第33話『竜騎士VS人形師』


 俺は店の外に出ると、アランと相対する。

 こうやって面と向かうだけで分かる。ルナの言う通り、こいつはかなり強い。

 恐らく本当にこの国で一番強いのだろう。それだけのものは伝わってくる。

 実際、周りに集まり始めている野次馬たちは俺を哀れそうに見ていた。

 まるで、これから俺の処刑が行われるような雰囲気だ。


「貴様、覚悟はいいか」


 アランがそう言って大剣を構えると、お供の二人がニヤニヤと笑い始める。

 彼らもアランの圧勝を疑っていない顔だ。


 ――しかし、アランの剣……あれはまさか、ドラゴンスレイヤーか?


 ドラゴンスレイヤーは竜を殺すことに特化した、オリハルコン(ミスリル以上にレアな鉱石)で作られた大剣で、使い手によっては人間を相手にしても相当な威力を発揮する。

 ……オリハルコンの大剣という時点でかなり厄介だ。下手をしたら俺の剣は折られかねない。

 アランの自信……そしてあの大剣を軽々と扱っているところからして、人間相手の戦いにも慣れているのだろう。


 しかし――

 俺は腰の鞘から剣を抜き放った。

 十五歳で成人してから、ずっと使い続けてきた名も無き剣。

 きちんと手入れをしているが、そろそろ限界を迎えようとしていることは俺も分かっている。

 だが、どうせ剣を変えるなら確実にこの剣を超える物がいい。

 それがアイスマリーの打つミスリルの剣だ。

 この戦いだけルナの魔法の剣を借りようかとも思ったが、やめた。

 いきなり実戦で新しい剣を使うと足をすくわれかねないからな。


「随分と使い込まれた剣のようだが、我がドラゴンスレイヤーの前では棒切れも同じだな」


 アランが小ばかにしたように言ってくる。


「ちなみに私に逆らった時点で貴様の反逆罪は確定している。つまり貴様は罪人だ。だから私は罪人を切り伏せ、罪人の仲間を連行する。貴様らはどこの馬の骨か分からんが、他国の密偵ということも考えられるからな。まず主犯である貴様をこの場で殺し、その女たちは後でこの私自らがじっくり拷問してやろう」


 そう言ってアランはエフィたちの体をねぶるように眺めまわした。


「……こじつけもいいところだろ。大体、問答無用で俺の仲間を連れて行こうとしたのはお前の方だろうが」

「私は罪人を連れて行こうとしただけだ」

「………」


 あまりにも理不尽過ぎる。

 それが分かっていて尚、周りにいる奴らは何も言わなかった。

 ……いや、言えないのだ。逆らえないのだ。

 ………。

 なるほどな。これがアラン・ヴェスタールか。

 三つ編み少女の話を聞いた時から問題のある男だと思ったが、実物はそれ以上のクソ野郎のようだ。

 大体、俺の大切な妹や人形たちを無理矢理連れて行こうとしたり、ましてや拷問しようしたりするなど、万死に値する。


「申し開きは終わったか?」

「………」


 もう何も答える気にもなれない。

 俺は黙って剣を構えた。


「ほう? 悪くない構えではあるが、相手が悪かったな!」


 アランはドラゴンスレイヤーを構えて突っ込んでくる。

 大剣ゆえのリーチの長さを生かし、俺の間合いに入ってくる直前に大剣を横に振ってきた。

 俺はバックステップで躱し、大剣ゆえの大振りの隙を突こうとするが、


「ぬうんっ!」


 アランは最初の振り抜いた大剣の勢いを利用し、一回転してからもう一度斬ろうとしてくる。

 不意を突かれた俺は、慌ててしゃがむことで辛うじて躱した。

 頭上をぶぅんと大剣の通り過ぎる風切音を聞きながら、俺は体勢を立て直そうとするが、


「ちぇえい!」


 アランは剣の勢いを殺すことなく、今度は縦に振り下ろしてきた。

 俺は剣をぶつけると、その勢いを利用していなし、大剣を躱す。

 そこから反撃しようと前に出るが、しかしアランの大剣が地面にぶつかった際に地面が弾け、間近から襲い掛かる石つぶてをを避けるだけで精一杯だった。

 その間にアランは地面から大剣を引き抜いて、さらに突っ込んでくる。


 ……こいつ、大剣を使った戦いに慣れてやがる!

 一方で俺は大剣を相手にする戦いは実は初めてだった。

 大剣は使いこなされると、こうも厄介な相手だとは……!


 ――だが、逆に言えば大剣の攻撃パターンはそろそろ打ち止めだろうとも思っていた。

 それからも油断せずに攻撃を躱しつつ、相手の攻撃パターンを見極めていく。

 まともに大剣を受ければこちらの剣が折れることは分かっていたので、全て芯をずらして攻撃を受け流す。


「くっ……何故当たらん!」


 アランが焦れてきた。

 ……やはりこれで大剣の攻撃パターンはほぼ終わりのようだ。

 あとは奥の手が一つ二つある程度だろう。

 ならば、それだけを警戒していればいい。

 そう思いつつ、こちらから攻撃に転じる。

 大剣の攻撃パターンの隙間を突くように、剣をアランに向けて振るう。


「ぐぅ……!?」


 少しずつアランの鎧に、俺の剣が掠るようになってきた。

 これなら魔法を使う必要もなさそうだ。

 相手も竜騎士なのに竜に乗っていないようだから、出来れば剣だけで相手をしたかった。言い訳をされたくないしね。

 俺は人形師だから人形を使っていない時点でイーブンな気もするが、そこは単なる意地である。

 しかし、これでアランのプライドを粉砕できるはず。

「私は竜に乗っていないから負けたのだ」となった時に「こっちだって人形使っていませんけど?」「えっ?」「なんなら魔法すら使っていませんけど?」と言ってやるつもりである。


