第17話『エルダーの町の出来事 ‐序‐』
「ひいっ、こ、怖い……! エフィ、もっとスピードを落として飛んでくださいませ!」
エフィの箒に乗っているルナが悲鳴を上げた。
「え~。スピード落としたら町に着くの夜になっちゃうじゃん」
「そ、そんなこと言われたって、怖いものは怖いのです!」
グルニア城下を出た俺たちは、グルニア城から最も近いエルダーの町に向かっている。
エフィとルナは仲良くランデブーしているが、俺は自分の足で走っていた。
エルダーの町はグルニア城から馬車で一日の距離にあるので、このペースなら夕方前には着くだろう。
それだけのスピードで走れる自分が怖い……。前世の俺が見たらどう思うだろうか?
ちなみに勇者パーティにいた頃は、アレクが「勇者パーティがそんなダサいこと出来るかよ」と言って馬車でしか移動しなかったので、自分の足で走って旅をするのは初めてだったりする。
そう言えば、その馬車の御者をやらされていたのはいつも俺だったな……。その間アレクは馬車の中で女二人とイチャついていた。
思い出したらまたむかむかしてきた。やっぱり殺して来ればよかったかも……。
そんな益体のないことを考えながら走っていると、上空でルナとエフィが未だに言い合いをしていた。
「だから、スピードを落として下さいって!」
「はい、ムリ~。というか、わたしだってマスターを乗せて二人で飛びたいのを我慢しているんだから、我儘言わないの」
「そんなこと言ったら、わたくしだってお兄様と一緒に飛びたいです!」
「ルナはマジックブルームを扱えないでしょ?」
「………」
ぐうの音も出ないルナ。
マックブルームは魔力さえあれば扱うことが出来るが、慣れが必要だ。
要は自転車と同じ。
ただし、難易度は自転車などよりマジックブルームの方が段違いで難しく、一種の才能が必要になってくるので、魔法使いの中でもマジックブルームに乗れる者はかなり少ない。
特にルナは、魔力はあるが剣を主体として戦うスタイルなのでマジックブルームを必要とせず、練習さえしたことがない。だから自分で飛ぶことが出来ないのである。
そんなルナがぼそりと不穏なことを呟く。
「……おしっこを漏らしたらエフィのせいですからね」
「え? ちょ、ちょっとやめてよ!? この箒、マスターに買ってもらったばかりの新品なんだからね!?」
さすがのエフィも焦っていた。というかエフィの焦る顔を始めてみたかもしれない……。
……妹よ、十四にもなっておしっこを漏らしたらお兄ちゃんは悲しいよ……。なんなら妹がそんなセリフを吐いた時点で悲しいよ……。
結局、妥協したエフィが速度を落としたことで事なきを得たのだった。
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あれからスピードを落としつつもずっと走り続けた結果、何とか日が落ちる前にエルダーの町に着いた。
よかった……ルナが漏らさなくて。
しかし、さすがに疲れた。
俺が息を整えていると、エフィに降ろしてもらったルナがショートスカートの上からもぞもぞと股間を押さえていた。
「うう……お股が痛いです……」
……妹よ、反応に困ることを言わないでくれ。
一番元気なのはエフィだった。
「ねーねー、早くご飯食べに行こうよ。わたしお腹すいちゃった」
「そうだな。まず宿を取って、それからどこかおいしい物を探しに行くか?」
「わーい! マスター、大好き!」
そう言って抱き着いてくるエフィ。
柔らかな感触が左腕に……。
しょ、しょうがねえなあ、こいつは。(←めっちゃチョロイ)
エフィと一緒に進み出すと、
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!」
後ろから慌てたようにルナが追いかけてきた。
そして自分もエフィと同じように俺の腕に掴まろうかどうしようか悩んでいるようで、チラチラと上目づかいでこっちを見てくる。
