第19話『エルダーの町の出来事 ‐急‐』
次の日の朝、俺がルナとエフィの部屋のドアをノックすると、出てきたのは眠そうな顔をしたエフィだった。
「ふぁい……なんだ、マスターか」
エフィはシャツ一枚という際どい格好をしていた。
脚の付け根がギリギリ見えるか見えないかのライン……。
本当にこの子は俺のツボを的確に付いてくる。
さすが俺が作った子。
この子を作った俺が怖い! 結局自画自賛だった。
「こんな朝早くにどうしたの? 朝這い? いいよ。わたしのベッドに行こう」
半分寝ぼけているエフィに連れられて俺は部屋の中へと入れられるが、それに気付いたルナが慌てて布団を体に巻きつけていた。「お兄様!? だ、だめです! わたくし、寝る時は裸なんですから!」とか叫んでいるが、別に妹の体を見ても何も思わねえよ。
「落ち着け二人とも。もう少ししたら宿を出るから、準備しろと伝えに来ただけだ」
そう言うと、二人揃ってきょとんとした顔になる。
「ふぇ……? まだ日が上ってもいないのに、もう出るの?」
「ああ。次の町まで少し距離があるから。なるべく早く出発したいんだ。それに……こんな町、とっとと出たいだろう?」
俺がそう言うと、二人は顔を見合わせてから頷いてくれる。
「そうだね。分かった。すぐに準備するよ」
「わたくしも分かりましたわ、お兄様。だから……」
早く出て行ってくださいませ。顔を真っ赤にしたルナの目はそう語っていた。
真っ赤な顔で目を潤ませつつ、布団で体を隠しているルナ。
そんな感じで反応されると、逆に妙な気分になってしまう……。
そんな俺に対し、エフィがそっと耳打ちしてくる。
「マスター? やっぱり出発を遅らせて、今からわたしとルナと一緒の布団で寝る?」
こいつは何て危ない発言をしてくるんだ!
でも、エフィが変な事言うから妙にルナが色っぽく見えてきた……。
肩から上のライン、特に鎖骨辺りが……。
バカヤロウ! あれは妹だ!
俺は自分の腹に手を当てると、
「ファイアボール!」
自分の腹に思い切り魔法を叩きこんだ。
ゼロ距離からの魔法――凄まじい衝撃が体を襲い、俺は部屋の外へと吹き飛ばされる。
「がはっ!」
壁に激突して止まった。
「マ、マスター!? 大丈夫!?」
エフィがびっくりして駆け寄ってくる。
「あ、ああ、大丈夫だよ……」
「な、なんで自分に攻撃魔法を撃ったの?」
「……き、気にしないでくれ。自分に対する戒めのようなものだから……」
「そ、そう?」
あからさまに引き攣った顔のエフィ。
まさか彼女にドン引きされる日が来ようとは……。
俺はずきずきと痛む腹をさすりながら立ち上がり、出立の準備をするため自分の部屋へと戻って行った。
***************************************
準備と言っても着替えて荷物をまとめるだけだったので、手早く準備を終えた俺は、女子二人を部屋の外で待つことになった。
……前世の時からよく耳にしていたが、どうして女の子っていうのはこうも準備に時間がかかるのだろうか?
男が女を待つのは世界が変わっても同じことらしい。
そう言えば勇者パーティにいた時も、よくアレクと一緒にセレナとリエルの準備が終わるのを待っていたっけ?
アレクと二人きりの時間は気まずいのなんのって……。
そうやって苦い思い出に顔を顰めながらルナたちを待っていると、宿の外から喧騒が聞こえてくる。
――これは悲鳴か……?
俺が訝しく思っていると、階下から誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。
現れたのは数人の男女。
彼らの顔は一様にかなり慌てている。
「あ、ネ、ネルさん! 大変なんだ!」
その先頭にいたのはこの宿の主だ。
彼は俺を見つけるや否や、そのように言って駆け寄って来る。
……昨日の態度が嘘のような気軽さだな。
俺が半ば呆れていると、主はこのように叫んだ。
「と、盗賊だ! 盗賊が現れたんだ!」
……盗賊?
