第60話 フレインとの思い出

 ――どうしてこうなった?


 俺の目の前にはオシャレしたフレインの姿があった。

 白いワンピースに水色のカーディガンを羽織ったフレインは、それはもう可憐だ。

 いや、めちゃくちゃ可愛いよ?


 可愛いけど、なんで?


『デートは待ち合わせから始めるものです!』と主張したルンとランの言う通り待ち合わせ場所に来たのだが、そこにはルンとランの他にフレインの姿もあったのだ。

 というかむしろ、ルンとランはフレインをぐいぐい前に押し出している。

 一体何の真似かと思っていると、ルンとランは叫び出した。


「お兄さんとのデートの約束は、断腸の想いでフレインお姉ちゃんに譲ってあげるです!」

「本当はランたちがお兄さんとデートしたかったけど……! でも! こうでもしないと、奥手なフレインお姉ちゃんはお兄さんに話しかけることすら出来ませんから!」

「本当はルンたちもお兄さんと色々したいことがいっぱいあったですけど……! 大好きなフレインお姉ちゃんのために涙を飲むです!」


 ということらしい。どういうことやねん。

 呆気に取られるしかない俺の手に、ルンが紙切れを一枚握らせてくる。


「これ、今日のデートプランです!」

「二人とも奥手同士で話が進みませんから、こっちでプランを立ててやったです!」

「では、あとは若い者に任せてルンたちは退散するとするです!」

「お兄さん、押し倒すくらいの甲斐性は見せやがれですよ!?」


 そんなことを言って、ルンとランは去って行ってしまった。

 残された俺とフレインは揃ってぽかんとするしかない。

 やがて、フレインが申し訳なさそうな声で言ってくる。


「い、妹たちがすいません……」

「い、いや、それはいいんだが……」


 というか、あの双子、自由すぎでしょ……。


「………」

「………」


 しかし悔しいが、俺とフレインの二人だけでは話が進まないのはルンとランの言った通りだった。

 どうすりゃいいねん?


「………」

「………」


 い、いかん。戦闘の話とかなら自然と出来るのだが、それ以外の話となると、何を話したらいいのか分からん……。


「あのさ」

「は、はひっ?」

「フレインは今日、時間は大丈夫なのか? 無理矢理連れてこられたみたいだけど……」

「え、ええ。その、大丈夫じゃないですけど、大丈夫です……」


 だから、どういうことやねん。

 その最大の謎かけに頭を捻っていると、また沈黙が訪れる。


「………」

「………」


 ……どうしよう。認めたくはないが、ルンとランの言う通り、前世から童貞続きの俺は女性の扱い方が得意な方ではない。

 業腹だが、耐え切れなくなった俺は、ルンから貰った紙を見るしかなかった。


「取りあえず、せっかくルンたちがプランを練ってくれたんだから、ひとまずこの紙の通り行動してみるか?」

「は、はい。そうですね。そういたしましょう」


 フレインに了承を取った俺は、ルンからもらった紙に視線を落とす。


「えーと、なになに? 『まずはさりげなく手を取り、その後、押し倒し、すかさず挿入』アホかあいつら!?」


 さすがに目を疑ったぞ!?

 ここにあいつらがいたらマジでぶっ飛ばしていたかもしれない!

