第71話 解放と出会い

 屋敷の外では、エフィが既に盗賊たちを無力化していた。

 村のいたるところには、地面が抉れ、煙が上がっている部分がいくつもある。彼女が放った魔法のせいに間違いない。

 盗賊の頭たちに弄ばれていた村娘たちに着物を着せてやり、外に出ると、ちょうどエフィが空から降りてきた。


「マスター、終わったよ。そっちはどう?」

「こっちも終わった。ありがとうな、エフィ。お前のおかげでスムーズにいったよ」

「えへっ」


 褒めると、エフィは嬉しそうにはにかんだ。

 ちなみに人質たちは先に開放してある。頭のいる屋敷に行く前に、閉じ込められていた建物に忍び込みんだのだ。見張りの奴らは音もなく殺した。きっと自分が死んだことにすら気付いていないだろう。

 エフィにはなるべく盗賊を殺すなと言った俺だが、人質の見張りを生かしておけば、後々面倒なことになる可能性があるから殺した。それはほんの僅かな可能性ではあったが、それでも殺した。悪人に配慮して、そのほんの僅かな可能性を残すことの方が愚かなことだと判断したからだ。

 俺はもう大事なものの順番を間違えない。


 やがて解放された村人たちが閉じ込められていた家からワラワラと出てきた。

 ざっとみたところ、若い女性や子供が多い。それ以外の者は無残にも殺されてしまった。


 その中で、ふと、一人の少年が目に入る。


「ん?」


 帽子を目深に被った、十二、三くらいの少年だ。

 栗毛色の髪に青い瞳。顔が薄汚れているせいか、全体的に汚らしい印象がある、ごく普通の村の少年のように見えるが……。

 ――なんだ、あいつ? あいつだけ異様に……。


「マスター? どうしたの?」

「え? ああ、何でもない」


 俺はすぐにその少年から目を離した。まあ、別に俺には関係のない少年であることに間違いはないからな。別に気にする必要はないだろう。

 一方で、解放された彼女たちだが、笑顔が見えたのは一瞬、すぐに暗い顔になり、辺りには啜り泣く声で溢れた。


「あたしたち、これからどうすればいいの……」


 彼女たちが悲嘆にくれるのも無理はない。村は半壊し、男たちはほとんど殺されてしまったのだから。

 それは哀れな光景だ。若い女性や子供たちがむせび泣く情景は、以前の俺だったら見過ごすことは出来なかっただろう。

 しかし、俺はもうむやみに手を差し伸べたりはしない。与えられることに慣れた者たちは、それが当たり前になってしまう。

 まあ、それでも、このまま見過ごすのも気分が悪い。気分が悪いのは嫌だ。

 だから、多少の手伝いをするくらいならいいだろう。

 俺は彼女たちに向かって声を上げる。


「あんたたちのこれからについては、俺に当てがある」

「え?」


 女性たちが一斉に顔を上げた。

 全員がこちらに注目するのを待ってから、俺は問いかける。


「そもそも、こんなことになったのは、一体誰のせいだ?」

「誰のせいって……」

「もちろん、半分は盗賊のせいだ。だが、もう半分は、村から突然、守護兵がいなくなったからじゃないのか?」


 女性たちの顔がハッとした。

 その中の一人が、すぐに顔を怒りに変えてこう言った。


「……そうよ。隣町の町長のせいよ……」

「守る人がいなくなったせいで、村は成す術がなかった……」

「あたしの恋人が……あの人が死ぬことはなかったかもしれない……」

「わたしの夫だって!」

「あ、あたしのお父さんも……!」

「あいつのせいで……!」


 彼女たちは一斉に憤怒に駆られた。それだけ大事なものを失ったのだからしょうがない。

 そんな彼女たちに、俺はこう言った。


「だったら、それなりの報いを受けさせないとな」

「で、でも、あたしたちにそんなことをする力は……」

「俺がなんとかしてやる。俺もあの町長には思うところがあるからな。ただし、手伝うのはそれだけだ。あんたたちが奴に復讐し、それから生きていけるくらいのことはしてやる。それからのことは、あんたたち自身で決めろ」


 彼女たちは互いに顔を見合わせた後、最終的には俺の方を見て頷いた。

 きっと盗賊を殲滅した俺なら、ハッタリを言っているのではないと分かったのだろう。

 今の彼女たちの目は、先程までの死んだような目ではない。町長に一矢報いるのだというギラついた目をしている。

 復讐というスパイスが彼女たちを生き返らせたのだ。今はそれでいいと思う。何より、彼女たちには復讐をする権利がある。

 ふとエフィの方を見ると、彼女は珍しく苦笑していた。それだけで彼女が何を言いたいのか分かった。

 俺は薄く笑い返してから、この村に来た方角を見た。そちらにはあの町がある。


 ――さて、次はあの町長の番だ。


 俺をムカつかせた報いは、きっちり受けてもらうからな。



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