俺は眉を顰めながらも耳に神経を集中させる。
馬の蹄の音に粗野な男の叫び声。それらが悲鳴に混じって聞こえてくる。
……なるほど。確かに盗賊のようだ。
「な、なにをちんたらやってるんだ! とっとと盗賊を退治してきてくれよ!」
主の後ろにいた男にいきなりそんなことを言われた。
……は? ……なんだ、その言い方?
「早く!」
「こうしている間にも町が大変な目に合うだろうが!?」
「さっさと動けよ、このノロマが!!」
まるで俺を責めるかのように、吐き捨てられた雑言の数々。
そのあんまりな言いように、俺は開いた口が塞がらなかった。
どのように答えようか悩んでいると、後ろから声がかかる。
「マスター。行かなくていいよ」
その声に振り返ると、エフィとルナが部屋から出てくるところだった。
今のセリフはエフィのものだったが、彼女のその顔は無表情。
しかしそんなエフィに対し、宿の主が詰め寄る。
「い、行かなくっていいって……キミねえ、これは遊びじゃないんだよ!?」
「だから?」
無表情のまま訊き返すエフィに主がたじろぐ。
エフィに話をしても仕方がないと思ったのか、主は再び俺の方を向くと、
「ネルさん、早く行ってくれよ! このままじゃこの町の金品を盗賊がみんな取り上げていっちまう!」
……まあそうかもしれないな。
俺は昨日、この町の騎士や守護兵などをそれとなく見ていたが、かなり練度が低いように見えた。
前に勇者パーティとして訪れた時はそうは見えなかったが、恐らくその時は表面上だけ取り繕っていたのだろう。
さらに、この町の者たちがしていた噂では、俺たち勇者パーティが魔獣王ダルタニアンを倒したという名目で、騎士たちは連日盛大な祝宴を上げているらしい。
もしそれが本当だったら、討伐隊を編成するだけでも相当な時間がかかることだろう。
しかも、それを見越して盗賊が攻めてきているのだとしたら、最悪正規兵が盗賊に負けるなんてことも有り得る。
つまり、今この町は詰んでいると言っていい。
しかし、それでも動かない俺に対し、ここまで詰めかけてきた町の人々は遂にキレる。
「何やってんだよあんた! あんたそんなでも勇者パーティの一員だろうが!?」
「ふざけんなよ! さっさと行けよ!」
「こうしている間にも町は襲われているのよ! どう責任取ってくれるのよ!?」
それら心無い言葉に反応したのはエフィだった。
「いい加減黙れ」
彼女は俺にも止められない速度で魔法を構築すると、手の平に炎の球を浮かび上がらせる。
そのあまりに冷たい声と目に、ここにいる全員が息を飲んでいた。
「……ふざけてるのはあんたたちの方でしょう? あんたたち、昨日、自分らがマスターに何をしたか覚えていないの?」
エフィは一人一人、ゆっくりと睨んでいく。
「散々無視した挙げ句、まるで厄介者のように扱ってくれたわよねえ? 早く出て行けとばかりに睨んでくれたわよねえ? それで『助けろ』だって? 何様なのあんたら?」
「し、しかしそれは、ネル……さんの噂があまりにも酷いものだったから……」
「黙りなって。その件は王都で散々やってきたから、こっちはもう飽き飽きしてるの。もうお腹いっぱいなの。結局あんたたちは単なる噂に踊らされて、何も悪くないマスターに嫌がらせしていただけなの。みんながしているから、自分もいじめていいやって軽いノリでね。お分かり?」
その言葉に町の人々は顔を見合わせるが、エフィが続ける。
「ちなみにわたしたちは自分勝手な勇者も王様もぶっ飛ばしてきたし、城も半分壊してきたから。わたしたち、もうこの国とは何の関係もないんだよね。つまり、あんたたちを助ける義理もないってわけ。そこんとこよろしく」
