第70話 悪人の末路
【盗賊の頭】
占拠した村の中央にある元村長の家。
周りの建物よりも一段大きなその家で、盗賊の頭はご満悦の笑みを浮かべていた。
――その手で弄んでいるのは、この村一番と評判だった村長の娘。
今は頭の汚い欲望で薄汚れたその娘には、殴られたばかりの痣が体中にあり、既に意識を失っている。
それはそれで乙であると言わんばかりに、盗賊の頭は貪る手を止めようとはしない。
それどころか無理矢理に意識を戻そうとしているのか、一層痛みを加えるように弄び始めた。
彼にとってみたら、村娘などいつでも手に入る取り換えの利く道具と同じようなものだった。
「初心な村娘は何回犯してもたまんねえな。それにいくらでも手に入るときてやがる」
その言葉に、同じく村娘たちを犯していた副頭領の二人が声を上げる。
「かしらぁ。それ、まだ壊さないでくだせえよ」
「そうでさぁ。その娘も早く俺たちにも回してくだせえ」
「おいおい、お前らもそのおもちゃを手に入れたばかりだろうが」
「もっといいおもちゃが目の前にあったら、欲しくもなりまさあ」
「はっは! それもそうか!」
頭は上機嫌に笑った後、口元をニヤリとさせる。
「だが、焦るな焦るな。なにせ五つの村の娘を全員捕えたんだ。飯も酒もたっぷりあるし、これからしばらくは酒池肉林だぜ」
副頭領の二人は、へっへ、と厭らしい笑みを浮かべて答えた。
頭は続ける。
「これほどの酒池肉林は、俺たちか一国の皇帝くらいしか出来ねえだろうなぁ。それに、だ。自分で奪った物で楽しめるのは、皇帝にすら出来ねえことだ」
「じゃあ、かしらぁ。おれたちは」
「ああ、皇帝よりも上ってこった!」
「さすがかしらだぁ!」
副頭領の彼は、頭を讃えながら、女を片手に、酒をぐびりと呷った。
「おらぁ、かしらに付いて来てよかったぜ! こんな贅沢、この盗賊団にいなきゃ、一生かかっても出来なかった!」
「おれもだ! かしらぁ、一生ついていきやす!」
「ああ、俺に付いてくれば間違いねえぜ! もっといい目見させてやる。おれぁ、いずれこの盗賊団をもっと大きくしてみせる。この【金の鷹】団の名前を世界中に轟かせ、世界中の女を抱いてやる!」
「さすがかしらだ!」
「でっけえぜ!」
「取りあえずこの村の女に飽きたら、今度はあの町だな。あの町にゃあもっと上玉もいるぜえ」
頭が髪を掴む手に力を入れると、気を失っていても娘の顔が苦痛に歪んだ。
そんなこと一切気にすることもなく、頭は言葉を続ける。
「それにしても、あの町長には感謝しねえとな。町には手を出さねえ代わりに衛兵を村から全部引き上げさせろと言ったら、すんなり言う通りにしてくれるんだもんなぁ」
実は町長が周辺の村から衛兵を引き上げさせたのは、そういう裏取引があったからだった。
しかし、頭の言葉はどこまでも非情だった。
「まったく、バカな奴だぜ。盗賊がそんな約束、守るわけねえだろうが。なあ、てめえら?」
「その通りでさあ!」
「まったく、バカな奴です!」
「そういや、町の奴らに示しを付けるため、旅人の一人や二人くらい差し向けるかもしれないと言ってやしたが、それはよかったんですかい?」
「かまやしねえよ。旅人の一人や二人が俺たちの相手になると思うか?」
「それもそうですな」
「しかし、あの町長もひでえ野郎だよな。自分の財産を守るためだけに周りの村から衛兵を引き上げさせるたあな。おかげで五つもの村が全滅したんだからよお。その上、自分の損にならないよう、何のゆかりもない旅人をみすみす死地に送ろうとは、俺たちに引けを取らぬ悪党だぁ」
「くっく、そうですね」
「いっそのこと仲間にしやしょうか」
「バカいえ。あんな腹の出た狸が何の役に立つ。せいぜいあのでっぷり太った肉を焼いて食うくらいしかねえだろ」
「かしら、あんなまずそうな肉は食いたくありませんぜ」
「お、俺もでさあ」
「はっは! そうだな! つまり、あの町長が俺たちの役に立てる方法はたった一つしかねえってこった」
