第9話『妹の想い。踏み躙り犯す者たち』
【ルナ】
「罪人の妹が出てきたぞ!」
屋敷から出た途端、そのような罵声を浴びせられました。
お兄様は罪人じゃない……!
そのように叫び返しそうになるのをグッと堪え、わたくしは前へと進み出ます。
「皆さま、これは一体どのような騒ぎですか?」
わたくしがそう訊くと、民衆たちはまた叫び出します。
「白々しいぞ!」
「そうだ! ネルの悪い噂はたくさん流れているぞ!」
「俺たちが許せないのは、ネルが夜な夜な城下の娘をかどわかしていることだ!」
「いくら元勇者パーティにいた魔法剣士ネルといっても、やっていいことと悪いことがあるぞ!」
な……!? わたくしは耳を疑いました。
ど、どういうことですか?
つい最近までエフィさんをかどわかしたという誤解の噂しかなかったはずなのに、今の言い方だと、まるで別の女性までいなくなったみたいではありませんか?
――そこでわたくしはハッとします。
最も正面にいる貴族たちがニヤニヤ笑いを浮かべていたのです。
ま、まさかこの人たち、兄を陥れるためだけにそこまで……!?
………。
もしそうだとしたら、何ということでしょう。
許せないという想いと共に、それ以上にその娘たちに対する罪悪感がわたくしの心に深くのしかかりました。
……ああ。
決してお兄様が悪いわけではありません。
でも、それでも……。
い、いえ、それよりも今はこの騒ぎを収めお兄様の冤罪を晴らすことが先決です。
「皆さん、聞いてください! わたくしの兄は城下の娘さんたちをかどわかしたりなんかしておりません! それは別の何者かがやったことです!」
そう叫んでわたくしは意味ありげに青年貴族たちの方に視線をやりましたが、しかし、その意図は他でもない青年貴族たちによって潰されてしまいます。
「罪を他の者に擦り付けようとするとは、罪人の妹は所詮罪人の妹に過ぎぬなぁ! 皆の者、そうは思わぬか!?」
そのセリフに民衆たちは皆「そうだそうだ」と騒ぎ立て、わたくしの意図に気付いてくれる人は一人もいませんでした。
「お願いです、話を聞いてください! これは罠です! 兄は罠に嵌められたのです! それは他でもないそこにいる……」
「あの女はあくまでここにいる誰かのせいにしたいらしいぞ! 恐らくこれは我らを疑心暗鬼にさせる作戦だろうが、そうはいかん! それよりも話を逸らさないでもらおうか。我々はかどわかされた娘の話をしに来ているのだ。そうだろう皆の者!?」
その言葉にまた民衆たちは相槌を打ったように騒ぎ出し、中にはわたくしのことを名指しで罵倒してくる者もいました。
わたくしは泣きそうになるのを頑張って堪え、どうにかこの状況を打開出来ないか案を考えます。
先頭にいる青年貴族のリーダーの民衆の扇動は巧みで、わたくしが何を言っても全て潰されてしまいます。
それどころかわたくしが何か言う度にこちらに非難が向くように仕組まれています。
………。
だとしたら、もはやこの騒動の張本人たち(、、、、、、、、、、)に直接訊くしかありません。
わたくしは青年貴族たちに向かって訊ねました。
「……どうやったら兄を許してくれますか?」
わたくしのその言葉を待っていましたと言わんばかりに、青年貴族のリーダーの口元がニィッと吊り上りました。
「どうしようかなあ? なあ、みんな?」
リーダーは他の青年貴族たちにそう訊きました。すると、彼らは口々に答えます。
「ネルの罪はそう簡単に許せるものではないだろう?」
「それはそうだ。娘のかどわかしは立派な重罪だからな」
「罪人の妹も罪人。だったらこの女にもかどわかされた娘たちと同じ目に合わせてやればよいのでは?」
「おお、それは名案だ。それがいい」
わたくしは目を見開きます。今目の前で交わされている会話はとても怖くて、恐ろしいものでした。
「皆の者、今の我らの会話を聞いていただろうか? 今からこの娘にかどわかされた娘たちと同じ辱めを与えようと思う。それこそが奴……ネルのやった罪の裁きに相応しいのではないだろうか!?」
リーダーがそのように民衆に問いかけると、ほぼ男性で占められていた民衆たちは、わたくしの全身をなめまわすように見てきた後、一様に「そうだ」「そうだ」と叫び出します。
そこにはかどわかされた娘たちのことを心配している者たちは誰もいないように見えました。
ただ、わたくしを思う存分甚振りたいという思いだけがひしひしと伝わってきます。
……怖い……。
……気持ち悪い……。
でも……どうしても思ってしまいます。
お兄様が悪いわけではないけれど、お兄様を陥れるためだけにかどわかされただろう女性たち。
その人たちのことを思うと、わたくしだけここで逃げていいのだろうか、と。
それに、わたくしが敢えてここで皆の憎悪を受け切ることで、お兄様に向かう憎悪の視線が減るのなら……。
わたくしが兄の代わりに裁きを受けたと聞けば、中には同情的な目で見てくれる人も出てくるのではないでしょうか?
