最後に一礼すると、すごすごと後ろへと下がって行った。

 そのタイミングで、ルナとエフィのニヤついた目と、アイスマリーの分かりみの深い目がこちらに向けられていることに気付く。


「まったくマスターは! これだからね!」

「……何だよ。言いたいことがあるなら言いなさい?」

「へっへー」


 こいつ、はぐらかしやがったぞ……。

 次にアイスマリーが、


「………」

「分かりみの深い目を向け続けてくるのはやめてくれるかな? アイスマリーちゃん」


 最後にルナが、


「お兄様が、幼気な少年に……ああっ」


 妹がヤバい。色んな方向でヤバくなっていく。

 痴妹(ちもうと)が板について行くのを止められない。

 ……兄として、一度妹を教育し直した方がいいのだろうか?

 そんなことを悩みつつも、頭の中では先程の少年のことが気になっていた。


 あいつ、どうしてこんなところにいたんだ?


 ………。まあ、いいか。もう関わることもあるまい。

 そう思い、俺は町長邸攻略のために思考を切り替えた。


 さて、どうやって攻めてくれようか。


 俺は心の中でほくそ笑んだ。



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