「それは?」
「言うまでもねえ。これまで散々町の奴らから搾り取って蓄えた財産を、全部俺たちに渡すことだけよ。ま、搾り取られた町の奴らの搾りかすもついでに全部いただくがな」
「さすがかしら!」
「抜け目ねえぜ!」
「特に町娘は、村娘とはまた違った味がある。ああいう大きめの町は滅多に襲えねえから、村娘と違って町娘はなるべく壊さねえように丁寧に扱わねえとな」
そう言って頭は村長の娘の髪を引っ張ってぐいっと引き寄せる。
それでまた小さな呻き声が上がったが、もちろん頭に気にした様子はない。
「しかし、魔王様々だぜ! 奴らが暴れ始めてから、仕事がしやすくてしょうがねえ」
「そういや魔術都市カダールにも魔物の影がちらほらあるらしいですぜ?」
「次はそっちの方に行ってみやすか? 一度くらい魔道士の女を抱いてみたいもんでさあ」
「バカ言え。魔物に手を出すほど俺ぁ向こう見ずじゃねえよ。魔道士の女には興味があるがな」
「魔道士と言えば、村の中に奇妙な魔道書を持ったガキが一人いましたぜ」
「……魔道書を持ったガキだと?」
「へえ。どうやら旅の途中でこの村に寄ったようですが、とりあえず魔道書を取り上げて他のガキと一緒に蔵に放り込んでありやすが」
「……ふむ、気になるな。魔道書を持っているということは、カダールから来たガキか?」
「さあ、まだそこまでは何とも。なにせ男のガキだったんで、締め上げても楽しくねえですし」
「女のガキなら、とっくに体に聞いておりやしたが」
「クック。てめえらも好きだよなァ」
三人は卑下た笑みを突き合わせて、声を上げて笑った。
話はまだ続く。
「そういえば、ハイランド王国の件は残念でしたねえ」
「ああ、それなぁ。まったく、どこの誰か知らねえが、ドラゴラスの討伐に手を貸すたあ、余計なことをしてくれたもんだぜ。しかも内戦を食い止めるというおまけ付きだ。おかげで俺たちが付け入る隙がなくなっちまった」
「まったくでさあ。美女揃いと名高いペガサスナイトを一度は犯してみたかったぜ!」
「一人でも捕えりゃあ、しばらく回して遊べそうだったんですがねえ」
「特によぉ、噂のペガサス四姉妹をどうにかして捕えることが出来りゃあ、数年はおもちゃにして遊べたぜえ」
「かーっ! 噂の美少女四姉妹! 犯してみたかったっすわー! 特に長女のマリア!」
「俺は末っ子の双子!」
「おれぁもちろん、超美形と噂の次女フレインだぁ。ったくよお、もしかしたらこの手に抱けたかもしれねえのによぉ、どこの馬とも知れねえ奴が余計な事しくさりやがって」
「まったくでさあ」
「許せねえ!」
「このたまった鬱憤を、この娘で晴らすしかねえか。おらっ、いい加減目を覚ませや!」
頭が娘の頬を殴ると、娘は「うっ」と短い声を出して、また気を失う。
「かー、これだ。村娘はどうももろくていけねえ。その点、腕が立つというペガサス四姉妹なら、乱暴に扱っても楽しませてくれそうだったのによぉ」
「しかも美少女揃い!」
「あー! まだうら若き双子の○○に代わりばんこに俺の○○を突っ込みたかったー! ネルとかいうやつ、ぜってー許せねえ!」
身内で盛り上がる盗賊たちだったが、そんな中、まったく別の声が部屋に響いた。
「許せねえのはてめえらの方だよ、ゴミども」
頭はその声にハッとする。
そしてゾッとした。
何故ならいつの間にか、部屋の入口に見知らぬ男が立っていたからだ。
「な、何者だ!?」
さすがに何度か修羅場をくぐって来ただけあって、頭はすぐに武器を手に取り、相手を観察する。
部屋の入口に立っている男は、剣を腰に帯刀しているところからして、剣士か。
驚いたことに、その男は若かった。歳は少年とも青年とも言える年頃だ。
だからこそ、盗賊の頭は余裕を取り戻す。
「おいおい、まだケツの青いガキじゃねえか。ガキがこんなところに何の用だ? 今は大人の遊び中だぜえ」
頭の卑下た笑みに、少年は顔を顰める。
「しかし、見張りの奴らはなにやってたんだ? こんなガキを通しやがって」
