第7話『勇者の奸計』
【グルニア王国・中央通り】
ネルがエフィと共に買い物を楽しんでいる頃、勇者アレクもまた店が立ち並ぶ中央通りを歩いていた。
アレクは子飼いの貴族青年たちを連れて、ネルの家に行こうとしている最中だった。
もちろん、嫌がらせに行くためである。
「ネルの奴どうしてるかなぁ?」
アレクが意地悪そうに貴族青年たちに訊いた。
すると、
「さすがに落ち込んでいるのでは?」
「最高職の魔法剣士から最下級職の人形師に堕ちたのですからねえ。しかも勇者パーティまで追放されたとあっては、あのネルでも堪えたことでしょう」
「ちなみにこの一ヶ月、ネルの姿を見た者はいないみたいですよ?」
「ククッ、少しいじめすぎたかな?」
アレクは満足そうに笑う。
「しかしアレク様、ネルの屋敷を訪ねてどうされるのですか?」
「ネルが泣いて謝るなら、荷物持ちくらいはさせてやってもいいかなと思ってさ。あれでも僕の大事な幼馴染みだし?」
「あはは、アレク様はお優しいですな!」
貴族青年たいは大いに笑った。
「あー、早くネルの沈んだ顔が見たいよ。その顔に向かって僕は手を差し伸べてやるんだ」
アレクはネルに対しずっと劣等感を懐いていた。
実力で劣り、その腹いせに権力で圧力をかけ、あらゆる嫌がらせもしてきたが、ネルはまったく怯まなかった。
それどころかネルはアレクにおもねることも邪険にすることもなく、ただ圧倒的な存在としてアレクの前に悠然と立ち続けた。
それがアレクはずっと許せなかった。
だが、それも自分が『真の勇者』となり、ネルが『人形師』に転落したことで立場が変わった。
そこを叩き込むように勇者パーティから追い出してもやった。
しかも、ネルは勇者パーティに居続けることにこだわっていた。
そのネルは今、失意のどん底にいることだろう。
ようやくアレクは上からネルを見下すことが出来る。上からネルに物を言える。
それがアレクにはたまらなかった。
――しかし、その思いもすぐに霧散することになる。
「お、おい……あれ……」
一人の貴族青年が指差した方を見て、アレクは目を疑う。
ネルがとんでもない美少女を連れて歩いていたからだ。
アレクは唖然とする。
それは見間違うはずもなく、ネルだった。
しかしながら、それはおかしなことだった。
――ネルは家で落ち込んでいるはずではないのか?
そう思いつつも、アレクはネルたちを視線で追う。
ネルは隣にいるピンク髪の美少女と楽しげに街を闊歩していた。
街の者たちの訝しむ視線など、ものともせずに……。
一方、青年貴族たちは皆、エフィに見惚れていた。
あれほど美しい少女は、貴族令嬢の中にすらいなかったからだ。
それはアレクも同じだった。セレナやリエル以上に美しい少女に思わず見とれてしまう。
そして、その有り得ないほどの美少女がネルと共にいる。
――忘れかけていた激しい劣等感が、アレクの中にふつふつと湧き上がってくる。
アレクは貴族青年たちの方に向き直ると、叫び散らかす。
「おい、どういうことだ!? ネルは家で落ち込んでいるはずではなかったのか!?」
その言葉に、貴族青年たちはただ狼狽えた顔で互いの顔を見合うしかない。
彼らがその答えを持ち合わせているはずがなかった。
それでも何か言わねば益々アレクの機嫌が悪くなるのが分かっているので、適当に相槌を打とうとする。
「そ、そのはずですが……」
「ネルは最下級職の人形師になり、勇者パーティも追い出され、それはもう生きる気力など失くしているはずかと……」
そのおべっかに、アレクの機嫌は益々悪くなる。
「だったら何故あんな美しい少女と一緒にいる!? 何故あんなに楽しそうにしている!?」
「そ、そう言われましても、我々もなにがなんだか……」
狼狽える貴族青年たちに、アレクはチッと舌打ちした。
アレクからしたらこれは許せる事態ではなかった。
ネルは地面を這いつくばっていなければならないはずだった。
それがあのような、セレナやリエルさえ超える美しさを持つ少女と一緒にいることなどあってはならなかった。
「絶対に許さないぞ……!」
アレクの心は憎しみと嫉妬で支配されていた。
考えてみれば、ネルの妹のルナからしてセレナやリエルを超える稀代の美少女なのだ。
――どうしてあいつばかり何でもかんでも持っている……!?
そのように思い歯ぎしりするアレクだったが、そこでふと妙案を思い付いて考え込む。
ネルの妹のルナは、美しさと同時に兄想いでも有名だ。
そこを上手くつければ、ネルの顔を歪められるかもしれない。
いや、妹想いのあいつのことだ。悔しさに歪む顔が思い浮かぶ。
急に黙り込んで口の端を吊り上げたアレクに、貴族青年たちは訝しげな視線を注いでいた。
アレクはそんな彼らを裏通りへと誘い込むと、ある指示を与える。
「いいか、貴様ら。いつもやっているネルの悪い噂を流す件についてだが、敢えて今からしばらくは……」
その薄暗い言葉は、裏通りの闇に消えて行った。
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