第59話 ルンとランの想い
練兵場の見学を終えた俺は、今度はペガサスナイトたちの宿舎を訪れていた。
どうせならこの国を去る前に、ハイランドでしか見られない白馬の乙女たちの訓練を見ておきたかったからだ。
宿舎の隣には厩舎があり、入口から顔を覗かせると、女騎士たちはちょうどペガサスたちの世話をしているところだった。
厩舎は通常の馬が入るものよりもかなり大きく、それだけペガサスがこの国で重要視されていることが窺える。縦にも広いので、厩舎の中で飛び回ることが出来そうなほどだ。
見ていると、どうやら彼女たちは自分の愛馬を自らの手で世話しているらしい。きっとそうやってペガサスと信頼関係を築いているのだろう。
本当は訓練風景を見たかったが、これはこれで貴重な映像だな。
――ふと、一人のペガサスナイトがこちらを見た。
すると、彼女は隣にいた人に耳打ちし、それがどんどん広がっていって、やがて全員の視線が俺に集まるまでそう時間はかからなかった。
……男の俺が覗いているのはまずかったか?
しかし、非難の目は感じない。どちらかというと、好奇の目といった感じだろうか。
いずれにせよ居心地が悪い。退散しようかな……。
そう思っていた時だった。
「おっにいっさんーっ♪」
「だーいっすきー♪」
両隣から、とすん、と軽い衝撃が訪れる。
ルンとランだ。
正直、助かった。彼女たちと同じペガサスナイトであるルンとランがいてくれれば、不審の目も少しは減ることだろう。
ただ、ルンとランのセリフにはツッコまざるを得ない。
「どさくさで妙なこと言うんじゃねえよ」
「あー、お兄さん! ウソだとでも思っているのですか!?」
「ランとルンは本当にお兄さんのことが大好きなのですよ!?」
「はいはい」
「この男、まったく信じていません!?」
「というかお兄さん、異性方面に関して鈍すぎなのです!!」
「バカ言え。俺、勘は鋭い方だぞ」
「どの口が言うですか!?」
「どこからその自信が湧いてくるですか!?」
「……いや、引きすぎだろ」
失礼な奴らだな。
というか、いい加減離れろ。ペガサスナイトたちの視線が痛いから。
しかしルンとランは俺に引っ付いたまま、視線だけ上に向けてくる。
「だったら、どれだけの女性がお兄さんのことを好いていると思っているですか?」
「自信過剰みたいで悪いが、結構沢山の子が俺のことを好いてくれていると自覚している」
「ほほう? 自信ありげですね。具体的に何人くらいから好意を持たれていると思ってるですか?」
エフィだろ。アイスマリーだろ。それと、ルナも多分、妹として兄の俺のことを慕ってくれている気がする。だから、
「多めに見て三人だ」
「「自信過少すぎてワロタ!!」」
ルンとランがドン引きしていた。
「それってあの三人のことじゃないですか!?」
「というか、あの三人しか入っていないじゃないですか!?」
「それ以外、誰がいるって言うんだよ」
「フレインお姉ちゃんとか、マリアお姉ちゃんとかどうなってるんですか!?」
「あー、確かにかなり信頼してくれているような気はするよな。俺なんかのどこをそんなに見込んでくれているのかは分からないけど」
「自信過少すぎてー」
「ワロター」
「そりゃルンとランが物の数に入らないわけですねー」
「ですねー」
二人がたそがれてしまった。
ただ、それも束の間で、次の瞬間には非難の目を向けてくる。
「もー、お兄さん! 謙虚なのは美徳ですけど、行き過ぎると周りが困りますです!」
「俺のどこが謙虚なんだよ。結構好き勝手してるぞ」
「ある意味そうですけども! だったらどうして女性関係はそんなに控えめなのですか!?」
「三人も侍らせている時点で、全然控えめじゃない気がするんだが」
「「でも童貞でしょう!?」」
「童貞言うんじゃねえ!!」
ペガサスナイトたちに聞こえちゃうだろ!?
あ、ほらー! 彼女たち、ひそひそ話を始めちゃったじゃん!
でも、何故か蔑むような目ではなく、顔を赤らめているのだが……。
そんなことを考えていると、ルンとランがまた言ってくる。
「大体、周りの女たちの視線はどう説明するですか!?」
「みんなお兄さんのことを狙ってるですよ!?」
「狙ってる? 別に殺気は感じないぞ」
「こ、この男……!」
「いい加減にしろです……!」
「うおっ!? むしろお前らから殺気を感じるんだが!?」
しかも超至近距離にいるから、今刺されたらさすがの俺でも死ぬ。
俺が冷や汗を流していると、
「……お兄さん、自分の立場、分かってるですか?」
「お、俺の立場?」
「そうです! この国におけるお兄さんの立場です!」
「そうだな……良い言い方で食客。悪い言い方で居候ってところか。いずれにせよ、どこの馬の骨とも分からない男がエスタールの屋敷で世話になっているのだから、あまりいいイメージは持たれていないだろうな」
「お前、いい加減にしろです!」
「お、お前!?」
「そうです! お兄さんは大した見返りもなくこの国を救ってくれた英雄で、めちゃくちゃ強くて、イケメンで、超優しいハイスペックな男の人なんですよ!?」
「ははっ、ありがとな」
「こいつ、全然信じてねえですよ!?」
「どうしたらここまで人間不信になれるですか!?」
「おいおい、失礼な奴らだな。まるで俺が故郷で仲間や国民たち全員に裏切られまくった挙げ句、王城をぶっ壊して国を出てきたみたいな言い方じゃないか」
「お兄さんの過去、ちょっと壮絶過ぎないですか!?」
「お兄さんを責めたランとルンが悪かったのです!!」
ルンとランがぶわっと涙を溜めて、より一層強く抱き着いてきた。
しかし俺は狼狽えるしかない。
「お、おい、ちょっと離れろよ」
「イヤです!!」
「ランとルンがお兄さんを癒してあげるのです!!」
いやいや、癒すどころか、ペガサスナイトたちの視線がまじで痛いから!
あ、おい、そこ! あの人ロリコンなのかしらみたいな目で見るのやめてくれ!
それに、だ。
「こんなところ見られたら、またルナに何て言われるか……」
「むっ、何ですか!?」
「ランたちの妹力が、あの金髪チビに負けているとでも言うのですか!?」
「妹力て」
あと人の妹を金髪チビって言うんじゃないよ。
「いいです! だったらどちらがお兄さんの妹として相応しいか白黒つけてあげますです!」
「ですです! ルンとランはお買い得ですよ!? お兄さんになんでもしてあげますですから!」
いや、それを言うなら最近、実の妹が何でもしてくれちゃいそうな雰囲気を醸し出していてヤバいから……。
「義理の妹だからこそ出来るエッチなお願い事もどうにかしてあげるです!」
「ですです! してあげるです! ね? 実の妹よりいいでしょう?」
潤んだ目で見上げてくるんじゃない。
それに、そっちの方面で実の妹が最近ヤバいから。
あと、ペガサスナイトたちの視線もヤバい。
俺は耐え切れなくなってこう言った。
「もう好きにしろ……」
すると、ルンとランは喜色満面の顔でこう言った。
「やったー!!」
「デート、ですです~!!」
「ですです~!!」
大声ではしゃぎやがって……。
ペガサスナイトたちのひそひそ話が一層ひどくなったという。
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