第62話 フレインとの思い出 その三

 服屋を出た後、俺はルンから貰った紙を再び広げる。


「えっと、次は……『服なんかよりも生まれたままの姿を見たいと言い、さりげなく宿に連れ込む』だったら何で服屋に行かせたコラァッ!?」


 俺は思わず後ろに向かってツッコんでいた。大声にびっくりしたのか、看板の向こうに隠れている二つのお団子ヘアーが、びびくぅっ、と動く。

 ねえ、そろそろ本気でファイアボールくらい撃ち込んでもいいよね?

 そんなことを考えていると、フレインがこんなことを言ってくる。


「ネル様。実は行きたいところがあるのですが」

「行きたいところ?」

「ええ。わたし是非、一度市井の武器屋を覗いてみたかったのです。いつもは専属の武器商が注文を取りに来るので、武器屋の中を見たことがなくて。それで、ネル様と一緒に武器屋を見て回れたら、絶対に楽しいだろうなぁと思いまして」


 断られるのが怖いのか、チラチラと俺の顔色を窺ってくるフレイン。

 俺は苦笑するしかない。

 武器屋を見てみたいなんて、実にフレインらしいじゃないか。


「いいぜ。武器屋に行こうか」

「本当ですか!?」

「ああ」


 俺が頷くと、無邪気に喜ぶフレイン。

 後ろで「武器屋……」「何とも色気が無い場所です」「さすがフレインお姉ちゃん……」「お兄さんもお兄さんです」とか言い合っているようだが、フレインが喜んでいるならそれでいいと思う。


 近場に武器屋があったので適当に入ってみると、中を覗いた瞬間、フレインの顔が輝いた。


「わぁ。武器がいっぱい」


 まるでお花畑に連れてこられた少女のように瞳を輝かせるフレイン。……普通、服屋と武器屋の反応が逆だと思うが、まあ、フレインらしいと言えばフレインらしいか。


「わっ、ネル様、見て下さい。あれなんか凄い形の武器ですよ?」


 フレインの目が釘付けになっていたのはギザギザの刃が付いている上に、極限まで刃を薄くした剣だった。


「でも、これだとすぐ折れちゃいそうですね」

「その分、攻撃力に重きを置いた剣だろうな。使い手次第では普通の剣よりも圧倒的なパフォーマンスを発揮するだろうが、下手に使えばすぐに折れて、戦場で致命的な隙を晒すことになる」

「……なるほど。市井には面白い剣があるものですね。このような剣、初めて見ました」


 恐らくエスタールお抱えの武器商は、わざわざこんな危うい武器を領主の元に売ろうとはしないのだろう。下手したら持ち手を危険に晒す武器だからな、これは。


「ネル様。こっちの武器は何ですか?」

「それは鎖鎌だ。分銅で巻き付けた相手を引っ張ったり、鎖鎌自体を飛ばして遠距離から攻撃したりする武器だよ」

「す、すごい武器じゃないですか!」

「まあ、上手く使えば相手にとってはかなり脅威となる武器だな。しかし癖があって使いにくいから、これも使い手を選ぶ武器だ。それにどちらかと言うと暗器の類に入るから、特に一対一の勝負ごとに使われるのを嫌う者も多い。騎士道精神がある者ならまず使わない武器さ」

