第38話『アランとの確執』

 フレインたちを手伝うと約束した翌日――


 ハイランド王国では五公会議が執り行われることになっていた。


 五公会議とは、ハイランド王国の五大公爵が顔を合わせて行う、政治の最高会議のことだ。

 会議は現王のおひざ元であるヴェスタール家の屋敷にて開催され、各公爵家につき一人だけ護衛を出席させることが認められている。

 エスタール家は公爵が病に伏せているので、その娘であるフレインが代表として出席し、その護衛に俺が選ばれていた。


 ……正直、面倒以外のなにものでもない。


 本来なら俺のようなどこの馬とも知れない男が出席して良いような会議ではないはずだし、実際マリアを連れていくのが妥当だと俺は主張した。

 しかし、フレインがどうしても俺に出席して欲しいと言い張ったのだ。


 ――その理由は、五大公爵の現状を俺の目で見て欲しいからだという。


 どう考えても面倒事が起きそうなので俺は首を縦に振らなかったが、フレインが土下座までしそうな雰囲気だったので、仕方なく折れるしかなかった。

 それでまたルンやランがニヤニヤ顔を向けてきて、ルナたちの白い目が突き刺さったのだから正直やってられない。……もう勝手にしろ。


 ――ただ、フレインの主張を飲んだのは、彼女が言っていることが理にかなっているという理由も大きい。そうでなければ土下座されたところで出席するつもりなど毛頭なかった。

 そんなわけで、俺とフレインの二人は現座、ヴェスタールの屋敷を見上げているところだ。


「エスタールの屋敷も大きいと思ったが、ヴェスタールはそれ以上だな」


 俺は感嘆の声を上げる。さすがハイランドで一番力を持っている公爵家だ。

 しかもかなりの山間に作られており、下手な山城よりもよっぽど難関不落に見えた。


「エスタールとヴェスタールは本来、分家と本家の関係ですから。ヴェスタールから枝分かれしたのがエスタールでして、やはり本家は格が違います」

「ふうん。格ねえ」


 それは今の俺が嫌いな言葉の一つだ。俺はもう、俺に力や権力をちらつかせてくる奴に従う気はない。

 ……ただ、この場所にも権力をちらつかせてくる厄介な奴が確実に一人いるんだよなぁ。

 アランとか。それと、アランとか。あまりにもうざいので二人分として換算しておいた。

 こっちはアレクだけでお腹いっぱいなので、正直消えて欲しい。主にこの世から。


「……取りあえず、俺に向けられる視線は気に入らねえな」


 先程から俺に向けられるもので好意的な視線は一つもない。兵卒ですら、フレインの横に並ぶ俺を邪魔そうな目で見てくる。


「……申し訳ありません。ヴェスタール家は、その……権力がある分、色々と勘違いしている節があり、その思い上がりが下の者にまで伝播してしまっているのです……」

「あんたが謝ることじゃない。俺が気に食わないのは、この家だ」

「え? あ、その……」


 フレインが戸惑っているのがよく分かった。

 俺は苦笑する。


「俺のことを気遣わなくてもいいよ。俺は俺で勝手にやる」

「そ、そういうわけには参りません。あなたに頼みごとをしているのは私の方なのですから。私が責任を持つのは当たり前のことです」


 そのセリフに俺は呆気に取られるしかない。


「……あんた、本当に律儀なんだな」

「いえ、当然のことです」


 俺はまた内心で苦笑するしかない。悪い子じゃないんだけどなぁ……。

 そう思いつつも、目で辺りを威圧しながら進んでいくと、ようやく屋敷の入口が見えてくる。

 攻められた時のことを考えてか、ヴェスタールの本邸は馬では進めないところに立地しており、そのせいでかなりの距離を歩かされた。

 面倒だったが、あらためて戦闘国家の一面に感心してしまう。


 門に辿り着くと、ようやく執事の案内がつく。その執事も大分慇懃無礼で気に食わなかったので、とりあえず威圧しておいた。もしかしたら小便をチビっているかもしれないが、知ったことではない。

