第47話 ハイランドの光と影
あの後、俺たちは魔竜ドラゴラスにとどめを刺すことが叶った。
ドラゴラスは最後まで抵抗しようともがいていたが、俺とエフィの土魔法がけして放さなかった。
少し可哀想な気もしたが、ドラゴラスはこれまで残忍な方法で人間を殺し続けてきたのだ。同情はしない。
最後、とどめを刺したのはフレインの一撃によるものだった。彼女が放った首への一撃がドラゴラスを倒したのである。
それでいい。これで益々ハイランドの将兵は皆、フレインを讃えることだろう。
ハイランドの兵士たちは、それはもう歓喜に満ちていた。
位の違いなど気にする者などおらず、皆で肩を組み、喜びの声を上げていた。きっとこれこそが未来のハイランド王国の姿なのだろうと思う。いつの日か、五公爵による合議制ではなく、真の王が誕生するに違いない。
――もしかしたらそれは、女王なのかもしれないが。
だが、そんなこと俺の知ったことではない。誰が王になろうが、本来俺には関係ないのだ。
ペガサスから降りたフレインが俺に近付いてくる。
ドラゴラスの返り血が付いてはいるが、その姿は神々しくさえあった。
彼女は強い眼差しと共に笑いかけてくる。
「ありがとうございます。全てあなたのおかげです」
俺はため息を吐く。
「悪いが、俺はそこまでうぬぼれてねえよ」
「え?」
「胸を張れ、フレイン。俺を引きこんだのは誰だ? 三人の公爵を味方に引き入れたのは誰だ? そして、その全てを見事に率いてみせたのは誰だ?」
「ネル様……」
「周りを見ろ」
フレインは言われた通り、辺りに視線を向ける。
そこにいる全ての者たちがフレインのことを見ていた。
狼狽える彼女に向かって、俺は告げる。
「みんなの期待に応えてやれ」
そう言って、俺は彼女の肩を前に押し出した。
それで自然と彼女は皆を見渡せる位置にくる。
最初は狼狽えていた彼女ではあったものの、次の瞬間には毅然とした態度となっていた。
――そして、凛とした声で宣言する。
「私たちの勝利です!!」
その瞬間、割れんばかりの歓声が辺りを包んだ。
王国中を包み込まんばかりの大歓声。
そう、ハイランド王国は勝利したのだ。
――魔王軍の一角を切り崩したのである。
魔王四天王ほどではないが、魔竜ドラゴラスもまた厄介な相手だった。
それがいなくなったのは大きい。
そんなことを考えていると、エフィが声を掛けてくる。
「なーにニヤついてんの、マスター?」
「は? 別にニヤついてなんかねえよ」
「ニヤついてましたよ、マスター」
アイスマリーまでそんなことを言ってくる。
「だからニヤついてなんかねえって」
「お兄様? 無自覚なのだとしたら、そっちの方がヤバいですわよ」
「ルナまで……」
「素直にハイランド王国が勝ったことを喜べばいいのに~。あ、違うか。フレインが無事だったことが嬉しいんだ~」
厭味ったらしく言ってくるエフィ。
「……エフィ、お、お前な」
「喜びが最高潮に達しているこの瞬間、ドラゴニアスマインを撃ち込んだらどれだけ気持ちいいだろうね」
「こら、何を言って――」
「ここに火薬の入った樽がまだ残っています。これも一緒に放り投げましょうか」
「アイスマリーまで! お前らなぁ!」
「冗談だよ」
「冗談です」
「……お前らの冗談は冗談に聞こえないんだよ……」
俺がジト目で二人を睨み付けていると、ルナが言ってくる。
「ほら。フレインさんの隣に行ってあげたら? お兄様だってこの戦争の立役者なのですから」
「影の、な。俺が行ったって誰も喜ばねえよ」
「またそんな言い方して……。少なくてもフレインさんは喜ぶと思いますわよ?」
「あの輪の中に入るつもりはねえって。俺は所詮、余所者だ」
「でも……」
「いいんだよ、これで」
そう言って俺は踵を返す。
エフィに魔力を貸し、立て続けに大魔法を放ったせいで少し疲れた。
どこか休めるところはないかと探し始めると、当然のようにエフィ、アイスマリー、ルナの三人が付いてくる。
俺は思わず笑うしかなかった。今度は自覚のある笑みだ。
――俺にはこれだけで十分だ。そう思ったから。
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【アラン】
ドラゴラス討伐成功の報告は、間もなくヴェスタールの屋敷にも入った。
その報告を聞いて、アランは愕然とする。
「バカな……討伐が成功しただと……?」
アランは思わずワインのグラスを落とした。国とペガサス四姉妹を手に入れる前祝いとして飲んでいた酒だ。
ワインの赤い染みが高級絨毯に広がっていくのも気にせず、アランはもう一度呟く。
「そ、そんなバカな……」
アランは心ここにあらずの状態で茫然と立ち尽くすしかなかった。
本来ならフレインたちが討伐に失敗したところで出陣する予定だったのだ。もちろん、漁夫の利を得るための出陣である。
――それが全て無駄になった。
それどころか、このままではアランだけが――ヴェスタール家だけが討伐に参加しなかったことになる。
国が窮地に陥っていた時に、自分たちだけが何もしなかったことになってしまったのだ。
――それはマズイ。激しくマズイ!
