第15話『決着』

 煙幕が晴れた時、そこにアレクたちの姿はなかった。

 代わりにアレクたちがいた場所にぽっかり穴が空いている。


「マスター、タッチ!」


 エフィが上空から降りてきて、俺に触れて《魔力》と《スピード》を俺に返してくる。

 自分の中に力が戻ってくるのを感じながら、俺はその穴に近付き、上から見下ろす。

 ……穴はどうやら一階まで突き抜けたようだ。

 一階は瓦礫で埋まっており、その上に倒れる形でアレクたち三人の姿があった。

 俺はそこから飛び降りて三人に近付いていく。


「くっ……!」


 さすがと言うべきか、三人とも意識はあり、近付いてくる俺に対して戦闘態勢を取ろうとする。

 しかし、三人とも見るからにぼろぼろだった。

 特にセレナとリエルは、俺が手を下すこともなく衣服がいい感じに破れている。

 セレナはショートスカートが破れショーツが露わになっているし、リエルはシスター服が肩のところから大きく破れずり落ちており、胸の谷間が大胆に見えていた。

 リエルは普段はビッチながらも肌をまったく見せていなかったので、今の姿は中々背徳感をそそる。

 ……あのビッチ、思った以上に胸がでかい……。

 やっぱりビッチだった。

 取りあえずそれは置いておいて、


「まだやるつもりか?」


 俺は訊いた。

 すると、


「当たり前だ! 僕たちはまだ負けていない! ……ふん、あれほどの凄まじい魔法だったが、僕たちはご覧の通り無事さ」

「エフィはわざと魔法を直撃させなかったんだよ」

「一発で終わったらつまんないからねー」


 エフィが二階から茶々を入れてきた。


「ま、まあ、動機は何であれ、エフィがわざと外したことは本当だ。本来ならお前ら三人とも既に死んでたんだ」


 俺がそう言っても、三人から戦意は失われなかった。


「はっ、あれだけの魔法だ。どうせ魔力を制御しきれなかっただけだろ? 言い訳が上手いのは変わらないな、ネル!」


 そう言ってアレクが聖剣を掲げて突っ込んでくるが、俺が剣を一閃すると、アレクの手から聖剣がすっぽ抜けていき、後ろの地面に突き刺さった。

 それを見て、アレクが愕然とした表情を見せる。


「バ、バカな……!? たった一撃で僕の聖剣を……!?」


 アレクは今起きたことが信じられないといった顔で震えている。


「あのなあ、さっき普通に一対一で戦っても俺が上だったろうが? それなのにエフィの魔法で大ダメージを負った今、お前が俺に敵うわけないだろう?」


 それでも諦めきれないのか、アレクは震えたまま後ろの二人へと命令する。


「セレナ! リエル! ネルを何とかしろよ!!」


 アレクが情けない声で後ろの女性二人に頼る。

 それで二人の女は動こうとするが、


「甘い。それもお見通しだ」


 俺はアレクを放置すると、一瞬で後ろの二人へと間合いを詰め、剣を振る。

 前衛がいない後衛ほど脆いものはない。

 彼女たちに俺の攻撃を防ぐことなど出来ず、結果、辛うじて彼女たちの体を纏っていた衣服がさらに切り刻まれ、二人の白い肌がさらに晒される。


「きゃあああああっ!?」

「ひぅっ!?」


 二人は手で自分の体を隠してその場に蹲った。

 今まで仲間だった子たちの裸は、何だかイケナイ気分になってくる。

 特にリエルの「ひぅっ!?」にはそそられてしまった。もしかしたら俺はリエルのことが好きなのかもしれない。

 ――はっ!? 目を覚ませ俺。こいつはビッチだ!

