第39話 五公会議

 会議室となる部屋には、既に残りの三家が揃っていた。

 レビエス家、ギール家、ドルトス家。それぞれ中年から初老にかけての男性だ。

 代表の中でフレインは飛び抜けて若い上に唯一の女性ということになるが、恐らく彼女の立場の方が珍しいのだろうと思う。


 ――ちなみに、ヴェスタールの代表はアランだった。フレイン程ではないが、こいつも一応若い部類には入る。見た感じ二十代前半なので、他の三人に比べたら十分若造だろう。

 ……ただ、こいつがヴェスタールの代表として出席することは意外だった。てっきり現王であり現ヴェスタール公爵である、こいつの父親の護衛という立場で出席すると思っていたのだが……。

 どうやら既にアランは、現王と同等か、もしくは王を凌ぐほどの発言権を既に持っているらしい。


 ――しかし、どうなのそれ?


 今回の会議はこの国の行く末を決める重要な会議だ。そこに現王が出席していないということは、今回のこの会議をそれほど重要視していないか、もしくは自分の息子――アランを甘やかしている結果なのか……。その両方の可能性もある。

 ……なるほどな。この時点でハイランド王国が危うい現状が何となく分かってきたぞ。

 同じことを思ったのか、レビエス公爵がアランに質問する。


「アラン殿。現王、ヴェスタール公はいかがなされた?」


 それまで俺とフレインのことを睨み付けていたアランだったが、レビエス公爵の方に向き直ると、


「父上はこのところお疲れであられるから、代わりに私が出席することにしたのだ。なあに、軽い親孝行だよ」


 そのセリフに俺は耳を疑う。

 ……は? なんだそれ?

 この国が大変な時に、ちょっと疲れているからと言って王がこんな重要な会議を欠席するのか? しかもそれを軽い親孝行などと言ってのけるとは……。呆れて物が言えない。

 やはり同様の意見を持ったのか、三公が揃って微妙な顔をする。

 すると、アランが不機嫌そうに眉を顰めた。


「……私では不服か?」

「い、いえ、そんなことは……」


 レビエス公爵が慌てて首を横に振る。

 アランは鼻を鳴らすと、


「私のことを若輩と侮ってもらっては困るな。これでも竜騎士として一番の実力を持っているのだ。我が名声は城下にも轟いているほどで、父上も私を認めてくださっている」


 ……その話は今、関係ねえだろ? 竜騎士の実力が王の欠席にどう関係してくるんだよ……。

 聞いているだけで頭が痛くなってくる。

 俺はこの国の人たちに同情した。何だかグルニア王国での俺の立ち位置と似ていると思ったからだ。無能の上司を持ったところとかね。


「どうやら分かっていただけたようで何より。さて、この場にそぐわない者もいるが、早速、五公会議を始めるとしようか」


 アランはあからさまな視線で俺を睨み付けながら言ったが、無視。俺はどこ吹く風で腕を組んでいるだけである。

 それを見てまたアランが怒りを顕わにするが、続けて無視する。たったそれだけで怒るような奴にいちいち構っていられるか。リアクションしたらそれはそれでキレるだろうし。本当、どこまでも面倒くさい奴だ。死ね。

 アランは額に青筋を浮かべながらも議題を取り上げる。


「今回の会議は、目下、魔竜ドラゴラスにいかように対応するかというものだが、何か意見のある者はおられるか?」


 その言葉に真っ先に反応したのはフレインだ。彼女は立ち上がると、


「ドラゴラスの元に戦力が集いつつあります。その戦力が整う前に、こちらから奇襲を仕掛けるべきです。手遅れになる前に」


 そのセリフに、アランが目敏く反応する。


「女がしゃしゃり出る場面じゃない。少し黙っていろ」


 俺はその言葉に耳を疑う。

 ……は? 何言ってんだ、こいつ?

 ――女だから黙ってろ? そういう場合じゃないって分かっているのかよ?

 フレインは食い下がる。


「しかし、アラン様!」

「くどい!」


 アランが机を叩きつけ、辺りに大きな音が響き渡った。

 ……こいつは……。


「他に何かご意見のある方はおりますかな?」


 あからさまなほどの無視だった。

 フレインは所在なさ気に立ち尽くすしかない。

 そんな中、レビエス公爵が口を開く。


「しかしながら、フレイン殿の申したことも一理あるのではござらんか?」

「……なに?」


 アランがぎろりとレビエス公爵を睨み付ける。

 レビエス公爵は額に汗を浮かべながらも言葉を続けた。


「こ、このままではドラゴラスが攻め入ってくるは必定。その前に叩くというのは、けして悪い手ではないかと……」

「それで? この前のあなたたちのように、返り討ちに遭えとでも言うのかな?」

「そ、それは……」


 レビエス公爵は口籠る。

 酒場で得た情報では、レビエス家、ギール家、ドルトス家の三家は、抜け駆け気味にドラゴラスに攻撃を仕掛けた上に、貴重な竜騎士を二騎も失っている。そのことをつつかれては、三人の公爵たちは揃って気まずそうな顔をするしかなかった。

 アランはしてやったりという顔でニヤリと笑うと、


「私は籠城策を提案する」


 ……こいつはまだそんなことを言っているのかよ。

 それで泣きを見るのは誰か分かっているのか?

