第16話『旅立ち。新たなドールズを求めて』

 城から出た俺たちは、取りあえず家に向かってメインストリートを歩いていく。

 俺の姿を見た途端、城下の人々は取り巻くようにひそひそ話を始めた。

 しかし、いつものように嫌悪を出すような感じではなく、どちらかと言うと恐れた目を向けてきている。

 彼らの目にも城が半分瓦解したのは見えていたのだろう。

 実際、後ろにある城は以前の威容を讃えているとは言い難い。右半分がきれいさっぱり無くなっているからな。

 一方で、遠巻きに俺たちを眺めてひそひそ話をしている民たちに、不愉快そうに眉を顰めているのはエフィだ。


「ねえマスター。ドールズトランスファで《魔力》を供給してくれる? もう一度ドラゴニアスマインを放つから」

「やめてくれる?」


 俺は優しく却下した。


「でも、うざいなぁ。あいつら、マスターが城で悪いことをしてきたって思ってる顔だよ?」

「まあ、実際やらかしてきたわけだしな」

「でもマスターが悪いことをしたわけじゃないじゃん」


 どうもエフィは俺が不当に扱われていることが納得いかないようだ。


「分かったよ。だったら俺が何とかする」

「え? なんとかってどうするの?」

「こうするんだよ」


 俺はそう言うと、大きく息を吸い込み、魔力を使って国中に響くような大声で叫ぶ。


「国民たちよ、聞け! この国には俺――ネル・アルフォンスに対する様々な悪評が流れていたと思う。しかし、それらは全て俺のことを気に入らない勇者アレクとそれに連なる貴族たちがでっち上げた嘘に過ぎない! 特に俺が夜な夜な娘をかどわかしていたという件だが、それも全部青年貴族たちの仕業だ。嘘だと思うなら実際に攫われた娘たちに訊いてみるがいい! その娘たちは俺が救い出し、それぞれの家に帰してある。何を信じるかは全てお前たち次第だが、俺はもうこの国に愛想が尽きた。だからこの国を出て行く。俺を信じられない、俺をこの国から生かして出したくないと言う奴はいくらでもかかってこい! 一人が怖ければ国の全員でかかってきてもいい。しかしその時はこの国を滅ぼしてやるから覚悟しておけ! 分かったな!!」


 俺はこれまでの鬱憤を晴らすように叫んだ。

 すると辺りにいた者たちは今しがたの大声に顔を顰めつつも、俺の言ったことの内容に茫然としていた。

 皆、混乱に思考が追い付いていない感じだ。

 しかし、少なくても先程までの無遠慮な視線は無くなった。

 そんな彼らを眺めつつ、俺はエフィに訊く。


「これでいいか?」

「……うーん、何ていうか……」

「何だよ?」

「マスターって、何だかんだ言って甘いよね?」

「……そうか?」

「そうだよ」


 だけどそう言いながらもエフィは笑って俺の右腕に抱き着いてくる。


「ルナもそう思います」


 ルナまで左腕に抱き着いてきた。

 だが、彼女には謝らなければならない。


「ごめんなルナ? 俺のせいでこの国から出て行くことになって……」

「いいのではないですか? お兄様はもう十分、お釣りがくるくらい他人のために戦いました。これからは自由に生きて下さいませ」


 ルナはそう言って優しい笑顔を向けてくる。

 本当に出来た妹だ。俺は一生彼女に頭が上がらない気がする。


「でもさ、これからどうするの?」


 エフィが訊いてくる。


「うーん、実はまだ特に考えていないんだよなぁ」


 俺がそう答えると、


「あ、そうだ。いいこと考えた!」


 エフィがいい顔でそう言うが……何だろう? 嫌な予感しかしないんだけど……。


「今回のことで、マスターなら国を乗っ取ることも簡単だって証明されたわけだよね? いっそのこと、どこか他の国で王様でもやる? そしたらわたしが王妃様になれるし。うふっ、それありかも」


 ……それってつまり、遠回しにどこかの国を滅ぼせって言っているんだよね?

 なんでそんな楽しそうな顔で、そんな怖いこと言えるのこの子……?

 どうにかしてエフィを作り直すことは出来ないか考えていると、ルナがエフィに反論する。


「ダ、ダメです! エフィだけお兄様のお妃様になれるなんて……その、ずるいです!」


 拗ねたように言うルナだったが、エフィがこう答える。


「考えてみてよ。マスターが王様になれば、ルナだって王女さまになれるんだよ?」

「………」


 エフィのその言葉に満更でもない顔で黙り込んでしまった。……おいルナ。しっかりしろ。

 しかしルナは首を振ると、


「わたくしも王妃様の方がいいんです!」


 ……そういう問題なの?

 赤い顔で俺をチラチラ見て来るルナ。

 ……どういった答えを期待しているんだ。


「悪いがその話は却下だ」


 俺がそう言うと、二人はあからさまにがっかりした顔をした。

 ……どれだけお妃様になりたかったのだろうか、こいつら?


「それじゃあ、これからどうするの? ま、わたしはマスターと一緒なら何でもいいけどね」


 あっけらかんと言うエフィに、ルナも慌てて、


「わ、わたくしも! わたくしもお兄様と一緒ならどこへでも行きます。例え火の中水の中!」


 火の中とか水の中とかに行くつもりはないが……エフィが生まれてからルナの甘えが加速したような気がする。


「何をするかはまだ決めてないが、取りあえず真っ先に行きたい場所はある」

「え、どこ?」

「どこですか?」


 そのように訊いてくる二人に、俺は答える。


「実は、この国の北――ターザン村というところに、昔俺が作った人形を一体埋めてあるんだ。俺はその子を掘り起こしに行ってあげたい」


 それは以前、アレクに見せたことがある人形だ。

 アレクにバカにされ、嫌な噂が流れ始めたことから遠い場所に隠したのだ。

 ――きっとその子も俺たちの力になってくれるだろう。

 俺はその子にもドールズクリエイトスキルで命を与えるつもりだった。


「……その子、可愛い?」


 エフィが探るように訊いてくる。


「ああ、可愛いぞ」

「だったら却下」

「なんでだよ!?」


 狼狽える俺を他所に、エフィがルナに話を振る。


「ね、ルナ。ルナもこれ以上人形が増えるのは反対だよね?」

「……そうですわね。ヤバい人形はエフィだけで十分ですわ」

「それどういう意味!?」


 どうやらエフィにとってもヤブヘビだったみたいだ。

 しかし、ヤバい人形とは酷いな。

 さすがにエフィほどヤバい人形ではないはずだ。……多分。……きっと。

 確かあの子にも俺の理想をこれでもかと言うくらいに詰め込んだはずだが、一体どんな理想を詰め込んだっけなー?

 ……ちょっと不安になってきた。

 でも、あのまま眠らせておくのは可哀想だし……。

 やはり掘り起こしに行くのは確定かな。


「こら待て、ルナ!」

「ふふん、わたくしのスピードに付いて来られますか?」


 既に二人は俺のことなんか忘れて楽しそうに追いかけっこしていた。


「だったらこれでどうだ!」

「あ! 箒に乗るのは卑怯ですわよエフィ!?」


 しかしその鬼ごっこが段々とガチになってきていたので、俺は二人を止めるために走り出す。

 おいこらエフィ。魔法で弱らせてからルナを捕まえようとするんじゃない!

 取りあえず俺はエフィを撃墜するために魔法の詠唱を開始するのだった。



                               第一章 完

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