第20話『エルダーの町の出来事 ‐離‐』
宿の外に出ると、辺りは騒然としていた。
先程まで微かに聞こえていた悲鳴や怒号などがハッキリと聞こえる。
それでもまだ盗賊のいるところまでは距離がありそうだが……。
俺は町の人々が逃げてきている方向を見る。そちらに盗賊がいるのだろう。
しかし、人々は俺の存在に気付くと一様に足を止める。
そして、さっき宿にいた者たちと同じ、期待するような眼差しをこちらに向けてきた。
……まったく面倒くさい。
昨日あれだけ人をバカにするような態度を取っておいて、まさかその俺に対して助けを求めているのではないだろうな?
そういう思いを込めて、俺は辺りをじろりと睨み付ける。
すると自分たちのしたことを分かっているのか、そいつらは一斉に視線を逸らした。
宿に来た奴らのような厚顔無恥な連中とまではいかないが、自業自得であることに違いはない。
――なんで人を傷つけるような奴らのために命を賭けてやらねばならない?
なんなら、いっそ盗賊側に回ってもいいくらいだ。
今のところ、盗賊とこの町の住人のどちらにヘイトがあるかと言ったら、間違いなく後者だぞ。何の縁もない盗賊よりも、俺に対し敵意を向けてきた者たちの方が、俺にとっては敵と言える。
それでもどうにかして欲しいと思ったのか、土下座してこようとした奴がいたが、俺は圧を掛けてそれを止めさせた。……させねえよ。
俺の本気の睨みを受けたその男は、悲鳴を上げることも出来ずにその場に倒れた。
情を訴える相手が違うんじゃねえのか?
いくらなんでも虫が良すぎだろ。
もう一度辺りを睨み付けると、それで何か言って来ようとする者は一人もいなくなった。
「行くぞ」
俺はエフィとルナを伴ってこの町の出口に向かって歩き出す。
「……お兄様、よろしいのですか?」
「いいんだよ」
ルナの言葉に短く答える俺。
あー、ムカツク。
なんで俺がこんな思いをしなくてはいけないんだ?
……早くこの国を出て、誰も俺の顔を知らない場所まで行こう。
もはや俺のやって来たことは、罪であり毒だ。俺や、妹のルナにとっての……。
そう思い、足を速める。
しかし進むにつれて、悲鳴や喧騒が大きくなってくる。
チッ、こっちの方に盗賊がいるのかよ。まったく面倒だな……。
だが、俺が盗賊から逃げなければいけない理由もない。
悪いことをしているのは向こうの方だ。
だったら、こちらが道を譲るのも業腹というものである。
だから、このまま進もう。
――しかし案の定、やがてそいつらは俺たちの前に姿を現した。
街の人々を追いたてながら街角から出てきたのは、粗野な恰好をした男たち。
非統一な恰好をした汚らしい男たちが、それぞれ思い思いの武器を持ち、一様に卑下た目で町を蹂躙していく。
全員ではないが、数人が馬に乗っている。
「うわー、いかにもって感じだね」
エフィがげんなりと言ったが、
「気にせず行くぞ」
俺は我関せず、二人を連れて出口に向かうだけだ。
――しかし、俺たちは目立つ。
元貴族の上、勇者パーティの一員だっただけに、俺が身に付けている物は装備を含め上等なものばかり。
しかも側にいるのは絶世の美少女が二人。
これで目を引かないわけがない。
自然と盗賊たちの視線がこちらに集まる。
ヒュウと口笛を鳴らす者がいた。彼らの視線は俺の横にいるルナとエフィに釘づけだ。
……ああ、面倒くさい予感。
「おい、待て。そこの優男」
首領っぽい男が、馬の蹄を鳴らして俺たちの前まで廻り込んで来る。
気付けば盗賊たちに囲まれていた。
「よお兄ちゃん。俺たち盗賊様がいるのに呑気にお散歩かい?」
首領のセリフで彼の部下たちから嘲笑が巻き上がる。
「ところで兄ちゃん、いい女連れてるじゃねえか」
首領の値踏みするような視線に、ルナとエフィが居心地悪そうに身を捩る。
ため息を吐く俺に向かって、首領の男は続けて言ってくる。
「おい、兄ちゃん。その女たちを置いていけ。そうしたら兄ちゃんの命だけは助けてやるぜえ? まあもっとも、その女どもの身は保証しないがなあ」
そのセリフに彼の部下たちから下品な笑い声が上がった。
「かしらぁ、そんなこと言うから女たちが怖がっているじゃないですか!」
「きみたちー、身を保証しないって何も殺そうってことじゃないんだよー?」
「そうそう。ちょっと服を脱いでもらって色々やらせてもらうだけだぜ」
「もしかしたら壊れちゃうかもしれないが、そこはまあ壊れないように頑張ってくれや」
「心も体も、なんてな」