 仕方なく俺は口を開く。


「魔竜に対して籠城策は無意味だ」

「貴様! 誰の許しを得て口を開いている!?」

「お前が何も分かっていないから……」

「たかだか護衛の分際で喋るなと言っている!!」


 アランが目の前にあったカップを液体が入ったまま投げつけてくるが、俺はカップをキャッチして止めると、液体は魔力で止めた。空中に漂う液体を魔力で操りカップに戻すと、そのまま机に置く。

 それを見てアランがまた忌々しそうな顔をする。どうしろっちゅうねん。避けられるものを敢えて食らうわけねえだろ。

 だが、これ以上何を言ったところで耳を傾けてもらえそうな雰囲気ではない。

 助けるつもりなのか、ギール公爵が口が口を挟んでくる。


「し、しかしアラン殿。籠城するにしても、一体どこで……。我々はこの間の戦いで兵力を消耗しており、とても防ぎ切れるとは……」


 続けてドルトス公爵が口を開く。


「さ、さよう。それにお世辞にも私の屋敷は籠城に向いているとは言い難い。籠城するにしても、我が領地では力不足となろう」

「そ、それを言ったら我が領地とて同じこと……」

「私のところもだ」


 レビエス家、ギール家、ドルトス家の三公爵は揃ってそのように言った。

 すると、アランはまたニヤリと笑う。


「分かっている。籠城に関してはもっとも相応しい地があるではないか?」


 その言葉に首を捻る一同。

 しかし、俺だけは次に奴が何を言うのか分かっていた。

 こいつ……。

 アランはニヤニヤした顔のまま、のたまう。


「前回の戦いに参加せず、戦力を温存したままのエスタール家。その屋敷は難攻不落でも名高い。これ以上相応しい地が他にあろうか?」


 エスタール家とは、フレインのところに他ならない。

 つまりこいつはフレインのエスタール家の領地で籠城しようと提案しているのだ。


 ――そんなバカな話があろうか?


 フレインは民たちが傷つくのを恐れて奇襲を提案した。それなのにそのフレインのエスタール家の領民を危険に晒せなどと言うとは……。

 しかも自分から籠城を提案しておいて、自分のヴェスタールの領地をその地から外すなんて……。

 本当に、呆れて物が言えないとはこのことだ。

 フレインが慌てて反論する。


「ま、待って下さい! 私はそもそも、籠城策には反対です!」

「女は黙っていろと言った!」


 話になんねえ……。

 俺はため息を吐く。


「だったら、せめて自分の領地で籠城すると言ったらどうだ? あんたのところだって戦力は温存されたままだし、その上、エスタール以上にこの屋敷は難攻不落だろうが?」

「貴様、王の地を危険に晒せと言うのか!? それと関係ない者は黙っていろと言ったはずだ!! 次、口を開いたら、即刻叩き出すからそのつもりでいろ!!」


 ……もうめちゃくちゃだ。

 フレインは縋るようにして残る三公爵の方に視線をやるが、彼らは揃って顔を逸らした。

 ……なるほどな。つまりこの人たちはこの人たちで、ただ単に他家の力を削ぎたいだけなのだ。魔竜ドラゴラスに正面から他家の兵や竜騎士を当たらせることで、兵力、如いては発言力を落とさせようという……。

 本当はヴェスタールの家にその役目を負ってもらいたかったが、それがだめなら二番手のエスタール家にそれを担ってもらおうと、そういう考えなのだろう。

 つまり、この場で国の行く末を本気で案じているのはフレインだけだった。


「ど、どうして……?」


 フレインは悲しみと絶望を織り交ぜた目をしていた。

 国のためを想って発言したフレインが、一番のバカを見る。こんなことが許されていいのか?

 そんな彼女を見て、満足そうにアランが笑みを浮かべたのを俺は見逃さない。


 ……こいつまさか、単なるあてつけのためだけに籠城策を……。


 エスタールの家の発言力が弱まれば、フレインはさらにアランの言うことに逆らえなくなる。

 そこまで計算した上での、嫌がらせ。

 ……だとしたら、もはやこいつは王の器ではない。いや、それどころか人として終わっている。

 で、辺りには保身のことしか考えていない老人ばかり。

 ……これがハイランドの五公会議か。

 俺は笑うしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る