「くっ……調子に乗るな!」


 突如、アランが大きく距離を取った。

 訝しく思う俺の前で、アランは大剣を斜めに落とした特殊な構えを取る。


「はああああああ……!!」


 アランの大剣に異常なほどの『気』が集まって行くのが分かった。

 そして、それを振り抜こうとする。


「バカやろう! そんな技を使ったら、見物人に死人が出るだろうが!!」


 俺はとっさに前に距離を詰め、アランが振り抜こうとしている大剣に無理矢理、自分の剣を当てて【気】を逸らす。


 バキンッ!


 ……俺の剣が折れた。すまない、相棒……。

 しかし、アランの大剣から【気】を逸らすことに成功した。

 俺はアランの腹に思い切り蹴りを放つ。

 大技を放とうとしていたせいで隙だらけだったアランは、その蹴りをまともに食らって吹っ飛んで行く。


「アラン様!?」


 お供の騎士二人がどうにかアランをキャッチしていたが、


「ぐっ、かはっ!」


 俺の蹴りをまともに食らっては、いくら鎧を着ているといってもダメージは大きい。

 しかし、咳き込みながらもアランは不敵に笑う。


「ぐ、ぐはは……私はダメージを負ったが、しかし貴様は剣を失った。もう貴様に勝ち目は……」


 ドゴンッ!

 アランの目前の地面に火球が落ち、地面が弾け飛んだ。

 俺が放ったファイアボールだ。

 抉れた地面を見つめ茫然としているアレンに向かって、俺は言ってやる。


「俺は魔法も使えるんだ。言っておくが、今のはわざと外してやった」

「な……!?」

「それに俺は人形師だ。言っている意味が分かるか?」

「なっ!? に、人形師だと!?」


 茫然とするアレンと、俺の視線が交錯する。

 アランが俺の圧に呑まれていく。

 俺が言っていることがはったりではないと分かったのか、


「っ……ここは退いておいてやる。だが貴様……これで済むとは思うなよ」


 不穏なセリフを吐き捨ててから、アレンは踵を返す。お供の二人が慌ててそれに付いていった。

 ふぅ、こんなところか。

 意外と苦戦してしまった……。

 ……俺は折れてしまった剣を拾った。

 ……遂に折れちゃったな、俺の剣。ずっと一緒に戦ってきた俺の相棒……。

 出来ればアイスマリーが剣を作ってくれるまでは、この剣と一緒に戦いたかったが……。

 俺の我儘のせいで折ってしまった。それをすまなく思い、俺はつい剣の腹を優しく撫でた。

 そうやって感傷に浸っていた時だ。急に辺りがワッと湧き上がる。

 顔を上げると、周りにいる者たちは全員、俺を見ていた。


「すげえよ、兄ちゃん! まさかあのアラン・ヴェスタールに勝っちまうなんて!」

「これまで誰も逆らうことも出来なかったってのに!」

「あたしゃ胸がスッとしたよ」

「ああ、俺もだ! 兄ちゃん、酒を奢らせてくれ!」

「あ、ずりいぞ! 俺からも一杯おごらせてくれ!」


 ……みんな、大分あのアランに鬱憤が溜まっていたみたいだね。

 皆に酒場の中へと連行されそうになっていると、先程の三つ編みの少女が俺の前へとやって来る。


「お兄さんカッコ良かったよ! ……ね、ねえ、お兄さんお付き合いしている女性はいるのかい?」

「え?」


 俺が呆けていると周りの者たちがひゅーひゅーと囃し立ててくる。

 妹から国で一番鈍いとまで罵られたことがある俺だが、これはさすがに、もしかしてもしかするのでは……。

 しかし俺が何を答える間もなく、太ももに激しい痛みが走った。


「イテェッ!?」


 見ればアイスマリーが俺の太ももを思い切り抓っている。

 ……ちょ、ちょっとアイスマリーちゃん? 太ももがぶちぶち言ってるんだけど……。抓るとかいうレベルじゃないよ、それ。

 俺が痛みで動けないでいると、ルナとエフィが左右から俺の腕を取って三つ編みの少女を睨み付けていた。


「あ、あはは……どうやらあたいの入る隙間なんてないようだね」


 三つ編みの少女は顔を引き攣らせながら酒場の奥へと姿を消してしまった。

 ああ、一晩のアバンチュールみたいなのに憧れがあったのに……。

 可愛い子だったのに……。

 エフィやルナ、アイスマリーのような綺麗な子とはまた違い、素朴な感じが良い子だったのに……。

 そう思っていたら、三人の白い目が俺に突き刺さる。

 そして、太ももの肉が壊死している。アイスマリーちゃん……。

 痛みを感じなくなった太ももに冷や汗を流している俺を他所に、町の人たちが盛り上がっていた。


「よっしゃ、いっちょ俺たちで嬢ちゃんたちの分も奢ってやろうじゃねえか! なあみんな!」

『おおよ!』


 結局、俺たちは町の人たち酒場の中へと連れられて行く。

 あの……酒を奢ってくれる前に、誰か回復ポーションを奢ってくれませんかね。

 アランのドラゴンスレイヤーよりも、アイスマリーの怪力の方がよっぽど恐ろしかった。

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