第54話 ミスリル その三

 あれからすぐにミスリル採掘の作業が開始された。

 アイスマリーは言うまでもなく、俺やフレイン、そしてルンとランも穴掘りを手伝っている。

 フレインは「皆様の仕事を知るのも領主の娘としての責務ですから」と言って、率先してツルハシを持ったのだ。

 その様子に男たちは最初、恐縮していたが、やがては彼女に負けないように気合を入れて穴を掘り始めた。

 やはり彼女は人を惹きつけ、人を導く素質がある。


 ちなみにエフィとルナは「力仕事は苦手」と言って表で待っている。どうやら休憩所の花になっているようで、そのせいか休憩に入りたがる者が多過ぎて困っていた。

 だが、それでも男たちは仕事をさせれば大したもので、希少なミスリルがどんどん採掘される様は見ていて気持ちがいい。さすがは世界有数のミスリルの採掘地であり、そこで働く男たちの中でも目利きが優れていると自負していただけはある。


 ――ただ、それ以上にたった一人でミスリルをどんどん掘り出している幼女が一人いた。


 言うまでもなくアイスマリーである。

 しかし彼女は納得がいかないのか、どれだけミスリルを採掘しても穴を掘る手を止めようとはしない。

 そんな彼女に、代表の男がミスリルを持って近付いていく。


「どうだい? これなら、ここらでも滅多に見掛けねえほどの高純度なものだが……」

「ダメです。この純度ではマスターの剣を作るに足りません。ここの地質ならもっと上質なミスリルが出るはずです」


 あくまで妥協しないアイスマリーに、周りの屈強な男たちでさえ呆気に取られている。

 頑固なアイスマリーを見て、俺は思わずフレインと顔を見合わせて笑ってしまう。

 すると、またルンとランが騒ぎ始めた。


「わっ、なんだかいい感じなのです!」

「ほんとなのです!」

「……いいから黙って穴を掘れ」


 俺は即行で黙らせた。しかし、


「ルンたちの穴が掘られちゃうのですー!!」

「せめて人がいないところで掘ってほしいのですー!」

「……いい加減、下ネタ禁止なガキども?」

「わー!? お兄さんが額に青筋を浮かべてるですー!?」

「ツルハシとスコップを振り上げながら追いかけてくるですー!?」

「本当に掘られちゃうですー!?」


 逃げていくルンとランを追いかけている横では、アイスマリーが淡々と喋る。


「もっと高純度なものが出るまで掘らせていただきます」


 そう言って再び一人で手を動かし始めたアイスマリーを見て、代表の男が感嘆のため息を吐きながらも、


「ドワーフの嬢ちゃんには敵わねえぜ。よし、てめえら、この国の恩人たちのためにもうひと頑張りだ!!」

「おうっ!!」

「嬢ちゃん、掘る場所を指示してくんな。悔しいが、嬢ちゃんの方が地質の目利きが確かなようだしな」

「いえ、人間にしてはあなたも中々やるようです。あなたはドワーフにもけして劣っていません」

「へっ、そりゃあ最高の褒め言葉だぜ、嬢ちゃん」


 ……なんか変な友情が芽生えているのだが……。アイスマリーが取られたようでなんか悔しい……。

 そんなことがありながらも、ミスリル採掘はどんどん進められていく。



 **************************************



 やがて、表で日が傾き始めた時、ようやくアイスマリーが納得の声を上げた。


「出ました……! これは最高のミスリルです……!」


 自分で採掘したミスリルを両手に持って、額一杯に汗を浮かべたアイスマリーが頷く。


「これなら、マスターの剣を作れます」


 その一言にハッとさせられる。

 ……そうか。彼女は俺のために……。

 辺りでは屈強な男たちも騒いでいる。


「さすが嬢ちゃんだぜ! そんな上等なミスリルをこんな短時間で見つけちまうなんてな!」


 どうやらアイスマリーが持っているミスリルは、ここら辺でも滅多に見かけないほどの物らしい。

 一生懸命そのミスリルを掘ったアイスマリーに、俺の頬も緩んでしまう。


「やったな、アイスマリー」

「はい」


 珍しくアイスマリーが笑っていた。

