第46話 ドラゴラス戦

 ハイランド兵たちが丘陵を駆け下りていくのを見ながら、俺は身内の三人に声を掛ける。


「いいか、手筈通りいくぞ! 三人とも、ぬかるなよ!?」

「おーけー!」

「はい、マスター」

「わ、分かりましたわ!」


 それだけ言い合うと、俺たちもハイランド兵たちに混じって丘陵を駆け下り始めた。


『バカめ!! 前回と同じ、恰好の的ではないか!!』


 ドラゴラスの口が赤く光り始めた。

 魔竜の炎だ。


「来るぞ、エフィ!!」

「がってんしょうちぃ!」

「ドールズトランスファっ!」


 俺が魔力を譲渡するや否や、エフィが氷系最強魔法の詠唱を始める。

 ――ここは最も重要な一手の一つだ。

 ドラゴラスの炎を浴びれば、その瞬間ハイランドの軍勢は瓦解する。

 それを防ぐのが俺とエフィの役目だ。


『食らえっ!!』


 地獄の業火の如き灼熱の炎がハイランド兵に襲い掛かる。

 が――


「させないよっ! アイシクルトルネード!!」


 エフィの手から極寒の渦が解き放たれた。

 ――山一つ削れそうなほどの、絶対零度の竜巻。

 それはハイランド兵たちの頭上を越え、ドラゴラスの灼熱の炎とぶつかる。

 地獄の業火と絶対零度の竜巻は拮抗するかのように押し合い、やがて両方とも消えた。

 その様を見てドラゴラスが驚愕の声を上げる。


『なんだと!?』


 ドラゴラスとしてはとても信じられないだろう。これまで全てを焼き尽くしてきた自慢の炎が、たった一人の魔法に防がれてしまっては。

 しかし一方でエフィも悔しがっていた。


「むかつく~!! 本当はあいつごと氷漬けにしてやるつもりだったのにぃ!!」


 ……ほんと好戦的ね。

 だが、おかげでハイランド兵たちの士気は益々上がっていた。

 そりゃそうだろう。最凶最悪と詠われる魔竜ドラゴラスの炎を無力化した瞬間を、目の前で目撃したのだから。

 そこをフレインがすかさず叫ぶ。


「見ての通り、私たちには心強い味方が付いています! 皆の者、今です!!」


 ハイランドの兵たちが雄叫びを上げてそれに応える。もはや士気は鰻登りだった。

 ハイランドの兵たちは、ドラゴラスの周りに蔓延るモンスターに向かって突撃していく。

 彼らはけしてドラゴラスに向かって行かない。彼らの役目は周りのモンスターを俺たちに向かないようにすることだ。

 その間に俺たちは準備に入る。ドラゴラスとの距離は十分に近付けた。


「マスター。魔力を返すね?」

「ああ」

「はい。ちゅっ」


 ……おい。


「な、なぜほっぺにキスをする必要があるのですか!?」

「え? 魔力を返しただけだよ」

「普通に返せばいいでしょう!?」

「だって、ちゅーしたかったから」


 ……本当自由すぎだろ、この子。

 ま、そこがいいんですけどね!


