第8話『トラップ』
さらに数日が経った頃、俺を取り巻く事態は急変していた。
俺の悪評が落ちるところまで落ち始めたのだ。
人形趣味のことに加え、今では他にも様々な悪口雑言が飛び交っている。
その中で最も問題なのが『ネルが美しい少女をかどわかし屋敷に監禁している』という噂だった。
――美しい少女とは恐らくエフィのことだ。
俺は一度エフィを連れて町の外に出ているので、監禁しているという噂は嘘と分かってもいいはずだが、落ちに落ちた悪評の前では、もはやそのようなことは関係なかった。
――ここまで不自然な形で悪評が沸いたのは間違いなく人の手によるものだ。
今までは出所を隠すようにして流れていた流言飛語が、今回はなりふり構わず貴族青年たちが俺の悪い噂を流しまくっていることが俺の耳にまで入っている。
それもタチが悪いのが、本来だったらそんなあからさまな悪口はさすがに浸透しないだろうところを、今の俺の評判は落ちるところまで落ちているので、国民たちが信じてしまっているところだ。
最近では屋敷に向かって石が投げられたりすることもある。
ガラスも割られた。
ルナは俺に心配かけまいと気丈に振る舞い、本当はとても怯えているのを必死に隠している。
彼女には本当に申し訳ないことをしていると思う。
――でも何故だ……?
どうしてこれまで救ってきた相手から、謂れもなくこのような酷い扱いを受けなければならない?
最近ずっと感じていた俺の疑問は益々大きくなっていく。
――そんな折だ。城からの遣いがやってきたのは。
使者が伝えてきた内容は『俺にかかっている疑いをはっきりさせるために、エフィを連れて城まで来い』とのことだった。
俺としては是非もない。
何故なら俺にはやましいことなど一つもないからだ。
エフィと共に説明すれば、疑いも晴れるだろう。
そうすれば少なくても、最も好ましくない噂が一つ消えることになる。
そう思った俺は、使者と共に城へと赴いた。
しかし、それは巧妙な罠の序章に過ぎなかったのである。
**************************************
【ルナ】
城から来た使者に、お兄様とエフィが連行されていくのを、わたくしはただ黙って眺めていることしか出来ませんでした。
――何故お兄様があのような理不尽な目に遭わなければならないのでしょう……?
お兄様はずっと民たちのために戦ってきました。
ルナは誰よりもそのことを知っています。
一番体を張って皆のために命を賭けてきた人なのに……。
それが守ってきた対象から意味もなく悪意を向けられるなんて、あまりにも酷過ぎる。
お兄様が可哀想過ぎます。哀れ過ぎます。
……わたくしは分かっています。
お兄様のことが気に入らない一部の貴族たちが、お兄様の悪い噂を流していることを。
彼らだってお兄様に守ってもらった側のはずなのに……。
お兄様はいつも国のために動いてきた人なのに……。
――皆がそれに目を瞑って、自分のことしか考えない。
わたくしはそれが悔しくて、悲しくてしょうがありませんでした。
そんな時です。外から罵声が聞こえてきたのは。
「我らの国の恥さらし! ネル・アルフォンスはこの国から出て行けー!」
『出て行けー!!』
屋敷を揺るがす程の大音声に、わたくしは思わず耳を押さえました。
……しかし、逃げてばかりもいられない……。
勇気を出して窓から外の様子を窺うと、民たちがこの屋敷をぐるりと囲っています。
わたくしは目を疑いました。
怒りに顔を歪めた民たちが、こちらを睨んでいるではありませんか。
どうしていきなりこんな……?
しかし、ある者たちの顔を見た時、全てが判明しました。
お兄様に反感を持つ貴族たちが、隠れるようにして建物の影にいたのです。
つまり彼らが民衆を扇動したのでしょう。
でも――扇動できてしまうほどに――これほど既にお兄様が民衆たちから嫌われているということです。
こんなのはあんまりではありませんか……?