 しかし、紙には続きがあった。


「『というのは軽い冗談で、まずは指定のカフェにゴーです!』。……マジで疲れるなあいつら」

「ほ、本当にすいません……」

「いや、フレインのせいじゃないから……」


 俺とフレインは同時にため息を吐いていた。

 それが何だか面白くて、思わず顔を見合わせると、互いにくすりと笑ってしまう。


「じゃあ、行こうか」

「はいっ」


 そんなわけで、俺とフレインはルンとラン指定のカフェに向かって歩き出した。



 **************************************



 ルンとランが指定したのは、以前、ルナたちと訪れたことのあるカフェだった。

 案の定、女性客しかいない。

 男の俺が入ると、一斉に女性客たちの視線が集まるのを感じる。

 ……相変わらずアウェイだぜ……。

 店員に案内されながら、視線の中を歩いていき、屋内の奥の方の席に座る。

 しかしメニューを見る前に、気になる気配を俺は察知した。

 ……というか、角の奥の席から見覚えのあるお団子ヘアーが二つ、ぴょこんと顔を覗かせているのだが……。

 そして、そちらの方からひそひそ声が聞こえてくる。


「くっくっく。まずはフレインお姉ちゃんに優越感を抱かせてあげるです」

「ふっふっふ。同時に他の貴族や国民たちに仲睦まじい姿を見せつけることによって、既成事実を植え付けるです」

「お兄さんは気付けば周りからそういう目で見られているわけですね?」

「そうです。周りから固めれば、お兄さんと言えど逃げられないはず」

「お兄さんは何もする必要がないわけです」

「何せ、自覚が無い内にフレインお姉ちゃんの許嫁になっているわけですから」

「これぞ『お兄さんを本当のお兄ちゃんに』計画です!」

「ルン、わたしたちは何という策士なのでしょうか!?」

「ラン、わたしは自分たちの才能が怖いです!」


 ……俺もお前らが怖いわ。というか最後の方、叫んでたせいで丸聞こえだから。


「あの子たち、こんなところまで……」


 フレインは顔を真っ赤にしながら恨みがましい目を向けていた。

 そんな彼女に俺は苦笑するしかない。


「ま、それだけ君のことが心配なんだろ。放っておいてやれよ」


 そう言うと、フレインはきょとんとした後、目を細めた。


「どうした?」

「やっぱり、やさしいなぁって」


 その温かな目に、俺は思わず狼狽える。


「……バカ。いいように受け取り過ぎだ」

「ふふっ、それ以外に受け取りようがないと思いますけど?」

「ぐ……」


 俺は口籠った。

 ……どうもこの四姉妹は苦手だ。全員がそれぞれのやり方で俺のペースを乱してくる。

 俺が憮然としていると、角の奥のテーブルから「いい感じなのです!」「何やってるですかお兄さん! そこでぶちゅっといくです!」とか聞こえてくるが、無視の方向で。独り言の音量が大きすぎだろ二人とも……。

 周りの客たちも段々と興味津々になっているんじゃねえよ。

 俺は咳払いを入れると、


「じゃあ、取りあえず何か頼むか」

「はい」


 フレインは笑って頷いた。

 ……くそ。可愛いな……。

 普段は凛々しい彼女の女の子らしい一面に、俺は益々ペースを乱されていた。


 そこからは周りのことなど気にせずに、フレインとの話に花を咲かせた。

 二人ともこういうことに関しては口が上手い方ではないので、たまに無言の時も訪れるが、しかし、先程までに比べて圧迫感はなくなっていた。

 なんというか、自然な静寂とでも言おうか? もしかしたら、俺たちには本来、そっちの方があっているのかもしれない。俺とフレインは無理に話題を探そうとしない方が自然なのだ。

 そんな感じで俺とフレインはゆっくりとした時を過ごした。


 話も主に彼女の姉妹の話が多い。つまり、マリアさんやルン、ランの話題だ。

 フレインは姉妹の話となると饒舌になった。彼女は姉や妹のことが本当に好きなのだ。それがよく伝わってくる。

 ルンとランの話題になると、角の奥の方が静まるのが面白かった。

 困った奴らだと二人で笑うと憤慨そうな声が聞こえてくるが、でも、たまに褒めると満更でもなさそうな鼻息が聞こえてくる。……あれで本気で隠れているつもりなのだから、まあ、可愛らしいと言えば可愛らしい。

 同じことを思っているのだろう、角の奥をちらりと見るフレインの目も優しかった。手のかかる子ほど可愛いというやつかもしれない。

 そんなことを話していると、時間はあっという間に過ぎていく。

 話題が尽き、再び静寂が訪れたところで、小さな声が聞こえてきた。


「そろそろ次のところに行くですよ!」


 ……まったく、あれで本当に隠れているつもりなのか?

 俺はルンから渡された紙に目を落とす。そこには『今度はお前の体から出るコーヒーが飲みたいと言う』と書いてあった。即行で破り捨てようかと思った。

 ……というか、お前の体から出るコーヒーって何だよ……? 想像力をどれだけ駆使しても分からなかったし、知りたくもなかった。

 念のために続きを読むと、『というのは冗談で、今度は指定のブティックに行くです』と書いてある。

 ……ほんと疲れるわ。

 俺は席から立ち上がると、


「そろそろ次のところに行こうか?」

「はい」


 フレインは微笑みながら頷き、俺に続いて席を立った。

 本当にフレインは素直な良い子だな。本当に同じ姉妹なのか疑いたくなるくらい違うんだが……。

 ――まあ、それも四姉妹の魅力なのかもな。

 俺は、そんなことを考えていた。




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