第48話 ツンデレ、ネル

 ドラゴラスを倒し、勝利の余韻に浸りながら凱旋しようとしていたハイランドの兵士たちに、信じられない報告が届く。


「も、申し上げます! ヴェスタールの軍勢がこちらへと向かっております! 三騎の竜騎士も確認されました!!」

「な、なんですって!?」


 さしものフレインも耳を疑っていた。

 馬を並べて行軍していたレビエス公爵が顔を顰める。


「まさか今頃、援軍に現われた……というわけではないであろうな」


 ギール公爵とドルトス公爵は顔を青くしていた。


「で、では、狙いは我々ということか……?」

「バ、バカな!? 気でも狂ったか!? アラン・ヴェスタール!!」


 まあ、狂ったんだろうな。もしくは最初からそういう奴だったとも言える。


「フレイン殿。どうされる?」


 レビエス公爵が総大将であるフレインに意見を訊ねる。

 しかし、先程までの勇敢な姿はどこに行ったのか、フレインの表情は大いに狼狽えていた。


「お、同じ国の者同士で戦うわけには……。そ、そうです。きっと何かの間違いに違いありません!」

「……フレイン殿。それは楽観視というものだ。ドラゴラスを倒したこのタイミングで兵をこちらに向けるなど、我らを倒して覇権を握ろうとしているとしか考えられぬ」

「そ、そんな……。で、でしたら、わたしが説得に参ります! 心から説けば、アラン様もきっとお考えを改めてくれるはずです!」


 俺はため息を吐く。


「悪いがフレイン、それは却下だ」

「ネ、ネル様!? 何故!?」

「アランの元にあんたが行くことは、野獣の檻に肉を投げ入れるようなものだ。アランの元に行ったら最後、あんたは確実に掴まる」

「で、ですが!」

「その後、あんたがいなくなったこの連合軍は瓦解する。あんたが人質に取られれば、あんたを慕っている兵たちは混乱するだろう。その後、連合軍はヴェスタールに蹂躙される。アランはああいう男だ。きっと凄惨な虐殺になることだろうさ」

「そ、そんな……」


 フレインはがっくり項垂れる。


「フレイン殿。私もネル殿と同じ意見だ。あなたが行くべきではない」

「その通りじゃ。これからフレイン殿にはこの国を導いてもらわねばならん」

「我らはあなたをアランの元に向かわせるわけにはいかない」


 レビエス公爵、ギール公爵、ドルトス公爵の三人も口々にそう言った。


「で、でも、このままでは仲間同士で戦うことに……!」


 悲壮な顔をするフレインに、俺は言ってやる。


「覚悟を決めろ、フレイン。あの男を……アランをここで見逃せば、国が乱れるぞ?」

「!!」


 その言葉はフレインの胸に突き刺さったことだろう。何故ならフレインもまたそのことに気付いていたはずだからな。

 これまでは「同じ国の者同士で戦いたくない」という彼女の優しさから、見てみぬふりをしていただけに過ぎない。

 だが、それが結果としてこの国に居る者たちを苦しませることになると教えてさえやれば、彼女は正しい判断を下せるはずだ。


 ――そして、その想いは間違いではなかった。


 次の瞬間、顔を上げた彼女の目には覚悟の光が宿っていた。


「これより、国を乱さんとする逆賊アラン・ヴェスタールに対する緊急会議を開きます」


 そのセリフに三人の公爵は笑った。それこそが彼らの待っていた言葉だからだ。


「よく言った、フレイン殿」

「それでこそ」

「そう、それでこそ、じゃ」


 きっと三人は、その後に続く言葉はこう言いたかったのだろうと思う。

 ――「それでこそ未来のハイランド女王である」と。

 ただ、今はまだその時ではないと判断して、言葉を飲み込んだに違いない。


「ネル様……このような国の恥部にあなた様を巻き込むのは非常に心苦しいのですが、出来れば……」

「分かってるよ。元より俺一人でもやるつもりだったからな」

「ネル様……」

「勘違いするなよ? この国のためにやるわけじゃない。アランを生かしておいたら俺に面倒をかけてきそうだから、仕方なく手を貸してやるだけだ。それに、あいつは元々気に食わなかったからな」


 そのように説明した俺だったが、周りにいた者は何故かみんな意味ありげに笑っていた。


「な、なんだよ?」

「ねえ、マスター。さすがにそろそろみんなマスターがツンデレだって気付いてるよ?」

「は? いや、俺は本当のことを言っただけで……」


 レビエス公爵が言ってくる。


「ネル殿。男の中の男とは、そなたのような者のことを言うのだろうな」

「待て待て。何を勝手に解釈して……」

「かかか! 気持ちの良い若造じゃわい!」

「いや、まったく」


 ギール公爵とドルトス公爵までそんなことを口々にのたまった。

 最後にフレインが深々と頭を下げてくる。


「ネル様、本当にありがとうございます」

「おい、いい加減にしないと怒るぞ。だから俺は自分のために動いているだけだ」

「はい。ですが、そのおかげで私たちが助けられているのもまた事実です。そうでしょう?」

「ぐ……!」


 思わず口籠ると、エフィがニヤニヤしながら、


「はーい、マスターの負け~」

「マスターにしては珍しく言い負かされましたね」

「お兄様を言い包めるなんて、フレインさん、中々やりますわね……」


 こいつら揃って勝手なことを言いやがって……。

 だが、ここでどのように弁解しようとも打開出来そうはなかったので、俺はため息を吐いて諦めた。

 代わりにこう告げる。


「分かった、分かった。どうとでも捉えてくれ。それより早く軍議を開くぞ。敵はすぐそこまで来てるんだからな」


 それでようやく皆の顔が真面目な表情に戻った。

 とにかく今はあのバカアランを止めるのが先決だ。

 それもフレインを悲しませないよう、出来るだけ被害が少なる形がベストか……。

 まったく、面倒ったらない。

 俺は人知れずもう一度ため息を吐いていた。

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