……なにやってんのこの子? 妹なんだから別に気にせず掴まればいいのに……。そう思っていたら何故かルナに睨まれた。
そういう風にギクシャクした感じで町の中に入った俺たちだったが、俺の姿を見た途端、町人の一人が声を上げる。
「ネ、ネル・アルフォンスだ……!」
その声を皮切りに、伝播するようにして周りの者たちも俺の存在に気付いて名前を連呼し始めた。
――しかし、その様子は決して好意的なものではない。
……あー、そういうことか。
ここ最近、王都で俺の良くない噂が流れていたから、それがこの町にも伝わっていたに違いない。
王都とこの町はそれほど離れていないので、情報を共有していてもおかしくはないからな。
ここまで飛ばしてきたので、城を吹き飛ばした情報はまだ入っていない状態なのだろう。
何より俺を盗み見ながらヒソヒソしている奴らのあの目……あれは王都の奴らがしていた目と同じだ。
「もー、気に入らないなァ」
早くもエフィがキレ始めていた。
「……どうしてお兄様がこんな目に合わなければならないのですか……」
一方でルナは悲しそうな顔をしている。
俺が彼女の頭にぽんと手を乗せると、ハッとしたように笑顔を向けてくるルナ。
「とっとと宿に行くか」
俺はそう言うと、まだ不満そうな顔をしている二人の腕を引っ張って足を速めた。
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以前、勇者パーティの一員としてこの町の宿に泊まったことがある。
その時はアレクがいたのでもちろん一番良い宿だった。
どうせ泊まるなら慣れた場所の方が良いかと思い、その宿へと向かったのだが……。
「申し訳ありませんが、お引き取りを」
宿に入るなり、開口一番、宿の主はそう言った。
「なんでよ!?」
エフィが負けじと開口一番噛みつく。さすがエフィ。
「ネル様のお噂はわたくしどもの耳にまで届いております。そのネル様をお泊めしたとあっては、当宿の格が落ちてしまいますので」
あくまで慇懃無礼な態度を崩さず俺をディスってくる宿の主。
こんにゃろと思う間もなく、またエフィがブチギレる。
「あんた、ぶっ殺すよ!?」
そう言って本当に手の平に炎の玉を浮かべるエフィ。
……いや、気が短すぎでしょ?
俺が肩の力を抜かせるためにエフィの肩を揉むと、「ふにゃん」と謎の声を出してエフィの魔力が散り、手の平から炎の玉が消えた。
しかし、炎の玉を見せられた宿の店主は顔を引き攣らせている。
「ど、どうやらお噂は本当だったようですな! まさか元勇者パーティだったお方がこのような暴挙に出るなど……け、憲兵を呼びますよ!?」
まあ憲兵くらいどうとでも出来るのだが……。
でも、わざわざ面倒事を背負う方が面倒だな。
仕方がない、他の宿に行くか……。
俺はもう一度魔法を撃とうとしているエフィの首根っこを掴んで宿を出た。
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次にやってきた宿は、この町で二番目と評される宿だ。
そして、その宿の店主も俺の姿を見るなりに渋い顔をした。
「三名で泊まりたいんだが」
「ご宿泊ですか……」
どんだけ嫌なのってくらい言い澱む主。……ほんと、どんだけ嫌なの……さすがに落ち込むわ。
取りあえず早速魔力を漲らせているエフィの腕を掴みつつ、俺は交渉を続ける。
「相場の二倍の金を払う。それでどうだろう?」
「二倍ねえ……」
「三倍で」
「………」
「分かった。五倍出す」
「……それなら、まあ」
……五倍でようやくかよ……。
まんまと足元を見られただけのような気もするが、泊まれるだけマシか。
おい、エフィ。そんなに睨みつけたら主が怖がって話が進まないからやめい。
その後エフィを無理矢理にその場から引っ張って、荷物を部屋に預けてから、夕飯を食べる場所を探す為に俺たちはまた宿を出た。
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