わたくしは気付けば正面玄関から外に出ていました。
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屋敷に来た使者に連れられて王城へとやって来た俺は、審問官によって取り調べを受けていた。
殺風景な石造りの小部屋に、審問官の乾いた声が響き渡る。
「ネル・アルフォンス殿。あなたに登城してもらったのは他でもない、今王国下で噂になっていることについてである」
その審問官は横柄な態度でそう言った。
それだけで、俺に対して好意的ではないことが分かる。
「……その噂とはここにいる彼女のことでしょうか?」
俺はエフィを指してそう訊いた。
「その通りだ。話が早くて助かるよ」
「それで? 彼女の何を訊きたいのですか?」
「おや、ここまで来て白を切るおつもりかな?」
「白を切るも何も、俺にはやましいところなど一つもありませんが」
「やましいことがひとつもない、ねえ」
審問官はちくちくと言ってくるだけで話が一向に進まない。
「まどるっこしいですね。遠回しな言い方をしないでハッキリと言ってください」
「ふむ、それではハッキリと申そう。ネル殿、あなたにはその隣にる少女の監禁の容疑がかかっている」
「それは冤罪です」
「いきなり冤罪と言われてもな」
審問官はさも呆れたといったように苦笑した。
それを見て腹が立ったが、感情を抑えて冷静に問答を続ける。
「本人に訊いてみたらいいでしょう? そのために彼女も呼ばれたのでは?」
「ふむ、それもそうだな。ではそちらの少女に問おう。君はネル・アルフォンスに監禁されたり酷いことをされたりしていないかね?」
「ううん、全然」
あっけらかんと答えるエフィ。
そのあまりにも場にそぐわない天真爛漫な態度に、審問官は唖然としていたが、すぐに気を取り直すように咳払いを入れた。
「ま、監禁されている者が自分で監禁されているなどと言うはずもないだろうな。何故ならその場合は脅されているだろうからね」
……なんだ、これ? 全然信じてもらえる気配がないじゃないか。
エフィ本人がこう言っているのに、これ以上どうしろって言うんだよ?
……いや、待てよ? 確かラーマ教の神聖魔法の中に『嘘を言ったら分かる魔法』があったはずだ。
だったらラーマ教の神官を連れてくれば話が早いではないか。
しかしそう思っている間にも、エフィと審問官との間でやりとりが続いていた。
「わたしは監禁されてもいないし、脅されてもいないよ?」
「君が何と言おうとも、こちらは脅されているかもしれないとしか思えないのだよ。もしそうなら心配することは何もない。わたしが君を地獄から救い出してあげよう」
「だから脅されてなんかいないってば!」
「ああ、そうだね。何も心配しなくていい」
「マスター、このジジイむかつく! 焼いていい!?」
……いや、ダメだろ。
そんなことしたら普通に罪人になってしまう……って、だから本当に魔法を撃とうとするのはやめて!?
俺はファイアーボールを撃とうとしていたエフィの手を払って魔力を散らした。
あぶねえ。審問官の顔が引きつってるじゃないか。
「ネ、ネル殿! もし今の彼女の行為もあなたが脅してやらせているのだとしたら、これは問題行為だぞ!?」
……審問官はあくまで俺がエフィを脅しているスタンスを崩さないらしいな。
だったら先程のラーマ神の神官の件を出すだけだ。
「審問官。俺は彼女を脅していませんよ」
「だから、あなたがいくらそう言うと……」
「ウソだと思うなら、ラーマ神の神官を連れてきてください」
俺がそう言うと、審問官の眉がぴくりと動いた。
「……ラーマ神の神官を? 何故かな?」
「ラーマ神の神官には『相手の嘘が見破れる魔法』を使える者がいるでしょう? その者を連れて来れば、俺が嘘を言っているかどうか分かるではありませんか?」
「……ううむ、だがな……」
「俺の言うことが全て嘘だと決めつけられたのでは俺もやっていられませんよ。ラーマ神の神官を連れてきてください。それで全部ハッキリするでしょう?」
「しかしなぁ……あ、そうだ。今ラーマ神の神官は全て出払っておるのだ。だからラーマ神の神官を連れてくるのは無理だ」
……なんか取って付けたような言い方だな。
そんなに俺を罪人に仕立て上げたいのか?
しかし、それにしてはやり方が手ぬるいというか……。
………。
なんか違和感があるな。
「……何が狙いですか?」
俺は思い切ってそう言ってみた。すると審問官はあからさまにビクッと肩を揺らす。
……これで確信した。こいつは何かを企んでいる。
「な、なんのことだ?」
「とぼけるな。あんたのやっていることはどうも胡散臭いんだよ。最初は俺を罪人に仕立て上げたいのかと思ったが、それにしてはあんたからはそんな感じはしない。だがあんたは俺をここに呼んだ。尋問ものらりくらりとしたものだし、これではまるで時間稼ぎじゃ……」
そこまで言って、俺は猛烈に嫌な予感に駆られる。
――時間稼ぎ?
そうだ。こいつのやっていることはそれが一番しっくりくる。
だとしたら、何のために……?
俺を家から遠ざけたかった?
家には今誰がいる?
「ルナ……」
俺がぼそりと呟くと、審問官の表情があからさまに変わった。
俺の心がざわつく。
「お前……まさかルナに何かしたのか?」
「わ、私は何も……」
「……ということは、他の誰かが何かしたんだな?」
「ち、ちが……そういう意味では……!」
「エフィ、すぐに家に戻るぞ!」
「了解!」
俺はエフィを伴って部屋を出ようとする。
「ま、待て! まだ尋問は終わっていない……ひぃ!?」
審問官は俺が本気で睨みつけただけで尻餅を着いた。
今はこんな奴に構っている暇はない。
間もなく俺たちは無理矢理に城から突破すると、全力で来た道を戻った。
ルナ……!
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