第45話 女神と魔竜
翌日。
四公爵家の集合場所となったバラヌ平野には、見るも精悍な兵士たちがひしめき合っていた。
――その数、三万の兵。
しかも最前列には二騎の竜騎士と四十騎を超えるペガサス騎士がずらりと並んでいる。
その光景は大国グルニア出身の俺をして、思わず感嘆の声を上げる程だった。
特に竜騎士は初めて見るが、何とカッコいいのだろうか。忘れつつあった中二心が蘇ってくる。
それに間近で見たペガサス騎士たちも凛々しく、思わず見とれてしまう。
美しい乙女たちが武装した姿で純白のペガサスに跨っている姿は、まるで戦乙女――ヴァルキリーだ。
――そして、その中心にいるのはフレイン。
総大将は満場一致でフレインということになった。
まだ若い上に一公爵の娘に過ぎないフレインはかなり恐縮していたが、彼女以上の適任者はいないだろう。他の三公爵から強く推されたこともあり、彼女が総大将であることに異を唱える者は誰もいなかった。
その彼女はペガサスに跨り、腕を前方へ振り下ろす。
「出陣!!」
凛とした声が平野に響き渡って、軍勢は動き出した。
向かうは魔竜ドラゴラスが巣食うハンプ盆地。
――ついに決戦である。
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【魔竜ドラゴラス】
ドラゴラスには理解出来なかった。
物見のモンスターに偵察させたところ、人間の軍勢がこちらへと向かっているようだ。
ついこの間、存分に蹴散らしてやったばかりだというのに、まさかまたやって来るとは。
しかも、兵数は前回とそこまで変わらないらしい。それどころか人間に飼われている竜の数は前回の半分しかいないという。最も厄介な竜が二匹しかいないのだ。
――一体何を考えているのか?
人間とは本当に愚かな生き物だ。
まあ、いい。ならば今回も存分に蹴散らし、腹を満たさせてもらうとしよう。
ドラゴラスは、ニィ、と邪悪な笑みを浮かべた。
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ハンプ盆地。
そこを見下ろせる丘陵に俺たちは陣取った。
――魔竜ドラゴラスは盆地の最も低い部分にいた。
加えてドラゴラスの周りには無数のモンスターが蔓延っている。
人間同士の戦いでは高所を取った方が有利だが、モンスターにそんなセオリーは通用しない。特に魔竜ドラゴラスは低所にいて尚、見下ろすことが出来ないほど巨体なのだから。
……こうしてドラゴラスを目の前にすると、小さな山という表現が嘘ではないことがよく分かる。
眼前に見えるそのあまりに大きすぎる巨体に、ハイランドの兵たちから息を飲む音が聞こえてきた。
……無理もない。ある程度は覚悟していたことだ。ドラゴラスを前にしただけで士気が低下するだろうことは。
そんな中、隣にいるエフィが呑気な声を上げる。
「うわあ。話には聞いていたけど、思った以上に大きいんだねっ」
むしろ楽しそうなんだが……。
何でこんなバトル脳になっちゃったんだろう……? 言うまでもなく俺のせいでした。
「私の力でも、持ち上げるのが精一杯といったところですか」
アイスマリーが相手を分析するように、顎に手をやって呟く。
……持ち上がっちゃうんだ。それだけで十分だと思いますが。というか、そんな力でいつも足を踏み抜かれている俺って一体……。
「ほ、本当にあんなのに勝てるのですか……?」
一方でルナだけは震えている。
どうやらあの巨体と、ドラゴラスが発する魔力の圧に呑まれているようだが、それこそが正しい反応である。俺が作った子たちがおかしいだけなので、むしろホッとした。
――だが、思った以上に兵士たちはドラゴラスの圧に呑まれているな……。大丈夫か?
そんなことを考えていると、ドラゴラスが吠える。
『何度来ても同じであることが分からぬとは、人間とは本当に愚かな生き物だ』
単に吠えただけだというのに、頭の中で勝手にそのように翻訳されていた。
さすがドラゴラスといったところか。その叡智はエンシェントドラゴンと比べても遜色がない。
『だが、俺は嬉しいぞ。何故なら食料が自分から勝手に来てくれたのだからな。存分に食い尽くしてくれるわっ!!』
それは人間の心臓を鷲掴みするかのような咆哮だった。
ドラゴラスの強力な魔力が乗った、まさに死の咆哮。
――ハイランドの軍勢に動揺が走る。
混乱などという生易しい状態ではなく、皆の顔は恐怖に満ちており、まさに恐慌状態というのが相応しい。
……事前にドラゴラスの咆哮については説明していたのだが、それでもこれか……。
俺が内心で舌打ちしていると、そこに凛とした声が響き渡る。
「落ち着きなさい!!」
フレインの声だった。
彼女はペガサスに跨り、空中から全軍を見下ろしていた。
彼女の声は不思議と心の中にするりと入ってきて、恐慌状態に陥っていた軍勢は徐々に落ち着いていく。
皆、茫然とフレインを見上げていた。
彼女は悠然と微笑む。
「必ず勝てます!! 皆の者、私を信じて!!」
たったそれだけの短い言葉だった。
――それだけで、ハイランド兵たちの顔に生気が戻っていく。
軍勢に意思が宿り、統率が戻る。
兵たちはドラゴラスに負けないくらいの咆哮を上げてフレインに応える。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
士気はかつてないほど上がっていた。むしろ前よりも上がっている。
その様子を見て俺はつい呟いた。
「まるで女神だな……」
正直、感嘆するしかない。これほどの将はグルニアにもいなかった。
同じことをしろと言われても、誰も出来ないだろう。もちろん俺にだって無理だ。
――あれは天性のものだ。
……アランが執着するもの分かる気がした。
――だが、おかげで勝機は来た。
間違いなく勝てる。俺は確信した。
フレインは剣を抜刀すると、それをドラゴラスに向かって振り下ろす。
「全軍、突撃っ!!」
先程の恐慌が嘘のように、ハイランドの軍勢はドラゴラスに向かって勇猛果敢に駆け下りていく。
ついに戦闘の火ぶたが切って落とされた。
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