第53話 ミスリル その二
あれから俺たちはフレインに連れられて、ハンプ山脈の鉱山地までやってきた。
その場所はドラゴラスが巣食っていたハンプ盆地からすぐ近くの場所で、山の側面にはいくつもの穴が空いている。
きっとそこが採掘地なのだろう、穴からは屈強な男たちが頻繁に出入りしていた。
「ようやくこの地に活気が戻ってきました。そのおかげで町にも徐々に笑顔が戻りつつあります。これも全てネル様のおかげです。本当にありがとうございました」
よほど嬉しいのか、活気づく鉱山の様子を、目を細めながら眺めつつ、自然にそのようなことを言ってくるフレイン。
――お礼を言われるのはこれで何度目だろう? 俺は苦笑するしかなかった。
「す、すいません。わたしったら、つい嬉しくなってしまって……。ミスリルが産出される鉱山はこちらです。付いて来ていただけますか?」
そう言って再び俺たちを案内し出すフレインについて行くと、やがて見えてきたのは一際大きな穴が空いた場所だった。
そこでは多くの屈強な男たちが待っており、フレインの姿が見えるなり、一斉に跪いた。
「フレイン様! 俺たちが再びこうやって働けるのは全部あんたのおかげだ! ありがとうございやす!!」
『ありがとうございやす!!』
その大合唱に目をぱちくりさせるフレイン。
しかし次の瞬間、我に返ると、
「わたしは領主の娘として当たり前のことをしただけです。今回の件の本当の立役者は、こちらにいるネル様です」
「分かっておりやす! ネル殿、俺たちのフレイン様を助けてくれたこと、心からお礼を申し上げる。ありがとうございやした!!」
『ありがとうございやした!!』
再び巻き起こった大合唱に、俺も狼狽えるしかない。
俺が何も答えられないで視線を彷徨わせていると、ニヤついているエフィ以下四名(エフィ、ルナ、ルン、ラン)と目が合う。軽くイラッとした。
先程から男たちを代表して喋っている一際ガタイの良い男が、前に出てくる。
「それで、大恩人はミスリルを欲しておられるとか?」
「あ、ああ。出来るだけ上等なやつが欲しいんだが」
「だったら俺たちにお任せを! 俺たちゃ、鉱山男の中でも、どこの誰にも負けねえほどの目利きと腕を持っていると自負しておりやす。必ず大恩人の大恩に報いられるような上等なミスリルを掘ってみせやすぜ!」
「それは心強いな」
「任せておいてくだせえ! 野郎共、早速取り掛かるぞ!」
『おおっ!!』
男たちは威勢よく応えた。
俺は本来、こうした体育会系のノリは苦手だが、彼らから滲み出る自信は本物だと感じた。だから俺が言った心強いという言葉は紛れもなく本心だ。
だが、男たちが意気揚々と穴の中に入って行こうとした時、待ったをかけた人物がいた。
誰であろう、アイスマリーである。
「待って下さい。私は自分で掘らせてもらいます」
鼻息を荒くするアイスマリー。
ちっちゃい体に巨大なスコップとツルハシを担ぐ彼女の姿を見て、代表の男がぽかんとした顔で聞いてくる。
「えっと……この嬢ちゃんは?」
「あー、彼女はドワーフなんだ」
「な、なんと、ドワーフ」
「ああ。実はミスリルを一番楽しみにしていたのが彼女でな、こう見えて目利きが出来るし、腕っ節も信じられないくらい強い。よかったら彼女にも掘らせてやってくれないか?」
「へ、へえ。そりゃあ構いませんが……こんなちっちゃな嬢ちゃんがねえ」
疑いの目を向ける男に対し、アイスマリーが手を差しだした。
「よろしくお願いします」
「あ、ああ。よろしく頼むぜ、嬢ちゃ……いででででででっ!?」
見ればアイスマリーが男の手を握りつぶしていた。
「これで分かっていただけましたか? 私がただの幼女ではないと」
「わ、分かった! 分かったから手を放してくれ!!」
「よろしい」
アイスマリーが手を放すと、代表の男は潰された手にふーっ、ふーっ、と息を吹きかける。
「いててて……お、俺ぁこの山一番の怪力が自慢だというのに、と、とんでもねえ嬢ちゃんだぜ……」
「か、頭が手を握りつぶされるなんて……」
「は、初めてみたぜ……」
男たちのアイスマリーを見る目が一斉に変わった。
先程まではただの小さな幼女を見る目だったのに、今では少しずつ尊敬の念が籠り始めている。
「さて、では行きましょうか」
「へい、姉御!!」
アイスマリーが穴に向かって歩き出すと、屈強な男たちはそれに従うような形で付いて行く。
早くも完全な力関係が出来上がっていた。
しかし、幼女に付き従う山男たちの画は、何とも異様な光景だった。
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