 先程までとは打って変わって冷や汗を流している執事に連れられ廊下を進んでいくと、そこで見知った顔に出会う。

 ――それはけして出会いたくない相手だった。

 しかし、ばったり会ってしまった。


「き、貴様!? 何故、我が屋敷にいる!?」


 アラン・ヴェスタールだ。

 奴は俺の顔を見るなりに、背中の大剣に手を掛ける。

 面倒くさ……。さすがにこいつは威圧するだけでどうにかなる相手ではないない。

 まあ、ここで騒ぎを起こすのもまた面倒だし、普通に答えておいてやるか。


「俺は招かれてここにいるんだよ」

「招かれてだと!? ……まさか、フレイン……貴様!?」


 フレインの側にいる俺を見て、どうやらすぐにフレインが護衛として俺を雇ったという考えに辿り着いたようだ。

 フレインが頷く。


「はい。私の護衛としてお連れ致しました」

「貴様ぁ……この私に対して当てつけをするなど、どうなるか分かっているのだろうな!?」

「私は別に当てつけをするつもりなどございません」

「嘘を吐くな! このタイミングでそいつを連れてくるということは、そういうことだろうが!!」

「私はただ、この国の危機にネル様のお力が必要だと判断したまでです」

「貴様、貴様ぁ……!」


 アランの顔は血管がはち切れそうなほど真っ赤になっている。その様子は尋常ではない。

 ……思った以上の反応だ。正直なところ、ここまで我を失くして怒りだすとは思わなかった。

 ……もしかしたら、俺との確執だけでなく、フレインとも何かあるのか?

 そして、その予想は当たっていた。


「ずっと言い寄っていた私には見向きもしなかったくせに、この私に恥をかかせたその男を側に置くなど……これ以上の愚弄があるか!?」


 ……ははあ、なるほど。そういうことか。

 こいつ、フレインに気があるのだ。

 それでそのフレインが、アランを倒した俺を連れているから、怒りが抑えられないのだろう。

 ……というかフレインに気がある癖に、一昨日、酒場でルナたちに絡んできたのかよ。

 ……やっぱ最低だな、こいつ。

 俺はフレインを背に隠すようにして前に出る。

 すると、案の定アランが睨んできた。

 そんな彼に、俺は敢えてこう言ってやる。


「今の俺はフレインの護衛だ。彼女に近付くんじゃねえよ、下衆」

「キ、サマァァァ……!!」


 俺は何となくこいつをフレインに近付けたくなかった。彼女の純粋さと純情が汚れそうな気がしたからだ。

 この時、フレインがどんな顔をしていたのか知らない。

 しかし、彼女の方を見たアランの目が一層吊り上った。

 そして、アランが剣の柄にかけた手に力を込める。

 俺は笑う。


「やるのか? 俺は別に構わないぜ。被害を被るのはお前とお前のこの城だからな」

「こ、この……!!」


 アランが本気で剣を抜こうとしたところで、フレインが声を上げる。


「ま、待って下さい! 今は身内同士で争っている場合ではありません! この国はドラゴラスの危機に晒されているのです! そうでしょう!?」

「フレイン、だがなぁ、そいつは……!!」

「お願いです! ここで争っても互いに得になることは何一つありません! それを分かって下さい!」

「く、う……!!」


 アランは悔しそうに顔を歪める。一応、フレインの言っていることを理解出来るくらいの冷静さは残っているらしい。

 アランは抜きかけていた大剣を鞘に納めた。ガチャンという荒々しい金属音が響き渡る。


「今は引いてやる……!!」


 口惜しげに答えるアラン。

 俺は何も答えなかった。ここで何か言ってまた怒らせるのも面倒くさいし。あと、怒らせること以外のことを言うつもりはないし。

 アランは踵を返すと、肩ごしに凄まじい眼光で睨み付けてくる。


「だが、これで済むとは思わないことだ! 貴様も、フレインもだ! この私を侮辱したこと、必ず後悔させてやる!!」


 大声で叫んでから、アランは去って行った。

 残されたフレインは不安そうな顔になっている。

 それを見て、俺は一応確認する。


「あんた、あいつに言い寄られているのか?」

「……はい。お恥ずかしながら……」


 だろうな。

 だとしたら、あの様子だと、フレインに対してどんな手段を使ってくるか分かったものではない。

 ……さすがにそれは夢見が悪い、か。

 俺は嘆息する。


「あんたがそんな顔をする必要はない」

「え?」

「あいつがあんたに何かすることはない。何故ならあいつが何かするのなら、その前に俺が奴を殺すからだ」

「ネ、ネル様……」


 フレインが呆けた顔で俺を見てくる。


「勘違いするなよ? 別にあんたを守るつもりで言っているわけじゃない。奴が気に入らないから、俺が勝手に奴を殺すだけのことだ。俺は俺と俺の仲間のためにしか動かない」


 そのように念を押すと、フレインは何故か頬を染めながら頷く。


「……はい」

「じゃあ、会議室に行こう」

「……はい」

「……なんかボーっとしてるけど、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

「……本当か?」

「は、はい。すいません……」

「いや、別に謝らなくてもいいが……」


 ……何だったんだ?

 まあ、いいか。普通に戻ったし。

 そんなわけで俺たちは会議室へと向かうのだった。

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