 取りあえず、彼女たちへの仕返しはこんなところでいいだろう。

 ――残るは……。

 俺はアレクの前に魔法剣を突きつけた。

 未だ効力の切れていない魔法剣――ドラグニアスソードがアレクの前で不吉な音を立てる。


「ひっ!? ネ、ネル、お前、この僕を殺そうっていうのか!?」

「……だとしたらどうする?」

「ひ、ひぃっ!?」


 俺が睨みつけただけでアレクは腰を抜かした。


「ぼ、僕とお前は仲間だろう!? 友達だろう!? それなのに僕を斬るなんて、心が痛まないのか!?」


 その心にもない言葉に俺は目を細めるしかなかった。


「……今まで散々俺を貶めてきて、挙句に無実の罪を擦り付けて俺を殺そうとした奴が、一体今さら何を言っているんだ?」

「そ、それは……悪かったよ! ごめん! 僕が悪かった!」


 アレクはそう言っていっそ清々しいくらいに謝ってくる。

 俺はその姿を見て拍子抜けするしかなかった。

 こいつは最後まで自分の非も負けも認めず、抵抗してくるものだと思っていた。

 もちろんそうなれば殺すつもりだったが、それがこんなにあっさり……。


「終わったんですの?」


 二階からルナが飛び降りてくる。どうやら二階の方も終わったらしい。

 まああれだけの大魔法を見せられたらそうなるだろう。

 先程エフィが放った魔法で、このグルニア城の実に半分が吹き飛んでいた。

 エフィが魔法の指向性を右に集中させたので、魔法の直撃から右にあった建物は全部無くなってしまっている。崩れたのではなく、消失したのだ。

 これで戦意を保てる奴がいたら大したものだと思う。

 ちなみに二階から飛び降りてくる時にルナのパンツが見えたが俺は黙っていた。

 アレクが見たら目を抉っていたところだけど、兄の俺ならセーフ。むしろ兄だからこそアウト。


「ねえ、マスター。こいつらどうするの?」

「それは今考えているところだ」


 その言葉に目の前の三人が顔を青くする。

 何だかんだ、無条件で助けてもらえると考えていたような顔だな。

 それが益々気に食わない。


「俺さ……これまでお前たちにどれだけ酷い目に遭わされてきたか分かるか?」


 俺がそう訊くと、三人とも何も答えなかった。


「俺、ずっとお前たちのことを考えて動いてきたよ。でも、お前たちは自分の欲や想いを優先するばかりで何も俺のことを顧みなかったよな? それどころかずっと邪険に扱われてきた。俺が率先して狩った敵ですら、あれこれ理由を付けてアイテムや宝箱の中身を分けてもらえなかった。色々理由を付けて俺ばかりが夜営の見張りをさせられた。命を賭けて戦って致命傷を負った時に、見捨てられそうになったこともあった。こんなものはほんの一部だ。他にも色々あり過ぎて語り尽くせないほど、お前たちは俺に酷いことをしてきた」


 言い訳をしようとしたのか三人が口を開きかけたが、俺が睨むと黙り込む。


「挙げ句に、今こうしてお前たちは冤罪で俺を殺そうとした。セレナ、リエル。お前らは何の疑いも持たず俺を殺そうとしていたが、今回の事件は全てアレクが仕組んだことだぞ?」

「う、嘘だ! セレナ、リエル! 信じてくれ!」

「そ、そうよね。さすがにそれは有り得ないわよ」

「アレク様が罪を犯すはずがありません」

「……ほら、こうして今回もお前たちの都合で真実が潰されるわけだ」


 俺がそう言うと再び三人ともが黙り込んだ。


「つまり俺はお前らに恨みしかないわけだ。なあ、俺がお前たちを助けてやる必要性ってあると思うか?」


 俺は心底そう思っていた。


「なんならお前ら全員殺して、この国を乗っ取ってやろうか? 俺にはそれが出来るぞ」


 俺にとってそれは単なる真実に過ぎない。

 顔を青くする三人に俺はさらに言ってやる。


「むしろお前らを殺さない理由の方が見つからないんだが。なあ、もしその理由があったら俺に教えてくれよ?」


 そのように訊いてみると、三人は考えて口を開こうとする。

 しかし口をパクパクするだけで、結局何かを言えた者はいなかった。


「このままお前らを見逃しても、結局俺のことを犯罪者として仕立て上げるだけだろう? そうじゃないと言ってもそれは嘘だから何も言わなくていい。だったら、このままグルニア王もお前らも殺して俺の国にした方が、俺にとっては都合がいいわけだ。いや、こうなった以上、俺がこの国で生きていくにはむしろそれしか方法がないくらいだ。そうは思わないか? なあ?」


 俺は理路整然とアレクたちの言い逃れる場所を失くしていく。

 ようやく自分たちの置かれた状況が分かって来たのか、セレナとリエルは恐怖に涙さえ浮かべ始めていた。

 アレクに至っては俺に負けた事実、国を失うかもしれない可能性に茫然自失の態で虚ろな目になっている。

 ――そんな三人に向かって俺は吐き捨てる。


「でもな、いらねえんだよ。こんなゴミみたいな国なんざ」


 その言葉に三人が「え?」と顔を上げた。


「こんなゴミみたいな国、もらったところでこっちが困るだけだ。もう一秒たりともこの国にいたくないんだよ。良かったなアレク。こんなゴミみたいな国でまだ王子で居られるぞ?」


 俺は散々貶した後、アレクにこう言ってやる。


「口惜しいが、勇者であるお前の力はこの世界にまだ必要だ。だから生かしておいてやる」


 目をぱちくりとするアレクに対し、


「勘違いするな。あくまで俺の都合上、お前が生きていた方が都合がいいだけだ。お前は俺のお情けで生きていられることを忘れるな」


 俺は言いたいことを言い終えると、後ろにいたエフィとルナに向かう。


「帰ろう」

「え? これだけでいいのマスター?」

「いいんだよ」

「お兄様がそうおっしゃるなら、ルナに文句はありません」


 エフィは不満そうな顔をしていたが、ルナは嬉しそうな表情をしていた。ルナは俺が人を殺すのが嫌だったみたいだ。

 必要とあれば俺は躊躇なくアレクを殺していたが、ルナのそんな顔を見たら殺さなくて良かったのかも知れない。

 これが吉と出るか凶と出るかはまだ分からない。

 しかし――凶と出るなら、その時は今度こそ迷うことなく殺す。

 そのように心に決めて、俺は三人に最後の言葉を贈る。


「じゃあな」


 それだけ言い残して、俺たちは城を出た。

 後には茫然とした顔のままのアレクたち三人が残される。

 セレナとリエルは助かったことにホッとして大きく息を吐いていたが、アレクだけは違った。


「くそっ……!!」


 アレクが足元の瓦礫に激しく拳を打ちつけていた。

 振り返ると、その顔は早くも憎しみに彩られている。

 ……もしかしたら、次は本当にあいつを殺すことになるかもしれないな。

 まあ、その時はその時だ。

 少なくても今はまだ、勇者殺しの汚名を着るデメリットは回避しておきたい。

 俺はそう割り切って再び歩き出した。




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