第55話 ミスリルの剣
鉱山から帰ってきてからすぐに、アイスマリーは工房に籠った。
彼女はまず、自分用の『ミスリルの槌(仮)』を打ち始めた。
彼女が言うには、最初に『ミスリルの槌(仮)』を作り、その『ミスリルの槌(仮)』で『ミスリルの槌(真)』を打ち、その『ミスリルの槌(真)』で俺の『ミスリルの剣』を作ってくれるらしい。
そうすることで、より良い『ミスリルの剣』が作れるのだと彼女は説明した。
鉱山から帰ってきて、工房に籠ってからずっと、ミスリルを打つ、カーン、カーン、という音が響き渡っている。
――どれだけ時間が経ったろう?
アイスマリーは食事も睡眠もとらず、一心不乱にミスリルを打ち続けていた。
その気迫は声を掛けることすら躊躇うほどだ。
止めるのも違うと思い、俺は黙ってその様を後ろで見続けた。
夜になり、夜が明け、昼になり、また夜が来た時――
彼女はようやく『ミスリルの槌(真)』でミスリルの剣を打ち始めた。
これまではずっと『ミスリルの槌(真)』を作るための行程だったのだ。
アイスマリーの集中力はここに来て、衰えるどころか一層増したように思える。
……ずっと休みなしで打ち続けているのに、何という気迫だろうか……。
それだけ彼女の鍛冶への本気さが伝わってくる。
――俺に対する想いも。
だから俺も一睡もせず、ただずっと彼女の後姿を見守り続けた。
やがて二日目の夜が明けようかという時――
彼女はやっと喋った。
「やった……」
それは小さな声だった。
ただ、その手に持つ剣を見て、遂に終わったのだと認識する。
「出来た……! できました、マスター! あなたの剣が……最高の仕上がりです!」
――かつて彼女がここまで興奮したことがあっただろうか?
それほどアイスマリーは喜色満面になっていた。
俺は黙って彼女から剣を受け取る。
二、三回、その場で剣を振ってみる。
俺は思わず感嘆の声を上げた。
「これはすごい……手に吸い付くような……いや、それ以上だ。まるで剣の先まで神経が繋がっているかのような錯覚に陥る」
「マスターの手、そして体にもっとも合うように作りましたから。マスターにとって、現状でそれ以上の剣はないと断言出来ます」
アイスマリーの言葉からは絶対的な自信が窺えた。彼女はそれほどの剣を作ってくれたのだ。
俺がその剣に見惚れていると、アイスマリーはふらりと体を傾ける。
俺は慌てて彼女の体を受け止めた。
アイスマリーは小さな声で言った。
「ちょっと疲れました……。このまま少し、休ませてもらいます……」
言うが否や、俺の胸元から、すー、すー、と規則正しい音が漏れ始める。アイスマリーが寝てしまったのだ。
俺はその小さな体を抱きとめながら、耳元で囁く。
「お疲れ様。ありがとな」
そう言うと、アイスマリーの顔が少し笑った気がした。
それはマスターである俺だからこそ分かる、ほんのちょっとの変化だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます