第61話 フレインとの思い出 その2
カフェから出ると、フレインは俺の後ろを三歩ほど離れたところからついてくる。
……将兵の前ではあれほどの王の資質を見せるのに、女の子としては本当に慎ましい子だ。
「あのさ」
「は、はい。何でしょうか?」
「隣、歩けよ」
「え? で、でも……」
フレインはたじろむ。
もしかしたらこの世界では割と普通のことなのかもしれないが、男女平等の概念が植え付けられた前世の記憶を持つ俺からしたら、今のこの状況は何となく落ち着かない。
「いいから。隣に来てくれると嬉しい」
「ネ、ネル様がそのようにおっしゃられるのであれば……」
フレインはとことこと近寄って来ると、控えめに隣に立つ。
「じゃあ、行こうか」
「は、はい」
フレインの顔は下を向きながらも、少し嬉しそうだった。
そうして二人して歩き出すと、後ろからひそひそ声が聞こえてくる。
「グッジョブです、お兄さん!」
「珍しく女心が分かりましたね!」
……うるさいよ。珍しくて悪かったな。
それより、どこまで付いてくる気なのかな?
……まあいいか。面倒だが、悪意があるわけではないし。
ため息を吐きながらも、もじもじしているフレインと並んで歩いていくと、ルンランおすすめのブティックに辿り着いた。……というか、ここも前にアイスマリーと一緒に訪れた服屋だった。
「いらっしゃいま……フレイン様!?」
フレインの姿を見た途端、店主が目を剥いた。そりゃ領主の娘がいきなりやってきたら驚くわな。
しかも隣にいるのが、以前に他の女性(アイスマリー)と一緒にこの店に訪れたことのある俺だと気付くと、その目が不審そうなものに変わった。
――こいつ、この前、他の女と一緒にいたよね? それが何で我らがフレイン様と一緒にいるの? フレイン様、もしかして騙されてない? といった感じの疑義に満ちた目である。
俺は軽くイラついたが、それだけフレインが市民から愛されていることの裏返しでもあるので、グッと我慢した。俺、偉すぎる。
「今日は一人の客として来ました。店主さん、どうかお気になさらないでください」
「は、はい。ですが、そちらの方は……」
こいつ、あからさまに俺に疑惑の目を向けてきやがったぞ。我慢するのやめてぶっとばそうかな。
そんなことを考えていると、
「こちらのお方はネル様……先日のドラゴラス戦で、この国を救ってくださった英雄です」
「ええっ!? このお方がですかい!? しし、失礼しました!!」
店主は一転して平伏してくる。……いや、そこまでされると逆に面倒なんだが……。
「別に気にしてないから、立ってくれ」
「へへえ!」
店主は頭を下げたまま立ち上がる。
そして、先程とは違うあからさまに遜った目を向けてきて、
「そ、そうでしたか。あなた様がお噂のネル様で。ということは、先日一緒にこの店に訪れて下さった可憐な女性が、剛力の妖精アイスマリー様で?」
「あ、ああ」
……一体どんな噂がこの国を駆け巡ってるんだ? アイスマリーの奴、剛力の妖精なんて呼ばれているのかよ……。
まあ、ドラゴラス戦では大勢の兵たちの前で巨大な樽をぶん投げていたからな……。
「そうですかい、そうですかい。あなた様がネル様で。いやあ、道理で気品のあるお顔立ちをしているはずだ。フレイン様と並んでいると、まるで将来の王と王妃を見ているかのようですな! ははははは!」
さっきまでまるでフレインを騙す詐欺師でも見るかのような目をしていたくせに……。
――というか、将来の王と王妃だと?
……マジで、一体どんな噂がこの国に流れているんだ? 結構具体的な噂が流れていないと、そんなセリフ出てこないぞ。
しかし、フレインはと言うと、ただ単に照れていた。
「や、やだ。恥ずかしい……」
両手を頬に当てて顔を赤らめている姿はとてつもなく可憐だが、そんな場合じゃなくないか? どこぞの馬の骨とも分からない俺と並んで王と王妃って言われたんだぞ?
俺が呆気に取られていると、構わず店主が遜った様子で耳打ちしてくる。
「将来、王様となられた暁には、どうか我が店をごひいきに」
商魂たくまし過ぎだろ、こいつ。
「で、今日はどのようなご用件でございましょうか?」
揉み手をするな。実際する奴を初めて見たわ。
ルンから貰った紙にはこの店に行くとしか書いてなかったが、ここには女性用の服しかない。となればやることは一つだろう。
「彼女に似合う服があれば見繕ってくれるか。是非プレゼントしたい」
「え? ネ、ネル様?」
「フレインが気にする必要はない。単に俺が俺の趣味の服を着たフレインを見たいだけだ」
店の入り口から「さすがツンデレ野郎なのです!」「『単に俺の趣味の服を着て欲しいだけだ』……そんなセリフ、ランも言われて見たいのです!」とか聞こえてくるが、マジでうるさい。ファイアボールでも撃ち込もうか。
フレインはフレインで「あああ、あの、それってどういう……?」とか言ってテンパったまま固まっちゃったし、店主はニコニコニヤニヤとした目を向けて来るし、ここは地獄かな?