「見張りは全員寝てるぞ」
「……なにぃ?」
そこでようやく頭の顔に剣呑さが宿る。
「……てめえ、何しにここに来やがった」
「もちろん、この村を解放する為に来た」
「なんだと? ……てめえ、何者だ? いや、何者でもいい。おれぁ、てめえみたいな身の程知らずのガキが一番嫌いなのよ」
「そりゃ奇遇だな。俺もお前みたいな奴が一番嫌いだ」
少年のそのセリフに、頭は副頭の二人と顔を合わせて笑った。
「ガキがいっぱしの口を利いてやがるぜ! この【金の鷹】団の頭、ズール様に向かってよぉ!」
「ひゃははっ! 何も知らないって怖いねえ!」
「頭はB級剣士顔負けの腕前を持ってるってのになあ」
しかし少年はこれみよがしに舌打ちするだけだった。
「それがどうした」
「あ?」
「それがどうしたって言ってんだよ」
「……どうやらかなり頭が悪いみたいだな、このガキは」
頭は武器を手にして、何も身に付けないまま立ち上がる。
その拍子に抱えていた娘がごとりと床に落ち、それを見た少年の目にさらなる怒りが宿った。
頭は面白そうにニヤリと笑う。
少年をからかってやろうと敢えて娘に剣を突きつけようとした――その瞬間だった。
――突如、屋敷の外で凄まじい轟音が鳴り響いた。
耳を劈くほどの大音声。
それと同時に、激しい地響きが辺りを襲う。
「な、なんだぁっ!?」
「じ、地震!?」
頭たちが慌てふためくのを、少年はただ冷めた目で見ている。
そして言った。
「今のは俺の仲間の魔法だよ」
「ああ? 魔法だと?」
「そうだ。今頃、外の奴らは全滅しているだろうさ。今の一撃でな」
頭はゾッとした。何故なら目の前の少年は、勝ち誇るでもなく、自信げに語るでもなく、ただ淡々と喋っていたからだ。まるで、そんな大したことをしてなどいないかのように。
頭はとっさに先程落とした娘を拾い上げ、その首元に刀を突きつけた。
少年の目が細まるのを他所に、頭は叫ぶ。
「ガ、ガキ! この女を殺されたくなかったら武器を捨てろ!」
「なんでそんなことしなければならない」
「は? なんでだ、だと?」
予想外の返答に、頭は間の抜けた声を出すしかなかった。
目の前の少年にはまるで動じた様子が無い。捕われている者を助けに来たと言うならば、こうされて狼狽えないはずがないのに。
「つ、強がるのも大概にしやがれ! 娘が人質にされてんだぞ!? おれぁ本気だぜ! てめえが武器を捨てないなら、この娘の喉元を掻っ切る!」
「やってみろ」
「な、なんだと?」
「俺なら、お前がその人の喉を掻っ切る前に、お前を殺すことが出来る」
少年は静かに前に進み出した。
頭はごくりと喉を鳴らす。
盗賊として過ごしてきた長年の勘が、少年がはったりを言ってはいないと告げていた。
「お、おい、お前ら、その二人の女も盾に取れ!」
「へ、へい!」
言われて、慌てて他の二人もそれぞれ女性ののどに刃物と突きつけた。
しかし、それでも少年の顔に変化は訪れない。
「お前ら、分かっているか? どんどん俺の機嫌を損ねていることを」
「と、止まれ!」
「元々逃すつもりはなかったが、村人たちがやられたように、切り刻んでやりたい気分だ」
「止まれっていってるだろ!? だったら本気って分からせてやるぜ! こっちにゃ三人人質がいるんだ! この女をまずころしてひゅぅっ……?」
盗賊の頭は最後まで喋ることが出来なかった。少年の剣が彼の喉に突き刺さっていたからだ。
同時に、副長たちも既に切られており、三人そろって崩れ落ちる。
少年は器用な身のこなしで三人の女性を受け止めると、後ろで倒れる盗賊の三人に背を向けながら言った。
「苦しまずに死ねてラッキーだったな、バカヤロウどもが」
少年はため息を吐いた。
そして、三人の女性を担ぎ上げたまま、何事もなかったように家の外に向かって歩き出した。
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