第32話『竜騎士アラン』
スパゲッティを頬張っていると、「暇になったから」と言って再び三つ編みの少女が俺たちのテーブルの元へと来てくれた。
そして、お盆を胸に抱えながらこの国の内情についてあれこれ教えてくれる。
まず大前提として挙げておきたいのが、この国は貴族の力が強く、合議制のような政治体勢を取っていることだ。
そもそも王族というものが存在せず、議会で選出された貴族の一人が王となって議会の承認を得ながら政治を執り行い、王の交代もまた議会によって決められる。
王の息子が王になるのではなく、貴族の中で最も力と発言力のある者が王になるという仕組みだった。
この国で力のある貴族は五家あり、基本的にはその五大貴族(五つ全てが公爵)の中から王が選出されるらしい。
そして、この国で力のある貴族というのは、即ち竜騎士を多く抱えている貴族のことである。
それだけ竜騎士というのは強力かつ重要な存在だった。
現在はヴェスタール公爵家が三騎もの竜騎士を抱えており、最も発言力が強いらしい。
――しかし、このヴェスタール公爵の跡取りにして、次期王候補でもあるアラン・ヴェスタールという男が少々問題のようだ。
アラン・ヴェスタールは自身が竜騎士だということもあり、自信過剰で彼に逆らう者は容赦なく斬り捨てる冷酷な男なのだと三つ編み少女が教えてくれた。
自分の考えこそが絶対なのだと言い張っており、それを押し通してしまうほどの力があるのがアランだった。
そんな男が次期王になれば、他の公爵家は益々逆らえなくなる。
それで焦った他の公爵家が結託し、戦功を求めて東の鉱山付近に救った魔竜の討伐隊を組んだらしいのだが、結果は手ひどいものだった。
軍は全滅し、二騎もの竜騎士を失ってしまったのだという。
そのせいで他の公爵家は逆に発言力を落とし、現在この国はヴェスタール公爵家のやりたい放題な状況らしい。
民の中にも不満を抱える者が多いようだが、結局誰も逆らえないと言っていた。
それほど力を持っているのがヴェスタール公爵家であり、アラン・ヴェスタールだった。
一方でペガサス四姉妹を抱えるエスタール公爵家に今は期待がかかっているようだが、それでもヴェスタール家との力の差は開きすぎている。
そもそもエスタール家は元々四番手の家柄であり、前回の魔竜討伐に唯一参戦しなかったおかげで結果的に二番手の地位が転がり込んできたに過ぎない。
「ふーん。大変なんだな、この国も」
俺はスパゲッティをエール酒で喉の奥に流し込みながらそう言った。
「そうなんだよ~。アラン様は威張っている割には魔竜退治にも行ってくれなくてさ……。このままじゃその内、この国は立ち行かなくなっちまうんじゃないかってみんな心配してんのさ」
「一番威張り散らしている奴が無能だと、その下にいる奴が苦労するんだよな」
なんだか他人事のように思えなかった。
俺の国で言ったらアレクとか? あと……アレクとか? それと……アレクとか!
