第73話 ネルVS町長一味

 俺の目の前に、あの町長の屋敷がある。

 屋敷の前には十数人の護衛の兵士がたむろしていた。

 いや、それだけではない。屋敷の周りや、屋敷の領地内にも多くの兵士が詰めている。


 ――全部合わせたら、七十人くらいはいるんじゃないか?


 あいつ、村の守護兵は引き上げさせたくせに、自分の屋敷だけこんなガチガチに守ってるのかよ……。

 俺は呆れて物が言えなかった。


 ちなみに村の女性たちやエフィたちは全員、町の外に置いてきた。これからやることは俺一人で十分だからだ。

 さて、それではどうやって屋敷に侵入するか。


 まあ、人質を取られているわけでもなし、別に策を弄する必要はないか。


 そう思い、俺は屋敷の方へと歩みを進める。

 ある程度近付いたところで、護衛兵の一人が声を上げた。


「止まれ。ここはアグニ町長の屋敷だ。何か用か?」

「ああ、町長に用があるんだ。通してもらえないか?」

「町長に用だと? 我々はそのような話を聞いていないぞ。約束のない者を通すわけにはいかん。帰れ」

「そういうわけにはいかないんだ。なあ、それよりもいいのか? こんなところばかりに兵力を割いていたら、町が襲われた時、住民たちは壊滅的な被害に遭ってしまうだろ?」

「そのようなことお前の知ったことではない」

「……あんたらだって、この町の人だろうが?」

「だから、知ったことではないと言っている。我々は仕事を忠実にこなし、それ相応の金さえもらえればそれでいいのだ」


 そいつはニヤリと笑いながら言った。

 見れば後ろの奴らもニヤニヤと笑っている。

 ……なるほど。類は友を呼ぶということらしい。そもそもこのことに危機感を覚えている奴が、こんなところにいるわけがないか。

 俺がため息を吐くと、先程の奴が言ってくる。


「それにしても貴様、怪しい奴だな。怪しい奴がいれば捕えろというのがアグニ町長のお達しだ。悪いが俺たちのボーナスのために掴まってもらおうか」

「……ほんと、腐ってんな」

「ふんっ。そのセリフを牢獄の中で後悔するんだな」

「俺は町長に会う。これは決定事項だ。素直に道を空けた方が身のためだぞ」


 俺がそう言うと、護衛兵の奴らは顔を見合わせて笑った。


「こいつ、頭がイカレてるぜ」

「この人数差が見えていないのかよ」


 俺は既に二十人ほどの兵士に囲まれていた。

 俺は辺りを見回しながら、


「で? たったこれだけか?」

「……こいつ、やっぱりイカレてるぜ」

「もう一度言う。道を空けた方が身のためだぞ」

「もういい。おい、やれ」


 その一言で取り囲んでいる奴らが一斉に襲い掛かってくるが、もちろん、この程度の人数、俺の敵ではない。

 俺は奴らが捕えきれぬほどのスピードで動くと、先程問答をしていた奴を抜かした全員の急所に拳を叩き込んでやった。

 それだけで皆、意識を刈り盗られる。

 全員が地面に崩れ落ちるのを確認してから、一人だけ残してやって先程の奴のところに歩いていく。

 奴は既に腰を抜かしていた。


「こ、こんな……ひぃっ!? く、来るな! バケモノ!」

「お前、こいつらのリーダーだろ? 町長の元に案内してもらおうか」

「お、俺は別に……」

「いいからさっさと案内しろ。それとも死にたいのか?」

「わ、分かった! 分かりましたから!」


 我ながらどっちが悪人だか分からないと思ってしまうが、この方が手っ取り早いのだから仕方がなかろう。

 俺はそいつを無理矢理に立たせると、屋敷の方に向けて先導させた。

 しかし、屋敷に入った瞬間、また別の奴らに囲まれる。


「おい、止まれ!」

「ちっ、面倒だな。おい、お前なんとかしろよ」

「む、無茶でさあ! 屋敷の外と中では命令系統が違うんです!」

「使えない奴だな」


 俺はそう言うと、周りの奴らの言うことなど聞く耳持たずに、攻撃を開始した。と言っても先程と同じように拳を叩き込んでいくだけだ。こんな金だけで雇われたような奴ら、抜刀するにも値しない。

 ものの三十秒ほどで全員片付き、屋敷の庭には三十人以上が地面に倒れていた。


「ま、こんなものか」

「な、なんなんだよぉ、おまえはよぉ~……?」


 やはり一人だけ残した先程の奴が情けない声でそう言った。


「俺のことなんてなんでもいいだろ。とにかく早く案内しろよ」

「うう……」

「早くしないと……」

「分かりました! 分かりましたから、腕を鳴らすのやめてください!」


 かくして俺は優秀な案内人を手に入れた。

 屋敷の中に入ってからも十数人に絡まれたが、そいつらは外の奴らと同じ結末を辿った。さすがに近くに置くだけあって腕の立つ奴もいたが、俺にとってはほとんど何も変わらない。


 やがてあっさり町長の部屋の前に辿り着く。

 金で物を言わせた厭らしいドアを、俺は敢えて蹴破る。

 中に入ると、そこにはあの町長の姿があった。

 と言っても、既に腰を抜かしているが。


「ひ、ひいい……!? い、一体何事なのだ……!?」


 先程から物音だけは聞こえていたのだろう、町長の顔面は真っ青だった。

 俺は奴の前に行くと、


「よお、町長。また会ったな」

「あ、あんたは! あの時の!?」

「どうやら覚えていてくれたみたいだな」

「こ、これは一体どういうことですかな!?」


 現金なもので、俺と分かるや否や、町長は立ち上がって詰め寄って来る。


「あんたに用があって来たんだよ」

「用ですと!? こんな盗賊まがいのやり方で入ってきておいて、よく言えたものですな!」

「まともな方法じゃ入れてもらえなかったんだから仕方ないだろ? それよりも俺の話を聞いてもらおうか」

「なにをいけしゃあしゃあと! これは立派な犯罪ですぞ!? 今すぐ憲兵に突き出してやるから覚悟するんですな!」

「………。お前がやったことは犯罪じゃないのか?」

「なにを訳の分からないことを!」

「あんたが周りの村から兵を引き上げたおかげで、多くの人が死んだ。女は犯され、子供は攫われた。あんたが兵を引き上げなければ、防げたかもしれないのに。それなのに、お前に非はないのか?」

「私が雇った兵だ! どう使うが私の勝手だ!」

「……話になんねえな」

「話にならないのはあなたの方でしょう!? おい、何をしている! 早く憲兵に報せて……」

「もういい。少し黙ってろ」

「ぐふっ!!」


 俺は町長の鳩尾に拳をめり込ませた。

 それで町長の意識は飛び、ぐったりと前のめりに倒れる。

 俺は町長のでっぷり肥え太った体を持ち上げると、


「おい、お前」

「は、はいっ」

「案内ごくろうさん。礼にあんただけは見逃してやるが、もし、このことを他言するようなことがあれば……」

「わ、分かってます! 誰にも言いません!」

「それが利口だとだけ言っておく」


 体をかちこちに固めて直立不動するそいつの側を通り過ぎると、後ろからほっと息を吐く音が聞こえた。

 もちろん、それについて同情する余地などない。

 俺は黙って町長邸を後にした。



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