そうなれば、かどわかされた娘たちに対する罪滅ぼしにもなるし、兄への風当たりも弱まることでしょう。
そのように考えていると、青年貴族のリーダーがわたくしに向かって命令します。
「そういうわけだ。こっちに来い」
………。
わたくしは民衆たちの方へと歩き出しました。
彼らの視線がわたくしの小さな体の至る所に突き刺さります。
彼らの目は早くわたくしを貪らせろと訴えていました。
今からこの鬱憤を全て受け切らなければならないと思うと、足が竦みそうになります。
しかし、それでもわたくしは彼らの前まで進み出ました。
「そのスカートを自分の手で捲り上げろ」
いきなり耳を疑うようなことを言われます。
しかしこの場にそのセリフを疑っている者などどこにもいません。
誰も彼もが「捲り上げろ」と言っていました。
でも、手が震えて動きません。
わたくしがその命令に従わないでいると、青年貴族のリーダーが言ってきます。
「なんだ、兄の罪を消して欲しいという想いは嘘か? 別にこれは命令ではないがな。所詮お前も自分の兄をそのような目で見ているということだろう」
「なんだそれは!? いいから早くスカートを捲れよ!」
「ネルの汚い金で飯を食っているお前も同罪だろ!」
やめて……これ以上お兄様を貶めないで……。
わたくしは悲しくなって、自分のスカートを捲り上げました。
その瞬間、全ての視線がそこに集まります。
わたくしの太ももから上を眺めて、辺りからごくりという音が聞こえてきました。
わたくしは震える指でスカートを離さないようにするだけで精一杯です。
「ほう? まだ年端もいかぬ小娘にしては中々そそるではないか。なあ?」
「ああ。元々見た目は極上だからな」
「ひひひ、たまんねえな。ああ、早く犯してえ」
青年貴族たちのやり取りに卑下た笑いがそこかしこから漏れました。
あまりの恥辱に誰とも目を合わせられないでいると、青年貴族のリーダーはさらに言ってきます。
「しかし、たったこれだけで許せるか、皆の者!?」
「まだ足りない!」
「そうだ! まだ足りない!」
「かどわかされた娘たちはどのような目に遭ったと思う!?」
「怖い目にあったに違いない!」
「イヤだと言っても無理矢理犯されたに違いない!」
「抵抗して殴られたりしただろう!」
「だったらどうする!?」
「同じ目に遭わせろ!」
「ネルのやったことを、奴の妹にやるだけのことだ!」
「奴にも妹のその娘にも思い知らせろ!」
「そうだ! かどわかされた娘たちと同じようにするのだ! しかしその娘は武道を嗜んでいる! まずは抵抗出来なくなるまで殴って弱らせろ! そう、かどわかされた娘たちがやられたようにな! さあ、その小娘で存分に憂さを晴らそうではないか!」
『おおーっ!!』
その声を皮切りに、その場にいる者たちが一斉にわたくしへとのしかかってきました。
それと同時に、いきなり頬を殴られます。
痛いと感じる前に逆の頬を、ついで腹を殴られました。
地面に倒れそうになったところを無理矢理引き起こされ、再び殴られる。
そんなことを繰り返され、意識が朦朧としてきたところで衣服がびりびりと剥ぎ取られていくのが分かりました。
確かに武道の嗜みのあるわたくしでしたが、しかし既に体はぼろぼろで、彼らを捌き切るだけの力はありません。
それでもわたくしは絶対に屈しません。
これでお兄様の汚名が少しでも雪がれるなら、わたくしはどんな扱いにも耐えてみせます。
だからお願いします。少しでもお兄様のやってきたことが報われてください……。
そのように祈って目を瞑っていたわたくしですが、辺りから悲鳴が聞こえたかと思うと、フッと体が軽くなった気がしました。
わたくしが力なく目を開けると、驚いたことにそこにはお兄様がいました。
どうしてお兄様がここに……?
どうやらわたくしはお兄様に抱き抱えられているようですが、どういう状況なのか全く分かりません。
お兄様が登城してからまだそれほど時間が経っていないので、まだ帰ってくるには早いような気がしますが……。
でも、出来ればこのような姿、お兄様には見せたくありませんでした。
優し過ぎるお兄様は、きっとご自分を責めることでしょう。
だからわたくしは先に言います。
「……この程度……なんともありませんわ……だから……」
わたくしがそう言って笑ってみせると、しかしお兄様は泣きそうな顔になった後、次の瞬間、これまで一度も見たことのない鬼の形相になりました。
「ルナ、少しだけ待っていてくれ。すぐに終わらせる」
そう言ってお兄様はわたくしの体を隣にいたエフィへと預けると、民衆たちに向かい合います。
その横顔を見てわたくしはハッとしました。
ま、待ってお兄様! ダメです! わたくしなら大丈夫ですから! 少し殴られただけですから! だから……!
しかし、わたくしのその思いを伝えることは出来ませんでした。
エフィがわたくしを抱いたまま魔法の箒――マジックブルームで上空へと飛び上がったからです。
「エ、エフィ! わたくしを下ろしてください!」
「だーいじょうぶだって、妹ちゃん。後は全部マスターに任せましょっ♪」
「ダメです! お兄様は彼らを……」
「それでいいんだって」
エフィは驚くほど凄惨な笑みを浮かべていました。
「わたしはマスターの大事な物を傷つけたあいつらを許さない。出来れば一人一人魔法で苦しませて殺してやりたいけど、でも、マスターの方が怒っているから。これでもわたし、大分譲歩しているんだよ?」
わたくしはエフィのそのセリフに息を飲みました。
あまりにも軽々しく「殺す」と言う彼女に飲まれてしまったのかもしれません。
でも、このままではお兄様がこれまで決して踏み出さなかった一歩を踏み出してしまう。
後に戻れなくなってしまう!
しかしエフィは敢えてわたくしの声がお兄様に届かない位置まで飛び上がります。
ニヤリと笑うエフィ。
もう、わたくしにはどうすることも出来ませんでした。
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