「あはは、そうだね!」
と、三つ編み少女が笑ったその時だ。
店の入り口から三人の男が入ってきて、彼女の顔がハッと強張る。
黒を基調とした騎士っぽい三人の男の姿を見た途端、店の中は波が引くように静まり返っていく。
その男たちは静かになった店内に満足そうに酷薄な笑みを浮かべると、先頭の男が店のマスターに話しかける。
「店主、また来てやったぞ。俺たちの席は空いているだろうな」
「は、はい、アラン様! あちらの方に空けておりやす……」
先程までの渋さはどこへ行ったのか、店主は慌てて走り出し、唯一敷居が違うそのスペースの扉を開けてみせた。
今の様子から、何となく男の正体を予想していた俺だが、それが正しかったことを知る。
――アラン・ヴェスタール。
こいつが先程三つ編み少女が話してくれた、この国のナンバーワン貴族、ヴェスタール公爵家の跡取りか。
アランのお供たちは同じ格好をしていることから、恐らくアランと同じ竜騎士なのだろう。
俺がそう思っていると、店主が扉を開けて待っている方へ向かって彼らは進んでいく。
まるで我が物顔のそいつらに鼻白んでいると、その途中でアランの視線がこちらへと向いた。
いや、厳密に言えば俺の側にいる三人を見ていた。
そして、こちらに向かってくると、
「お前たち三人、こちらに来て酌をしろ。いい目を見させてやるぞ」
まるで断るはずがないとでも言わんばかりにエフィの手を取ろうとする。
俺はその途中で奴の手を掴んで止めた。
アランの眉が不快そうに歪む。
「……離せ、下郎。貴様、誰の手を掴んでいるのか分かっているのか?」
冷たく、鋭い視線。
しかし俺はその手を放さなかった。
「知らないな。それに、お前も俺が誰だか分かっていないんだろ」
俺のそのセリフに辺りが凍り付いた。
アランに逆らうなんてどうかしているという雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「ふんっ、面白い男だ。気に入った。褒美だ。明日の朝には女たちを返してやる」
「……それのどこが褒美なの? キミ、頭おかしいの?」
俺はついツッコんでしまったが、辺りの空気はさらに凍り付いていた。
いや、でも俺が正しいよね?
「益々面白い男だ。しかし、そろそろ私の手を放した方がいいぞ」
「俺は気に入らないね。彼女たちを勝手に連れて行こうとするなんて、百万回殴っても許せないな」
「ちょっと借りるだけだ。明日の朝には金貨を握らせて返してやると言っている」
「……お前、いい加減黙れよ」
俺とアランの視線が交錯する。
アランは俺の手を振り払おうとする。
が、出来なかった。
何故なら俺の手をほどけなかったからだ。
「な、なんだと?」
「どうしたの、アラン君?」
「ぐああ……っ!」
俺が掴んでいる手を締め付けると、アランは苦痛に顔を歪めた。
「アラン様!」
「貴様! その手を放せ!」
お付きの騎士二人が剣を抜いて襲ってくる。
「ほらよ」
俺がアランを突き飛ばすと、お付きの二人は慌ててアランを受け止めた。
アランは痛む腕をさすりながら、
「貴様……私にこのような無礼を働いてただで済むと思っているのか!?」
俺は鼻を鳴らす。
「魔竜にビビってるような奴に、俺が怯えるとでも思ってるのか」
「な、なんだと!?」
アランは凄まじい眼光で睨み付けながらも、まるで辺りの者たちに聞かせるようにして叫ぶ。
「魔竜退治については機を窺っているだけに過ぎんわ! 前回、他の無能公爵どもが勝手をしてくれたせいで、今はまだ魔竜に警戒されているだろうからな! それに、なんならここに攻めてきてくれた方がこちらとしてはやり易いのだ。戦いとは防御する方が圧倒的に有利なのだからな!」
そのセリフに俺は耳を疑う。
「……その戦い方で犠牲になるのは、ここに住む民たちだと分かって言っているのか?」
「だからどうしたと言うのだ。魔竜を倒せなければどの道、全員が殺されるのだ。ならば多少の犠牲が出ようが確実に倒せる方が良いのは自明の理であろう!」
俺はため息を吐くしかなかった。
「……お前、上に立つ者の器量じゃねえよ」
「な、なんだと!? 貴様、言うにことかいてそのような無礼を重ねて来るとは、もう許さんぞ!」
アランは背中の大剣を抜き放つ。
店内から悲鳴が上がった。
「おいおい、こんな狭いところでやり合うつもりかよ。表に出ろ。俺は逃げたりしない」
「……言ったな、下郎如きが。いいだろう、その思い上がりをすぐに後悔させてやる」
そう言ってアランはお供の二人を連れて店内から出て行った。
俺もそれを追おうと思ったが、ぐいっと服の裾を引っ張られ止められる。
ルナだった。
「お兄様、気を付けて下さい。あの人、かなり強いです……」
「分かってるって。でも、勇者ほどじゃないだろ? だったら俺の敵じゃないよ」
俺はルナの頭をぽんぽんと撫でてやると、心配そうに見ているエフィとアイスマリーを安心させるために笑いかけてから、店の外へと出た。
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