アランは焦った。かつてないほどに焦っていた。
「ア、アラン様……わ、我々は一体どうすれば……?」
【右腕のヘックス】が恐る恐る訊ねる。彼はアランと共に前祝いの酒を飲んでいた。
しかし、考え事をしているアランの耳には入っていない。
「ア、アラン様……」
【左腕のクロース】も彼の名を呟く。
そこでようやくアランの目が彼らの方に向く。
その目はかつてないほど憎悪と怒りに満ちていた。
「……出陣の準備はどうなっている?」
「……え?」
「出陣準備はどうなっていると聞いている!!」
「と、整っておりますが……」
「今すぐ出陣するぞ」
「は? い、いや、しかし、ドラゴラスは既に討伐されて……」
「誰がドラゴラスを倒しに行くと言った!!」
「で、では、一体どこに……?」
「エスタールの奴らを叩き潰しに行くに決まっているだろうが!!」
そのセリフにさすがの二人も呆気に取られる。
何故ならそれは、同じ国の者たちを殺しに行くと言っているようなものなのだから。
しかし、今のアランは怒りに満ちていた。
「あいつらのせいだ……! 全部、あいつらのせいだ!!」
アランは背中の大剣を抜くと、それを机に叩き付ける。
新調したばかりの机は一瞬にして見る影もなくバラバラになった。
「あいつらのせいだ……! だから、あいつらを殺して何が悪い……!」
ヘックスはこのままではまずいと思い、口を開く。
「し、しかしアラン様、奴らはエスタールだけでなく、三公爵もおります。さ、さすがにその全てを相手にするには……」
「ドラゴラスと戦ったのだ! 奴らとて無事で済んではいまい!!」
言われてみれば、確かにその通りかもしれないとヘックスは思う。
「お前らだってペガサス四姉妹は欲しいだろうが!?」
その言葉がきっかけとなった。
欲に塗れた者の耳には、都合のよい言葉しか聞こえない。
ヘックスは以前からマリアを手に入れたかった。クロースもまたペガサス四姉妹の末っ子を二人とももらえると聞いて、目の色を変えた。
「確かに、奴らを叩くなら今しかないかもしれません!」
クロースが言った。
そのセリフにアランが血走った目でニヤリと笑う。
「よく言った、クロース!!」
「はっ!」
取り残されまいとして、ヘックスも声を上げる。
「わ、私もお供いたします! アラン様!!」
「その意気やよし!! では二人とも、付いて参れ!!」
「「はっ!!」
「敵はハンプ盆地にあり!!」
そう言って三人は兵たちが待つ城門の方へと向かって歩き出した。
(フレイン……めちゃくちゃにしてやるぞ!! エスタールも、あの男も! そうだ、あの男をフレインの前で切り刻もう。指を一本ずつ切り落とし、その後、腕と足を切り落としてダルマにしてやる。くくく、そうだ。ダルマになったあの男の前で、あいつのことを慕うあの女どもを順番に犯していくとしよう。さぞいい声で泣くのだろうな。その後で兵たちにあの女どもを犯させてやる。たまには兵たちにも良い目を見せてやらんとな)
アランの心は既に嗜虐的な快楽で上書きされていた。そこに先程までの焦燥感など微塵もない。
(その後で、フレインをたっぷり、ねっぷりと可愛がってやろう。この俺をこけにしたことを存分に後悔するくらいに、めちゃくちゃにしてやる! めちゃくちゃにな! 長い事楽しみたいから、回復魔法で治せないほど壊すのだけは注意しなければな。くくく)
アランの暗い思考は止まらない。
(あの男の周りにいる女たちは全員、美しい少女ばかりだったからな。それを好きにして良いといえば、兵たちの士気も鰻登りだろう)
そんな自分勝手なことを、どこまでも考えることが出来るのがアランという男だった。
――そして、それがどのような結末を迎えるかなど、彼はまだ知らない。
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