第30話『ペガサス騎士団』

 アイスマリーの服を買い宛がった俺は、次に防具屋へ向かおうと思ったのだが、


「マスター。防具は自分で作りたいです」


 彼女自身にそう言われた。

 ……なるほど。確かにその方がいいかもしれない。

 彼女は腕の良い鍛冶師なので、この国の防具屋で売っている物よりも上等な物を作れるだろう。

 と、なると、


「それなら、武器屋でハンマーでも見繕うか?」

「はい。それがいいです」


 ハンマー――即ち『槌』は鍛冶師にとって必須の装備。

 もちろん鍛冶をする時に必要になるからだ。

 ハンマーは普通に武器屋に置いてある。『鉱石屋』で取り扱っている場合もあるが、基本的には武器屋の方が種類も質も上等な物を置いてある場合が多い。

 だから俺たちは武器屋へと向かった。

 ――その道中のことだ。


「ペガサス騎士団だ!!」


 近くにいた男性が突如、叫んで上空を指差した。

 つられてそちらを見てみると――


 四騎の天馬騎士がハイランド王国の上空を駆けていた。


 天馬騎士とは空飛ぶ馬――ペガサスに騎乗した騎士たちのことだ。

 ペガサスは乙女にしか気を許さない性質があり、そのためペガサス騎士団の団員は全員が女性だと聞き及んでいる。

 実際、上空を駆けて行く騎士たちも全員が女性のようだ。


「フレイン様が率いる、ペガサス四姉妹の皆さまよ!」


 一人の女性が叫ぶと、周りにいた者たちは一斉に歓声を上げる。

 するとその四騎の先頭にいた銀の髪を持つ女性騎士が、こちらに向かって手を上げて応えていた。


 ……なるほど。あの女性がフレイン・エスタールか……。

 このハイランド王国は、七騎の竜騎士と四十騎のペガサス騎士を抱えている。

 あのペガサス四姉妹というのは、その四十騎いるペガサス騎士団の中で最も有名な騎士で、その次女にしてリーダー格的存在であるフレイン・エスタールの名はグルニア王国まで響いていた。


 ――ふと、そのフレイン・エスタールと目が合った。


 長い銀の髪をなびかせながら天馬を駆るその姿はまるで戦乙女。

 ちなみに俺たちの間に面識はない。

 だから互いに顔も素性も知らないのだが、不思議と目が離せなかった。

 彼女はゴーグルのようなメガネをしていて、その奥にある目が笑った気がした。

 俺は益々見入ってしまう。

 しかし彼女は俺から目を離し、そのまま城の方へと駆けて行った。

 少し残念に思っている俺の足を、アイスマリーが思い切り踏みつけてくる。

 ズドンッと重い音が響いて、俺の足が陥没した地面に埋もれた。


「……アイスマリーちゃん、痛い」

「知りません」


 アイスマリーはぷいっと顔を逸らしてしまう。

 ジェラシーを感じているその姿は愛らしいが、その表現方法が一般女性とかけ離れているせいで俺の体がもたない。

 ……俺の足、無事かなぁ……。

 取りあえず俺は腰のポーチから回復ポーションを取り出した。



 ***************************************



 結局、武器屋で買えたアイスマリーの武器は【鋼の槌】だった。

【鋼の槌】は一般的に考えれば十分上等な武器ではあるものの、アイスマリーにはもっと上等の物の方がスペックを十分に発揮できるだろう。

 しかし、武器屋にある一番良いハンマーが【鋼の槌】だったので仕方がない。

 聞けば最近山に現われた魔物のせいで、鉱石を採掘できず、王国中の鉱石が不足しているらしい。そのせいで武器も限られた物しか作れないとのことだった。

 その後、実際に鉱石屋にも足を運んだが、得意先に卸すのが精一杯で客売り出来る鉱石は一つもないと言われてしまった。

 俺たちは上等なミスリルを求めていたが、ミスリルそのものが無いらしい。

 金に糸目を付けないと言って店主の目の前に金貨を積んで見せても出てこなかったので、恐らく事実なのだろう。

 ……うーん、困ったな。これではこの国に来た意味がない。

 現状では、例え遠くても他の国まで行ってミスリルを手に入れた方がよっぽど効率がいいかもしれないな……。


「マスター。取りあえずこの鋼の槌があればわたしは大丈夫です」

「え?」

「この鋼の槌ならミスリルハンマーを鍛えることが出来ます。自分で作れますよ」

「なんだ、そうなのか。なら話は早いな」

「ええ」


 そう。つまり、その魔物を倒してミスリルを手に入れればいいだけのことだった。

 少し手間だが、自分で採掘すれば上等なミスリルも手に入れることが出来る。鍛冶師のアイスマリーなら鉱石の目利きも出来るだろうし。

 本来ならモンスターを倒して再びミスリルが流通するようになっても、レアなミスリルを使った武器を俺たちのような余所者ために鍛えてくれるには相当な時間がかかると思っていたのだが、アイスマリー本人が鍛えられるなら何の問題もない。


 ――しかし、鋼の槌を背中に背負ったアイスマリーのミスマッチ感がやばい。

 ワンピース姿の小さな女の子が、巨大でごつい槌を背負っている姿は異常。

 でもギャップみがあって謎の魅力がある。

 と、そこで俺はあることを思い出す。


「あ、そうだ。君に渡したい物があったんだ」

「私に、ですか?」


 俺がポケットから取り出し、首を傾げるアイスマリーの前に出したのは赤い紐だ。


「……これは?」

「後ろを向いてくれるか」


 訝しながらもアイスマリーは後ろを向いたので、俺は彼女の髪を赤い紐で結い始める。

 ドールズクリエイトスキルで命を与えてから、彼女はずっとストレートの髪だった。

 しかし元々、彼女の髪型は違う。

 俺はアイスマリーの髪を両側の側頭部をそれぞれ赤い紐でくくり、可愛らしくリボン結びしてやる。

 そして前を向かせた。

 うん、完璧だ。


「やっぱり君にはツインテールが良く似合う」


 これでようやく彼女が完全体になった気がする。

 ちなみにルナはウェーブかかった金髪を大きく二つに結んだ上品なツインテール、アイスマリーは長い髪を腰までストレートで下しつつ、両側の側頭部だけ髪を結んだ部分ツインテール……つまり、ツーサイドアップというやつだ。


「私とご自分の妹の二人ともをツインテールにするなど、マスターの性癖はやばいですね」


 ……確かに考えようによってはそう思わなくもない。

 俺の周りにいる三人の女の子の内の二人がツインテール。

 しかも残りの一人もポニーテール。

 結ばなきゃ気が済まないのかって話だ。

 ………。

 よし。次はストレートの子を作ろう。

 しかし、そこで俺は気付いた。

 アイスマリーの頬がうっすら赤く染まっていることに。

 何だかんだ言っても満更じゃないみたいだ。

 ……やっぱり素直じゃないな。

 そう言ってからかってやろうかとも思ったが、また足を潰されたくないので黙っておいた。

 まあ、喜んでくれたならそれでいいか。


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