第34話『ペガサス四姉妹』
結局、昨夜は遅くまで酒場で飲み明かした。
酒場にいた人々が俺を離してくれなかったからだ。
酒場で躱された話題は、この国の愚痴のようなものから、アランを殺して欲しいなどという物騒なものまで多岐に渡った。
俺たちの武勇伝を聞かせて欲しいと請われると、酒に酔ったエフィがグルニア城を半壊させたことや、ゲール大盗賊団からお宝をかっぱらってきたことまで話していたのでさすがにまずいと思ったが、同じく酔っ払いの聞き手たちが笑って済ましていたので助かった。
さらには、その思い出を共有していないアイスマリーがいきなり泣き出して大いに困ったりもした。まさかアイスマリーが泣き上戸だったとは……。そんな細かい設定まで盛り込んだ昔の俺が凄い。
そんな感じで宿に戻って来たのは朝方だったので、まだしばらく眠っていたかったのだが――
昼前になった頃だろうか?
部屋のドアがノックされる音で俺は起こされた。
無視して二度寝しようかとも思ったけれど、もう一度ドアをノックされたので仕方なく起き上がる。
「ちょっと待って。今行く」
下着一枚で寝ていた俺は、着替えるのも面倒くさかったのでそのままドアを開けると、そこには見知らぬ女性が三人立っていた。
てっきり身内の誰かだと思って疑っていなかったので、俺は驚く。
え、この子たち誰?
……いや、先頭にいる女性だけ見覚えがある。
「朝早くに申し訳ありません。私はエスタール公爵家の次女、フレイン・エスタールと申します。あなた様にお話があって窺わせていただきました」
そう。昨日武器屋に行く途中で見たペガサス四姉妹の一人――次女でありリーダー格のフレイン・エスタールだった。
ちなみにパンツ一丁の俺に動じることなく言っているように思えるかもしれないが、実際のところフレイン・エスタールの顔は真っ赤だった。視線も彷徨っている。
「おー、わたし男の人の裸って初めて見たかも」
「わたしもわたしも!」
フレインの後ろにいる背の低い女の子二人が、そのようなことを言い合ってキャッキャと騒いでいた。
「こ、こら! ルン、ラン! 失礼ですよ!」
「えー、パンイチでお出迎えしてくれたのは向こうじゃん。これってつまり、俺を見てくれっていう意志表示なのです」
「そうそう! だからルンとランはじっくり見て差し上げるのです! じーっ」
「お、おやめなさい! ……大変申し訳ありません。この子たちは私の妹たちで、双子のルンとランと言います。どうかご無礼をお許しください」
「と、言っていますが実はお姉ちゃんもお兄さんの体に興味津々です!」
「お姉ちゃんはいい子ちゃんぶっているように見えますが、実はムッツリです!」
「こ、こらーっ!」
ルンとランと呼ばれた少女を追い回すフレイン・エスタール。
……この人たち一体何しに来たの?
「はぁはぁ……あの、お話のことですが……」
「あ、ああ。よかったら先に着替えようか」
「そ、そうしていただけると助かります……」
さすがの俺も双子少女たちの視線が恥ずかしかったので、そうさせてもらいたい。
なお、着替えの際も双子姉妹の視線が突き刺さっていた。
「待たせて申し訳ない」
「い、いえ、突然訪れたのはこちらの方なので、お気になさらないでくださいませ」
「お姉ちゃんて、モテモテの割には男の人に弱いんですよねー」
「それでも、いつも毅然としているお姉ちゃんがこんなに狼狽えるのは初めて見たかも。お兄さん、これはチャンスですよ!?」
いきなり姉をプッシュされた。
フレイン・エスタールは顔を真っ赤にして呟く。
「やっぱり連れてくるんじゃなかった……。すいません、この子たちのことは気にしないで下さい」
「は、はあ……」
すげえな。今のところ一ミリも話が進んでないぞ。
しかし――噂通りフレイン・エスタールは超が付くほどの美人だ。
エスタール家のペガサス四姉妹は全員がこの国きっての美形揃いだとは聞いていたが、間近でみると想像以上だった。
艶のある青い黒髪は肩上で綺麗に揃えられ、肌の色は健康的な白。
真面目な印象を受ける彼女の年の頃は恐らく十八くらいだろうが、可愛い系というよりも美人と言える。
一方でその妹にあたるルン・エスタールとラン・エスタールは美形は美形だが、まだ年が若いせいか可愛い系だ。
ルンとランはどちらも薄い赤色の髪をしており、それぞれ右側頭部と左側頭部でお団子にまとめている。