そのセリフに唖然とする人々だったが、エフィはそんなことお構いなしに、魔法を使っていない方の手でこの宿の店主の胸倉を掴むと、壁に叩き付ける。
そして、咳き込む主に向かって言う。
「そういえば、あんたはマスターの足元を見て料金のぼったくりまでしてくれたわよねえ? それで『助けろ』なんてよく言えたもんだね? むしろここで殺してあげようか? ん?」
エフィはそう言うと、右手に浮かべた炎の球を主の顔に近付けていく。
「ひいい……やめてくれえ。か、金は返すから……」
エフィの奴、随分と溜まってたんだな……。本気で店主のこと殺しそうな顔をしている。
「エフィ。もういいよ」
「でもマスター。どうせ盗賊に殺されるなら、わたしが殺しても同じくない? その方がわたしたちの溜飲も下がるしいいと思うよ?」
無邪気な顔でさも名案とばかりに提案してくるんじゃないよ……。
それに『わたしたち』じゃなくてお前のだろ……。
「あ、そうだ! どうせならここにいる全員殺そう!」
さらにいいこと思い付いたと言わんばかりに顔を輝かせるエフィを、本当にどうにかしなければならないと思いました。
ちなみにエフィのセリフに、ここにいる者たちは一斉に顔を青ざめさせている。どうやら彼らもこの子なら本気でやりかねないと判断したようだ。
でも、いい加減ここでのやり取りにも飽きてきたので、俺はエフィのファイアボールに手を突っ込むと、その魔力を散らして消し去った。
「あー! 何するのよマスター!?」
「いいから。もう行くぞ」
俺はエフィの首根っこを掴むと引きずり始める。
「またこんな扱い~」とか言いながらも、エフィは既に目をトロンとさせている。アブネエよこいつ。半分首が絞まっているのを楽しんでやがる。
俺が進み始めると、周りの者たちは慌てて道を開ける。
しかし、その顔はまだ納得がいっていない顔をしていた。
そんな彼らに向かってエフィは再び鋭い視線で言い放つ。
「ねえ、まだ自分たちがマスターに救われるのが当たり前だとでも思ってんの? だったらその傲慢な思いごと死ねば?」
その言葉に言い返せる者はいなかった。
ただ、後ろからはまだ俺に期待するような雰囲気が伝わってくる。
「それでもネル・アルフォンスなら何だかんだ言ってなんとかしてくれるのではないか」……そんな思いがひしひしと伝わってくる。
あれだけ人をバカにしておいて、あれだけエフィに罵倒されて、それでどうしてまだそのように考えられるんだ?
そのあまりに自分本位で甘すぎる考えに、俺は反吐が出る思いだった。
あまりにも傲慢でつけあがった考えに、怒りすら湧き上がる。
エフィが言ったように、彼らはいつの間にか『助けられること』が当たり前だと思うようになっていたのだ。
……やはり、俺がやってきたことは間違いだったのだろうか?
もう何度考えたか分からないその問答に……何も考えず人を助けようとしていた頃の自分に、無性に腹が立つ。
事実、そのせいで俺はルナを危機に陥れてしまったのだ。
そのように考えつつも、怒気を押し殺して俺は一歩一歩階段を下った。
階段を下りながら、俺はエフィの頭を逆の手で撫でてやる。
引きずられながら頭を撫でられて首を傾げるエフィ。
エフィは何も分かっていないようだが、俺は彼女に感謝していた。
だって彼女が言ってくれた言葉は、全て俺の言いたいことを代弁してくれただけなのだから。
もしエフィがキレてくれなかったら、俺が彼らにキレていただろう。
そうすれば多分、ここはもっと酷い惨状になっていた。
エフィを止めたのは、単に彼女にむやみに人を殺して欲しくなかっただけだ。
そう……俺は実際、あんな奴らのことなんかもうどうでもよかった。
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