そこでまた下品にぐへぐへ笑う盗賊たち。
しかし、今の一連のセリフは俺の怒りを買うのに十分だった。
「……今なんて言った? 俺の女たちを犯して甚振ると、そう言ったのか?」
「ああ、そうだぜ。お前は早くどこへでも……」
「だったら死ね」
俺は飛び上がって馬上の首領を蹴り飛ばす。
首領は凄い速度で吹っ飛んでいって、遠くの小屋の壁を突き破り、小屋はその衝撃で崩れ落ち、首領の姿はその下へと消えた。
ちなみに首領が乗っていたお馬さんは無傷である。俺、動物は好きだから。
一方で首領を失った盗賊たちは揃って唖然としていた。
何が起きたか分からないという顔をしている。
俺が一歩踏み出すと、ハッと我に返った副首領っぽい男が言ってくる。
「お、お前、俺たちが誰だか分かっているのか!? 俺たちゃ、あの悪名高い『ゲール大盗賊団』傘下の『バイアス盗賊団』……」
「へえ。じゃあ死ね」
副首領も同じように蹴飛ばしてやる。
首領とは反対方向にあった建物にぶつかって、副首領もまた瓦礫の下に消えていく。
残りの者たちは指導者を失い、完全に狼狽えていた。
目の前にいた奴が言ってくる。
「お、お前、こんなことしてゲール大盗賊団が黙っていないぞ!?」
取りあえずそいつも蹴飛ばしてやった。
また建物を壊してその瓦礫の中に消えて行く。
「う、うわあああああああああああああっ!!」
混乱した盗賊たちが襲いかかってきたが、もちろん俺の敵ではない。
取りあえずまとめてぶっ飛ばしていく。
逃げようとする者たちもいたが、もちろん逃がさない。
「俺の女をどうするんだけ? ひいひい言わせるんだっけ?」
ぶっ飛ばす。
「それでどうするんだっけ? 壊すんだっけ?」
またぶっ飛ばす。
「ひいいいっ! 悪かった! 悪かったから!」
「上辺だけ謝られてもムカツクだけなんだよ。なんだっけ? 壊れないように頑張りな、だっけ? じゃあせいぜい壊れないように頑張るんだな!」
土下座している顔を蹴飛ばされ、消えていく盗賊。
取りあえず俺は鬱憤を晴らすように盗賊たちをぶっ飛ばしまくった。
盗賊が一人残らずいなくなった頃、辺りは倒壊した建物で溢れていた。
「……あー、多少はすっきりした」
俺は息を吐きながら言った。
胸の内に抱えていたモヤモヤが少しは消えてくれた。
一方、ルナとエフィは顔を引き攣らせている。
「……盗賊も街もめちゃくちゃですわ……」
「わたしが町にドラグニアスマインを放つのと、結果的に変わらなくない……?」
彼女たちが言う通り、盗賊たちを思い切り吹っ飛ばしたので辺りの建物は全部無くなっている。
実はそれも気分がスッとした理由の一つだったりする。
「まあ町の人は結果的に無傷だったし、別にいいだろ、これくらい」
「お、お兄様が悪魔になってしまいましたわ……」
そう言いながらも、何だか嬉しそうな顔のルナ。
ちなみに近くにいた町の男に目を向けると、「ひっ!?」と短い声を出して怖がられた。
他の人々も揃って怯えたような目をこちらに向けながらも、俺と目が合うと皆が視線を逸らしていく。
「あははっ、完全に嫌われてやんの」
エフィはそう言いながらも楽しそうだった。
二人が楽しんでくれたようで何より。
俺のストレスも解消されたし、盗賊様様だ。
「それじゃ、行くか」
俺は改めて町の出口に向かって歩き出す。
その道中、エフィが意地の悪そうな表情で言ってくる。
「マスターって、本当に甘いよねえ」
「……何がだ?」
「またまた~、分かってるくせに~。ね、ルナ?」
「ふふっ、本当ですわね。でも――」
ルナは俺の左手に抱き着いて来て、
「ルナはそんなお兄様が大好きですわ」
俺の顔を覗き込んで来るルナ。
何だか照れ臭かったので顔を逸らすと、今度は反対側からエフィが覗き込んで来る。
「わたしも大好き~」
……結果的に前を向くしかなくなった。
「あははっ、珍しい。マスター、照れてやんの」
「ふふっ、ですわね」
俺は益々憮然とするしかなかったが、しかし、一転してルナが挙動不審になり、モジモジしながら訊いてくる。
「お、お兄様? 先程『俺の女たち』って仰いましたけど、それってわたくしのことも……」
「え? ああ、お前は俺の妹なんだから『俺の女』で間違っていないだろ?」
「………へー、そういうオチですか」
急に妹の声のトーンが低くなる。
その後、昼くらいまでルナは口を利いてくれなかった。
……なんで?
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