第21話『エフィの憂鬱。新しい人形の影』

 目的地であるターザン村に近付いてきた時のことだ。

 いくつかの町や村を経由し、ターザン村に近付いていくにつれてどうもエフィの元気が無くなっていくのである。

 ターザン村の一歩手前のガリアの町に着いた時、とうとうエフィは何も喋らなくなってしまった。

 もちろん心配した俺は、彼女に声を掛けた。


「なあ、エフィどうしたんだ? ここのところ元気ないじゃないか。どこか悪いのか?」


 カフェで休ませながら俺がそう訊くと、エフィは下を向いたままふるふると首を振る。

 ピンク色のポニーテールが揺れるのを見つめながら、俺はもう一度優しく聞き直す。


「じゃあ、どうしたんだよ?」

「そ、そうですわよ。いつも元気なエフィらしくありませんわ。わたくしに出来ることがあれば何でもやりますから……」


 どうやらルナもエフィの様子が不安だったようだ。

 本気で心配しているのか、泣きそうな顔になっている。

 しかしその甲斐あってか、エフィがちらりと上目づかいで俺の方を見てくる。


「ねえ、マスター……どうしてもターザン村に行かなきゃダメ?」

「え?」


 思わず聞き返すと、エフィが探るように訊いてくる。


「……新しい人形の子はどうしても必要? わたしとルナがいればそれでよくない?」


 そのように言われて、ようやく彼女が何を言いたいのかが分かった。

 それに元気が無かった理由も。


「……エフィ、前にも言ったと思うが、その子はずっと土の中で眠ってるんだ。君だってずっと土の中にいるのはイヤだろう?」

「……うん、いやだ」

「だったらやっぱり掘り出してあげないとな」


 俺がそのように答えると、エフィの瞳に涙が溜まっていく。

 その様を見て俺はギョッとなった。


「エ、エフィ! どうして泣くんだよ!?」

「お兄様は女心が分からなさ過ぎですわ……」


 そのセリフは前世からまったくモテたことがない俺のハートにぐさりと刺さる。


「……ちょ、ちょっと待て。エフィの元気が無かった理由って、新しい人形が増えて自分が蔑ろにされないか不安になったからだろう?」

「お兄様……」


 ルナが呆れた目を向けてくる。なんでや!

 益々慌てるしかない俺に向かって、エフィが恐る恐る訊ねてくる。


「……新しい子が来ても、マスターはわたしのことを捨てたりしない?」

「す、捨てるはずないだろ!? 俺は君のことが大事なんだぞ!?」


 それは心からの言葉だ。

 それが伝わったのか、嬉しそうな表情になってくれるエフィ。

 ――しかし、まだ不安そうな目をしている。

 その理由は次のセリフで分かった。


「あ、あのさ……その子が来ても、まだわたしのこと可愛いって思ってくれる?」


 その言葉こそが多分、エフィが一番聞きたかったことなのだろう。

 こちらを見ている彼女の瞳は不安そうに揺れていた。

 ………。

 ああ、なるほど。エフィはそこが一番怖かったわけか。女として、新しい子に負けてしまうことが……。

 今頃分かったのかと言わんばかりにルナが睨んでくるが、それを振り切って俺はエフィに答える。


「当たり前だよ。新しい人形が増えても、俺は君のことをずっと可愛いって思い続ける。なんたって君は俺の理想が詰め込まれた美少女なんだからな」


 ハーフエルフの少し長い耳が嬉しそうにピコッと動くが、それでもまだ探るように訊いてくる。


「……その子の方が可愛くても?」

「あのなあ、お前は最近作ったばかりなんだ。ということは、今の俺の理想が具現化した女の子がお前なんだぞ? 俺の言っていることが分かるか?」

「……うん」


 エフィは頷くと、嬉しそうに紅茶のカップを手に取って口元に運んだ。


「……そっか」


 本人はカップで口元のニヤケを隠しているようだが、目元が緩んでいるので隠しきれていない。耳もピコピコ動いている。

 ……なんだこいつ、可愛いな。

 俺が作っておいてなんだが、俺の理想が具現化したっていうのは伊達じゃねえわ。


「よかったですわね、エフィ」

「うんっ。ルナ、ありがとうね?」


 しかしこいつら、いつの間にかかなり仲良くなっているな。

 ケンカすることも多いが、根っこの部分では俺が思っている以上に信頼し合っているようだ。

 ……出来れば新しい子とも仲良くしてくれると嬉しいんだけどね。



 **************************************



 カフェから出ると、俺は二人に提案する。


「さて、今日はこの町で宿を取ろうと思う」


 俺がそう言うと、二人はきょとんとした。


「え? 今日中にターザン村まで行くんじゃなかったの?」

「そのつもりだったけど、予定変更だ。……さっきカフェで他の客がしていた話を聞いたか?」

「この町の東に盗賊が現れた、という話ですか?」

「ああ、その話だ」


 俺たちが新しい人形のことを話している時に、カフェの中はその話題で持ちきりだった。

 どうやら町の東の鉱山跡に『ゲール大盗賊団』とかいう連中が巣食ったらしい。

 その名前は少し前に耳にしたことがある。エルダーの町に襲ってきた盗賊が出していた名前だ。

 あいつらをぶっ飛ばす時に、その名前を盾にしようとしていたくらいだから、きっと大きな盗賊団なのだろう。

 実際、先程カフェで聞き耳を立てていた限りでは相当ヤバい連中のようだった。

 国の中枢にいた俺がその名を知らなかった理由は、どうやらその『ゲール大盗賊団』とかいう連中は、最近になってこのグルニア王国内に入って来たばかりらしい。

 本来盗賊は国が乱れていた方が仕事をやりやすいはずだが、しかし、彼らが根城にしていたアルフォニア帝国領内はそれ以上にモンスターの侵攻が激しくなってきたため、この国に避難して来たとのことだった。

 で、避難ついでにいただく物はいただいていこうという腹積もりなのだろう。この国の者にとっては迷惑以外のなにものでもない。


「さすがお兄様です。何だかんだ言って、この町の人々のために戦うおつもりなのですね?」


 ルナが尊敬の眼差しを向けてくるが、


「は? なんでそんなことしなきゃいけないんだよ」

「へ?」


 ぽかんと口を開けるルナ。


「え? 盗賊を倒さないのですか?」

「いや、倒すよ」

「はい?」


 混乱するルナに俺はこのように答える。


「路銀が乏しくなってきたからな」


 そのセリフで、俺の言いたいことを分かってくれたのはエフィだった。


「あー、なるほど。つまり盗賊から路銀を調達するわけね。さっすがマスター! 盗賊という害悪も消えるし、それなら一石二鳥だね!」


 そう言ってニヤリと笑うエフィ。

 彼女こそさすがだ。盗賊から金品を盗っても、どこからも文句は出ないことを一瞬にして見抜くとは……。

 俺もニヤリと笑う。

 一方でルナがジト目になっていた。


「……お二人とも、物凄く悪い顔をしていますわよ? というか先程のエフィの心配が杞憂になるくらい気が合いまくりじゃないですか……」


 呆れ気味のルナを他所に、エフィは俺に向かって「えへっ」と笑った。

 その笑顔がめちゃくちゃ可愛かったことは言うまでもない。

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