第28話『痴妹(ちもうと)誕生』

 俺たちはハイランド王国に向けて北上を続けた。

 移動方法は相変わらず俺の足とエフィの箒だ。

 現在エフィの箒にルナが乗せてもらっており、アイスマリーは俺がおんぶしている状態だった。


 アイスマリーは、力はあるけど走るのが遅い。

 だから俺とエフィで順番に運んでいる。

 基本は俺がおんぶして運び、俺が疲れたらエフィに三人乗りしてもらっていた。

 アイスマリーは小柄なのでそれが出来きる。

 しかし、


「乗り心地の悪い馬ですね。もう少し揺らさず走れないのですか?」


 ……これである。

 ずっと耳元で毒舌が炸裂するので、体力よりも精神力が削られていくスピードの方が速かった……。

 互いの精神が削られては、エフィと俺でアイスマリーを押し付け合っている形である。

 ちなみに真後ろで毒を吐かれ続けてげんなりした表情のエフィから、先程アイスマリーを受け取ったばかりだ。

 だからまだしばらく俺がこの毒を受け続けなければならない。


 ……昔の俺は何を思ってこんな風に作ったんや……。


 まあ、あの時はまさかこの子に命が吹き込まれるとは思いもしなかったのだが……。

 取りあえず俺は反論する。


「十分配慮して走ってるだろ? 贅沢言うなよアイスマリー」

「いっそマスターも空を飛んだらどうですか」

「無茶言うね、キミ」


 俺はため息を吐く。まあ、やってやれないことはないのだが……。

 ――そんな折だった。

 前方からモンスターが現れる。

 木々の向こうから出てきたのはグレイベアという凶暴な熊型のモンスターだ。

 俺は手が塞がっているから、戦うには一旦アイスマリーを降ろさなければならない。

 でも面倒くさいので、ある方法を思い付いた。


「アイスマリー、行ってこい」

「え?」


 今までの鬱憤を晴らすように、アイスマリーをグレイベアに向かって投げつけた。

 さすがというか、アイスマリーは一切悲鳴など上げず、無言でグレイベアまで飛んで行くと、その勢いのままパンチ一発でグレイベアを粉砕した。

 倒すなどという生易しいレベルではない。本当にグレイベアが弾け飛んだ。

 これぞアイスマリーミサイル!

 向こうで着地したアイスマリーを拾うと、再び背に乗せて走る俺だったが、


「……何事もなかったように走らないで下さい」

「ぐええっ!! 首を締めるな!」

「こんな可憐な女の子をあんな凶暴な熊に向かって投げつけますか? 正気を疑いましたよ」

「可憐な女の子って、ははっ、お前が? ……ぐふっ、息が……できない……まじで……」

「マスターが私をどのように思っているのかよく分かりました。とりあえず一回殺します」

「……ブクブク……」


 本気で泡を吹く俺だった。

 多分人類最強の俺を、簡単に締め上げるアイスマリーという女の子には戦慄しかない。

 なんなら首から変な音がしている。

 あと一言言いたいのだが、一回死んだら終わりです。

 取りあえずアイスマリーをミサイルにするのは、ここぞという時以外はやめようと心に誓いながら、俺はまた意識を手離した。



 ***************************************



 その後、俺が気を失ったせいで予定の町まで着くことが出来ず、仕方なく野営することになった。


「ごほっ、さすがにやり過ぎだろ……」


 俺は首をさすりながら恨みがましく呟く。


「マスターが私を物みたいに投げるから悪いのです」


 アイスマリーは自分が悪いと思ってはいるようだが、しかし同時に機嫌も悪かった。

 どうやら俺に投げられたことがそれなりにショックだったらしい。


「……うん、俺も悪かったよ」

「……まあ、私も悪いとは……ごにょごにょ」


 どうも素直にごめんなさいと言うことには抵抗があるようだ。

 まあ、昔の俺がそのように作ったんですけどね。

 だからこそ俺は許してあげなければならない。

 自分が悪いことをしたことは分かっているみたいだし、それならいいか。


「よし、それじゃあ仲直りの印に、何か美味い物でも作るよ。これでも俺は勇者パーティ時代に食事当番の一切を押し付けられ……じゃなかった。任されていたから、料理には自信があるんだ」

「たまにお兄様から笑えない過去が覗き見えるのですが……」

「そんなわけだけら、何か獲物を狩ってくるよ」


 そう言って立ち上がろうとしたのだが、しかし、


「うっ」


 首が痛んでその場に蹲ってしまい、エフィに支えられる。


「ほらっ、無理しないの。マスターは休んでて」

「い、いや、でもそれじゃ今日の夜飯が……」

「大丈夫だって。ルナとアイスマリーが何か獲って来てくれるよ、きっと」


 エフィのそのセリフにルナとアイスマリーが揃ってぽかんとしていた。


「え? なんでわたくしとアイスマリーさんだけ? エフィは行かないのですか?」

「わたしはマスターの看病をしているから」

「いや、ポーションを飲めば治ると思うんだが……」

「ほらほら、マスター無理しないの。今日は冷えるでしょ? わたしが温めてあげるから」


 そう言って抱き着いてくるエフィ。

 ……なるほど、それが狙いか。

 というか抱き着きながら俺の服を脱がそうとするんじゃない。

 俺がガードしたからって今度は自分の服をぬごうとするんじゃないよ。

 そんなエフィを、アイスマリーがむんずと掴み上げる。


「な、なにするのよ!?」

「それはこちらのセリフです。痴女ですかあなたは?」

「わたしはマスターを温めてあげようとしただけだよ!」

「ならその役目は私がやります」


 そう言うと、アイスマリーはエフィをぽいっと投げて自分が俺の胸の中へと入ってくる。


「……ど、どうも」

「あ、ああ……」


 ……照れるならやるなよ。こっちも照れるだろ……。

 そして俺の服を脱がそうとするんじゃない……って、こいつ力が強すぎてまったく振り払えねえ!?


「アイスマリー! どきなさいよ!」

「いやです。マスターを傷つけたのは私です。なら私が看病するのが筋というものでしょう」

「そんな理屈が通るならこれからずっとマスターを傷つけまくらなきゃいけなくなるでしょうが!」


 ゾッとするようなこと言うなよ!? こええよ!?


「お二人とも、お待ちなさい」


 ルナが腕を組んで真面目な顔をしていた。

 おお、いいぞルナ。怒ってやれ。


「年頃の男女がそんなにくっつくのははしたないことですわ。ですので、ここは妹のわたくしが兄を温めて差し上げます」


 うんうん……うん?

 ルナは唖然としているアイスマリーを俺の胸からどかすと、代わりに自分が俺の胸へと入ってくる。


「ど、どうも」

「お、おお」


 兄妹で向かい合う俺たち。

 ……何この状況?


「ちょっとルナ!? そんなのアブノーマルだよ!」

「な、何がアブノーマルなのですか!? わたくしはただ妹として兄にくっついているだけなのです!」

「『妹として兄にくっつく』ことがノーマルなことだとでも? とんだ痴妹ですね」

「やーい、痴妹、痴妹~」

「だ、誰が痴妹ですか!?」


 ちなみに痴妹は「ちもうと」と読む。

 三人は結局俺を放ってぎゃおぎゃおと口ケンカを始めた。

 その間に俺はポーションを取り出して、それを飲んで首の傷を治すと、一人で狩りに出た。

 今日の夕飯何にしよっかなー。

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