「……なるほど。その手がありましたか」


 アイスマリーちゃん。目からうろこを落としている場合じゃないから。


「お前ら、戦闘中だ! 気を引き締めろ!!」

「むぅ……納得いきません。なんでわたくしまで怒られなければならないんですか……」


 本当にね。ごめんねルナ、あんな子たちを作っちゃって。

 つまり全部俺のせいだった件。


「とにかく、やるぞエフィ!」

「あいさ!」

「ルナ、背中は任せたぞ!」

「は、はい! お任せくださいませ!」


 俺とエフィは頷き合うと、共に同じ魔法の詠唱を始める。

 ――それは最強の土魔法の詠唱。

 魔力の高まりを感じたのか、ドラゴラスがこちらを警戒する姿勢を見せた。


『さっきの奴……何かするつもりか!!』


 ドラゴラスの口が再び赤く光る。また炎を吐こうとしているのだ。

 しかし、


「させるか! 行くぞ!」

「ああ!!」


 二騎の竜騎士たちが上空から竜を駆り、急降下した。

 そして二騎揃って愛騎の竜に炎を吐かせる。


『ぐおっ!?』


 さしものドラゴラスも不意を打たれ顔を顰める。

 ドラゴラスに十分炎を溜める時間が無ければ、竜騎士たちの竜でも目一杯本気で炎を吐かせれば、どうにかドラゴラスの炎を防げる。加えて今の様な牽制も出来る。

 そうすることで俺とエフィはフリーになれるという寸法だ。


『お、おのれえっ!!』


 焦ったドラゴラスは一先ず上空の竜騎士を撃ち落とそうと口に炎を溜めるが、


「手槍隊! 前へ!!」


 ペガサス隊の一部が別角度から急降下していき、


「放て!」


 彼女たちはドラゴラスの顔に向かって一斉に手槍を投げつけていく。

 ――それはマリアさんの部隊だった。

 ナイスだ! タイミングといいあの統率力といい、さすがと言わざるを得ない。

 その間に俺とエフィの詠唱はほぼ完成していた。


『おのれ、おのれええええええええええええええっ!!』


 たかだか羽虫に邪魔されたと言わんばかりに、ドラゴラスが怒りの咆哮を上げる。

 そして――無理矢理にでも俺とエフィがいる方向に向かって炎を吐こうとするが、実はその方角からとんでもない物が飛んできていた。


 ――それは大きな樽だった。それも、火薬がたっぷりつまった巨大な樽である。


 そんな大きな物を簡単に投げられるのはアイスマリーしかいない。

 樽はドラゴラスの顔にぶつかると、大爆発を起こした。


『ぐあああああああああああああああああああああっ!?』


 ドラゴラスが絶叫した。まあ、あんなものを直に顔に食らったらね……。

 そんなえげつないことをしたアイスマリーは、ふんすっ、と自慢げに鼻息を荒くしている。可愛い。

 その間に、俺とエフィの詠唱は完全に完成した。

 ――まずは、


「エフィ!」

「うんっ! いくよ! ラグナロクエイク!!」


 本来なら辺り一面に巨大な地割れ、地響きを起こす最強の土魔法。

 今回はそれをドラゴラスがいる場所だけに限定、集中して起こさせるオリジナルの魔法である。

 その分、威力もそこだけに集まっているので大きくなる。

 ――巨大な岩の柱がドラゴラスの足元から出現し、ドラゴラスの巨体を吹き飛ばした。


『ヌアアアアアアアアアアアアッ!?』


 ドラゴラスが吃驚と痛みの両方に絶叫を上げた。

 ドラゴラスは空中に打ち上げられ、錐揉みする。


 ――あの巨体だ。そのまま地面に打ち付けられただけでも少なくない追加のダメージを与えられるだろう。

 それが自分でも分かっているのか、ドラゴラスは何とか空中で体勢を立て直そうとする。


 ――そう、生物というのはバランスを崩されると本能的に体勢を立て直そうとするものだ。

 しかし、そこをさらに崩されるともうどうにもならない。


「ラグナロクエイク!!」


 続けて俺の魔法が解き放たれた。

 エフィが放った土系最強魔法と全く同じものである。


 ――今回の魔法は二段構えだ。


 空中で体勢を立て直そうとしていたドラゴラスに、下からさらに伸びてきた巨大な土の柱が打ちつけた。


『ハアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』


 もう何が何だか分からないのか、ドラゴラスが混乱極まった絶叫を上げた。

 ドラゴラスは空中でぐるんぐるんと大回転すると、聞いたこともないような大音声を出して地面に叩き付けられた。


 ――しかも仰向けで。


 さらには俺とエフィのラグナロクエイクの残り火が、それぞれドラゴラスの両手足を絡め取っていく。土の手枷、足枷として――

 結果、大ダメージを負ったドラゴラスは、自らの弱点である腹を見せたまま動けなくなっていた。


「ランス隊、突撃開始!!」


 待ってましたと言わんばかりにフレインのペガサス隊が急降下していく。


「いけいけー!!」

「ですですー!!」


 ルンとランの姿も見える。どうやら二人はフレイン直轄の部隊に配属されていたらしい。

 二人とも小柄であるにも関わらず、大きなランスを持つ手にぶれなどは一切見られず、軽々扱っている。


「くらえーっ!!」

「ですですーっ!!」


 二つのお団子ヘアーを靡かせながら急降下していき、彼女たち二人のランスは他の者たちに比べても一層深くドラゴラスの腹に刺さった。どうやらペガサス四姉妹というのは伊達ではなかったようだ。

 フレインの一撃もドラゴラスの腹を深々と切り裂いており、他のペガサス騎士たちも次々とドラゴラスの腹にランスを突き刺していく。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 弱点である腹を蜂の巣にされ、ドラゴラスが苦悶の声を上げた。

 しかしどれだけもがこうが、俺とエフィの土魔法ががっちり絡め取っているため身動き一つ出来ない。

 俺は両手に魔力を集中させながら確信した。


 ――勝ったな。


 見ればドラゴラスの周りにいるモンスターたちも次々と討ち取られていっている。

 ……人間を甘く見るからそうなる。


 ――まあ、それはけして他人事でもないのだが。


 しかし俺は人間を甘くは見ていない。俺ならもっと上手くやってみせるさ。

 何故か俺はドラゴラス側に立ってものを考えていた。

 でも――

 今回くらいは、フレインたちと一緒に勝利の美酒を味わうのも悪くはない。

 白馬で天を駆けるフレインを見ながら、俺はそう思った。

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