 その笑顔を見て俺は癒される。


「では、早速工房を貸していただけますか? すぐに剣を打ちたいので」


 そんなことを言い出すアイスマリーに、ここにいた全員が呆気に取られる。もちろん、俺を含めて、だ。

 さすがに心配になった俺は、


「い、いや、今日は一日、作業をして疲れたろう? 取りあえず今日は休め。剣を打つのは明日でいいじゃないか」


 しかしアイスマリーは首を横に振る。


「いえ、ミスリルも私も同じです。気持ちが熱い内に打たねば、最高の剣は作れません」


 そのセリフに俺はしばし何も言えなかった。

 ただ、彼女のセリフは、彼女の目は、あくまで頑なだ。

 俺はため息を吐くしかない。


「……分かった。でも、無茶だけはするなよ」

「はい。ご心配なく。私はドワーフですから、体力には自信があります」

「それでも、だ。心配なんだよ、俺は」

「……ありがとうございます、マスター」


 アイスマリーは嬉しそうに俺を見てくる。

 しばらく互いを見つめ合っていると、視線を感じて、ハッとして顔を上げる。

 周りでは屈強な男たちやフレインたちが顔を赤くしてこちらを眺めていた。


「そうか。嬢ちゃんはネル殿のためにあそこまで頑張っていたんだな」

「くぅ……! あねごぉ」

「お、おれ、後であねごに告白しようと思ってたのにぃ!」


 ……おい、ちょっと待て。今のセリフ言った奴、出てこいや。色んな意味で許さん。

 一方でペガサス姉妹の三人は、


「お、お姉ちゃん! このままではあのドチビにお兄さんを取られてしまうですよ!?」

「ル、ルン!? な、何言っているの!? わ、私は別に……」

「お姉ちゃん、今さら何言ってるですか!? フレインお姉ちゃんの気持ちなんてとっくのとうにバレバレですよ!」

「ラ、ラン!? あなたまで、な、なんのことを言っているのかしら!?」

「こんなに慌てふためくフレインお姉ちゃんはお兄さん絡みでしか見られないのです! その時点でお察しなのです!」

「そうです! フレインお姉ちゃんは男に慣れていない分、押しが弱すぎるのです! このままでは何かなる前にお兄さんがいなくなってしまうのです!」

「このままではフレインお姉ちゃんとくっつけてお兄さんをルンたちの本当のお兄さんにする計画が台無しなのです!」

「あわよくばランたちも一緒にもらってもらう計画が台無しなのです!」

「あわよくば義理の兄とイケナイ関係になる計画が台無しなのです!」

「あわよくば義理の妹であるランとルンが義理兄となったお兄さんに色々と教えてあげる計画が台無しなのです!」

「……その計画を俺の前で言っている時点で台無しだけどな? ていうか、いい加減にしろよ、お前ら?」

「うわーっ!? お兄さんがまた怒ったのです!」

「ランたちの貞操が危ういのです! でも、これはこれでありなのです!」


 ねえよ。

 というか黙って聞いてれば言いたい放題だし、追いかければ追いかけたで楽しそうだし、なんか、もう、疲れるよこの双子……。

 しかし、そんなやり取りを見ていた周りの男たちはというと、


「アイスマリーの姉御といい、ペガサス四姉妹の末っ子二人といい……ネル殿はもしかしてロリコンか?」

「ネル殿はロリコンか?」

「そういえば、妹にも手を出していそうな雰囲気があったぜ」

「ネル殿はロリコンか?」

「ネル殿はロリコンか?」

「……どれだけ『ロリコンか?』って言えば気が済むんだよ。というか、違うから」

「ネ、ネル殿!? その両手の光る魔力はなんですかい!?」

「こんなところで魔法をぶっ放したら全員、生き埋めですぜ!?」

「だったら全員、少し黙ってようか」

『は、はい……』


 ルンとランを含め、ようやく全員が大人しくなった。

 ……本当に疲れたわ。穴を掘る作業よりもこの数分の方がよっぽど。

 とにもかくにも、これでようやく目的としていたミスリルが手に入ったわけである。

 あとは、アイスマリーに剣を作ってもらうだけだ。

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