店主は言ってくる。
「いやあ、あのフレイン様がねえ……」
しみじみ言うんじゃないよ。
「世の中、分からないものですな。わたしたち国民はフレイン様にいつも支えてもらってきました。しかしフレイン様がアラン・ヴェスタールに無理矢理言い寄られた時、わたしたち国民はどうにも出来なかった。ドラゴラスが襲ってきた時も、真剣にわたしたち国民のことを考えてくれたのはフレイン様だけで、それなのにわたしたちはやっぱり何も出来なかった。わたしたちは常にフレイン様を支えて下さるお方がいればと口々に申しておりました。しかし、フレイン様は常に凛々しくあり、男にはまるで興味がないご様子。ああ、このままあのアラン・ヴェスタールの手に落ちてしまうのか。そう思った時、颯爽とこの国に現われてくれたのがネル様だ! ネル様はドラゴラスからこの国を救ってくれたばかりか、アラン・ヴェスタールの手から我らがフレイン様を救ってくださった。そして今、フレイン様がこのような乙女のお顔を……ううっ、な、涙が……」
この話いつまで続くのかと思っていたら、遂には泣いちゃったぞ!?
俺が呆気に取られていると、何故かフレインもつられて涙を浮かべていた。
「まあ、そうでしたか……。皆様には色々と心配をかけてしまいましたね。申し訳ありません」
「い、いえ、とんでもない! 謝りたいのはこっちの方です! フレイン様が大変な時に何も出来なかったのはわたしたち国民の方なのですから! ですが、今はあなたの隣にネル様がおられる。もしこれが未来の王様と王妃様のお姿なら、こんなに嬉しいことはありません……」
「そ、それは……」
フレインはちらりと俺の顔を見てくる。
俺は思わず視線を外してしまった。
「なにはともあれ、今日は思う存分、服を見ていってください! 気に入られた物がありましたら長さを直しますし、リクエストがあればオーダーメイドも承らせていただきます。本当はただでご奉仕させていただきたいところですが、そうするとネル様の男が立ちませんので、わたしは泣く泣くお代を頂戴すると致しましょう」
……こいつ、本当に商魂たくましすぎだろ。
「フレイン。お言葉に甘えて服を見せてもらおうか」
「は、はい……」
フレインの顔には少し陰があったが、すぐに笑顔に戻ると、
「ネル様。どうか見繕っていただきますか?」
「あ、ああ、それは構わないが、俺はあまり女性の服には詳しくないぞ?」
リアルの女性のは、な。前世でフィギュア原型師だった時は空想の服を着せることは得意だったが。
「いいのです。わたくしは、ネル様に選んでいただきたいのです」
そう言われてしまっては、断るわけにもいかないか。
まっすぐとした目を向けてくるフレインに頬をかきながらも、俺は服を物色し始めた。
と言ってもどの組み合わせがベストなのかいまいち分からないので、気になったものを色々と試着してもらうしかない。
そう思って片っ端から手にとっては、フレインに着てもらい、その度に褒めるということを繰り返した。
カーテンの向こうから「全部褒めてどうするですか! もっと色んな言葉をかけてあげるです!」とか聞こえてきたが、本当に全部似合っていたのだから仕方がない。俺はつまらない嘘は吐かないのだ。
しかしフレインは俺の言葉を素直に受け取ったのか、「似合ってる」という度に、いちいち顔を赤らめてお礼を言っていた。
そんなフレインを見て、「まあ、結果良ければ全てよしとします!」「フレインお姉ちゃんもおぼこいですし、意外とお似合いの二人なのかもしれません」などと聞こえてくるが、取りあえず余計なお世話だよ……。というか、実の姉をおぼこいとか言うんじゃねえよ。
最終的に俺が一番気に入ったのは、黒いキャミソールに青いカーディガン、それに白のミニスカートという姿だった。
……自分で選んでおいてなんだが、やばい、超好みかも……。
そんな感じで見ていると、フレインが服の裾を摘みながら言った。
「わたし、これがいいです」
「いいのか? 俺に遠慮せず、自分が欲しい服でいいんだぞ」
「いいえ。わたしはこれがいいのです」
そんな嬉しそうに言われてしまっては、俺に否があるはずもない。
「店主。今、彼女が着ている物を全部貰いたいんだが」
「はい。毎度ありがとうございます!」
この商魂よ。
しかしここで買い物するのは二度目だし、確かに俺はいいお客さんかもしれない。
フレインは店主に向かって言う。
「では元の服に着替えますので、この服は包んでもらってよろしいでしょうか?」
そのセリフに俺は首を傾げる。
「別にそのまま着て行けばいいんじゃないか?」
「いえ。これは破くわけにはいきませんから」
? どういう意味だ?
しかし、フレインは特に何を説明することもなく、元の服に着替えるため試着室に入って行ってしまった。……まあいいか。
少し離れた場所で待っていると、店主が近付いてくる。
「ネル様。どうかフレイン様のことをよろしくお願いいたします」
「……そんな約束は出来ないな」
「フレイン様のあのようなお顔は初めて見ました。あなたしかいないのです」
「………」
「……そうですか。この世とは、上手くいかないものですな」
どうやら店主はすぐに悟ったらしい。それでも諦めた顔で言ってくる。
「いつでもいいのです。いつの日か、その機会がありましたら、どうか……」
「その機会があったならな」
「そのお言葉が聞けただけで十分です。ありがとうございます」
その店主のセリフに、俺は答える言葉を持たなかった。
やがてフレインが試着室から出てくる。
「ネル様。お待たせいたしました」
「ああ。じゃあ、出るか」
「はい。店主さん、お世話になりました」
「いいえ、とんでもない。こちらこそ」
「それでは、また、寄らせてもらいますね」
「フレイン様」
「はい?」
「………。いえ、何でもございません。どうか、今日という日を楽しんでくだされ」
「ええ。ありがとうございます」
そんなやり取りをした後、俺たちは店を出た。
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