彼女たちは見たまんま快活な感じだ。
「ええと……それで、話とは?」
「率直に言わせていただきます。あなた様のお力を貸していただきたいのです」
俺は眉を顰めた。
「……俺の力を?」
「はい。昨夜あなたがアラン・ヴェスタールを一騎打ちで打ち負かしたという話は伺っております。是非そのお力をお借りしたいのです」
いきなり力を貸せと言ってくるフレイン・エスタールに俺はげんなりする。
「……そもそもアランを倒したという話がガセだとは思わなかったのか?」
「いいえ。こうして目の前にして確信いたしました。紛れもなく、あなたは強い」
「………」
「それに、昨日あの目が合った時、私はあなたから不思議な感じを受けました。例えアランとの一件がなくても、私はここを訪れていたでしょう」
……? 奇妙な言い方をするな。
確かに昨日あの時、彼女と目があって不思議な感じはしたが……。
しかしいずれにせよ、俺の答えは決まっている。
「悪いが断る」
「……え? ま、まだ具体的な内容は何も……」
「どうせ魔竜退治を手伝ってくれと言うつもりだろう」
「! ……は、はい、その通りです」
やっぱりな。
「悪いが他を当たってくれ」
「……ほ、報酬は十分用意させていただきます! もし地位をお求めでしたら我が公爵家にて相応の役職をお約束いたします」
「別に地位に興味はないし、金にも困っていない」
俺はきっぱりと断った。
そもそも俺はもう仲間以外のために戦う気はない。
ちなみに俺はこの国でミスリルを手に入れることをとっくに諦めている。
昨日酒場で三つ編み少女が教えてくれた魔竜ドラゴラスとはそれほど厄介な存在だった。
俺たちの方が勝つ確率は高い。しかし、あくまで確率は確率。俺は『確実』でなければもう戦わないと決めている。絶対に仲間を危険には晒さない。そう決めたのだ。
それに――昨日、剣が折れてしまったので、その確率はさらに下がってしまった。
こんなことならもっと遠い国にある別のミスリル鉱山を求めに行った方がまだマシだ。
そんなわけで魔竜と戦うつもりはさらさらなかったのだが、フレイン・エスタールはなおも食い下がってくる。
「お願いします! どんなことでも致します! 妾になれと言うのならなります! 女体をお求めになるのなら、私の体などお好きにしていただいて構いません! ですので、どうか……!」
フレイン・エスタールは頭を床に擦りつけた。
「「お、お姉ちゃん……」」
ルンとランは驚いたように姉の背中を見下ろしていたが、次の瞬間、二人も姉と同じように並んで床に頭を擦りつけてくる。
「お願いします、お兄さん!」
「なんならルンとランの体も好きにしてくれて構いません!」
「ま、待て待て。そんなことしたって俺は……」
「お願いします!」
「「お願いします」」
俺は彼女たちを立ち上がらせようとするが、彼女たちは頑として動こうとしない。
まいったな……。
俺はため息を吐くと、敢えてこのように言ってやった。
「分かった。ならまずはそのスカートを脱いでもらおうか」
「「「え?」」」
三人の少女は耳を疑ったように顔を上げる。
「どうした? 何でもするんじゃなかったのか」
「そ、それは……」
「まあ、その程度の覚悟だったというわけだ。帰ってくれ」
俺がそう言うと、三人の姉妹は顔を合わせた。
そしてしばらく悩んだようにした後、彼女たちは立ち上がってスカートの縁に手をかける。
三人の姉妹は羞恥に瞳を潤ませながらも、本当にスカートを脱ごうとしていた。
……マジかよ。さっきのは追い返すための方便だったんだが……。
震える手でスカートの縁の紐をほどいていくフレイン・エスタールと、ルンとラン。
彼女たちがスカートの縁の紐をほどいたところで、俺はたまらず声を上げた。
「わ、分かった」
「「「え?」」」
彼女たちはスカートを下ろす寸前の状態で首を傾げる。
「分かった。分かったから、もういい」
「そ、それでは……」
期待の籠った眼差しを向けてくるフレイン・エスタールに向かって、俺はこれ見よがしにため息を吐いてやる。精一杯の抵抗を込めて。
「協力してやるから、スカートは脱がなくていい」
顔を輝かせる三姉妹の様子を見ながら、俺はもう一度ため息を吐くしかなかった。
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