「面白い武器なのに……」

「面白いのは間違いないよ。実際、暗殺者が好んで使うこともある。覚えておいて損はない武器だぞ」

「では、今度、武器商に言って屋敷に届けさせましょう!」


 そんな感じでフレインと武器を見て回っていると、入口の向こう側からひそひそ声が聞こえてくる。


「信じられません! 奴ら、ここ一番で話が弾んでますよ!」

「ルン、ここはどこですか!?」

「武器屋です!」

「武器屋でデートなんて話、ランは聞いたことがありません!」

「ルンもです! 奴ら、頭の中まで武人ですか!?」

「ある意味お似合いの二人です!」


 ……余計なお世話だよ。趣味は人それぞれだろうが。

 それからもフレインと二人で、ああだ、こうだ、と武器屋の中を冷やかして回ったが、その時間はことのほか楽しいものだった。


 一通り見て回ると、満足したのか、最後にフレインはある物を手に取ってカウンターに向かう。

 それは木剣だった。それも、二つ。

 どうしてそのような物を買うのか説明することもなく、フレインはお金を払っていた。

 そして、店の外に出るなりに、


「ネル様」

「なんだ?」

「ルンとランを撒きましょう」

「え?」


 狼狽える俺に構うことなく、フレインは俺の手を取ると、


「さあ、行きますよ」

「お、おい」


 フレインは俺の手を取って走り始めた。

 すると、後ろから声が上がる。


「あー、逃げたですよ!?」

「追うですよ、ルン!」

「がってんです、ラン!」


 ……追う気まんまんかよ。そこは普通、そっとしておくところだろうが。

 しかし、フレインはフレインで本気で逃げる気まんまんだった。

 手加減なしの本気のダッシュでじりじりと後ろの二人を引き離していく。路地裏をじぐざぐに行くとかではなく、完全なる地力で撒く気だ。

 当然、俺は余裕でついて行っている。

 ――ただ、相手も然る者。ルンとランは諦めない。


「おのれ! 体格差で撒こうとは卑怯な!」

「地の果てまででも追ってやるです!」

「ラン! ルンを風よけにして体力を温存するです!」

「がってんです、ルン! 二人の力で必ずや追い付いてやるです!」


 ……いや、そこは諦めろよ。そこまで本気で追ってくる意味ある?

 ……仕方ないな。


「フレイン」

「は、はい!」

「俺に任せろ」

「え?」


 言うや否や、俺はフレインを抱き抱える。


「ネ、ネル様!?」

「掴まってろ。飛ぶぞ」

「と、飛ぶって……きゃ!」


 俺は身体強化の魔法を使い、思い切り跳躍した。

 ハイランドの町並みが下に流れ、ルンとランの叫び声が小さくなっていく。

 さらには風魔法も応用し、俺はしばらく上空に滞空した。


「ネ、ネル様……」


 見ればフレインが俺の腕の中で縮こまっていた。

 俺は苦笑しながら声を掛ける。


「下を見てみろ。いい景色だぞ」


 フレインは素直に下を見る。


「わあ……」


 フレインが感嘆の声を上げた。


「ペガサスの上から見慣れているかもしれないが、自分の国を一望するのはやはり気持ちいいだろう?」

「……はい。ネル様の腕の中で見る景色は、特別です」

「大げさだな」

「大げさなんかじゃ……」


 フレインは顔を背けてしまう。


「ルンとランは撒いたぞ。で、次はどこに行けばいい?」

「……このまま町の外に行ってもらってもよろしいですか?」

「町の外に?」

「はい。出来れば誰もいない、広いところがいいです」

「……分かった」


 俺は言われた通り、それからも大跳躍を繰り返して町の外に出た。

 そして、さらにしばらく行ったところで、誰もいない草原に下りる。


「ここでいいか?」

「はい」

「じゃあ、下ろすぞ」

「……はい」


 フレインはやや戸惑った返事をした後、名残惜しそうに俺から離れて行った。


「それで、ここでどうするつもりなんだ?」

「ネル様。一つお願いがあります」

「お願い?」

「はい」


 フレインの顔はいやに真剣だった。


「ネル様。今日一日だけ……今日一日だけ、剣の稽古をつけていただけませんか?」

「……剣の稽古を?」

「はい。あなたがこの国にいた証を、この腕に残しておきたいから」

「フレイン……」


 ……そうか。彼女は悟っているのだ。


 ――俺がもうこの国から出て行くことを。


 俺とフレインの視線が交錯する。

 彼女はけして視線を逸らさなかった。

 ……彼女の瞳は……。

 ただ、今のセリフはとてもフレインらしいと思った。

 だから、俺はニッと笑う。


「ああ、いいぜ」

「感謝いたします、ネル様」

「その恰好で大丈夫か?」

「問題ありません」


 フレインはカーディガンを脱ぎ捨てると、ワンピースの裾を破り始める。

 見る間にワンピースはミニスカート並みの短さになってしまった。

 つまり、いつもの彼女の戦闘スタイルに近い状態になっている。

 それがイヤになるくらい似合ってしまうのだから、苦笑するしかない。


「お願いします」


 フレインは先程、武器屋で買った木剣の一つを俺に渡してくる。


「ああ、分かったよ」


 俺は受け取ると、間合いを取って構えた。

 自然とフレインも対峙するようにして構えを取る。


「たった一日で俺の剣を覚えるんだ。それなりの覚悟はしてもらうぜ?」

「望むところです。わたしの身体に、あなたの全てを刻んでください。忘れられないくらいに」

「上等」


 俺は笑った。

 ――フレインと俺はとてもよく似ている。だから何となく、色々と通じるものがあるのだろう。言葉ではない、他の何かで分かり合える。

 俺たちは二人とも話すのが苦手だ。

 だからきっと、この方法は間違いじゃない。


「じゃあ、行くぜ」

「はい!」


 俺は間合いを詰め、木剣を振るった。フレインは同じ木剣で受け止める。

 それから俺たちは、野原の上でひたすら剣を振るっていた。


 ――たまに、ふと、言葉もなく互いに笑い合う。


 この時間はきっと、生涯の宝になるだろう。

 フレインも同じことを考えてくれていたら嬉しいと、俺は何となく思っていた。





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