第6話『人形(ドールズ)』
その後、懇切丁寧に説明を繰り返したことで、何とかエフィが俺が作った人形である事をルナに分かってもらえた。
というよりも、ドールズコントロールというスキルでエフィを手の平サイズのフィギュアに戻すことが出来たので、それを見せて納得してもらった形だ。
もう一度ドールズコントロールを使ったらエフィはまた人間の大きさに戻った。
今は裸のエフィを連れて、ルナが自分の部屋に行っている最中である。
「とにかく、服を着てもらいますからね!」
真っ白な目で俺を睨んでから、ルナはそう言って自分の服をエフィに貸すことを提案した。
……いや、妹よ。俺は服を着せた状態で作ったのだよ?
でも、ドールズクリエイトスキルを使ったら、なぜか裸だったのだ。
そう説明した俺だったが、「ふーん……」の一言でルナの俺を見る目は変わらなかった。……何故だ。
妹に信用されていなかったことにリビングで項垂れていると、しばらくして二人が帰ってきた。
リビングに入って来たエフィの姿を見て息を飲んでしまう。
エフィは白いワンピースを着ており、ピンク色の髪と相まってとても魅力的に映った。
――とても似合っている。
この服をチョイスしたルナを褒めてやりたい。
しかし、当のエフィは不満そうな顔をしていた。
「この服、胸がきっつい。ルナって胸が小さいんだね」
そのセリフにルナの目が大きく見開く。ガーンという音が聞こえてきそうなくらいにショックを受けていた。
「……お、お兄様の前で何ていうことを言うのですか!? それにあなただってそんなに胸は大きくないじゃないですか!?」
「うん。でも、そのわたしが胸がきついって言ってるってことは?」
「わたくしはもっと小さいってことに……がはっ! ま、まさか自分にダメージが返ってくるとは……!」
ルナ、なんて不憫な子なんだ……。
そう思っていると、エフィがさらに、
「それにわたしの胸の大きさは、わたしを作ったマスターの好みのはずだし?」
「ぐふっ!? まさかの追加攻撃!?」
がっくりと両手を床に着くルナを前に、エフィは勝ち誇った顔をしていた。
鬼かこの子……。
まあそういう風に作ったのは俺なのだけれども。
でもルナは俺の妹なのだから、兄である俺の好みなんて気にしなくていいのに。
「ねえ、マスター。新しい服買って? 出来れば魔力が上がるローブが欲しいの。ねえ、いいでしょう?」
エフィはそう言うとおねだりするように俺にしな垂れかかってきた。
「しょ、しょうがないなぁ」
エフィは俺のツボを的確に突いてくる。
まあ、そういう風に作ったのは俺なんですけども!
それとルナ、ゴミを見るような目を兄に向けるのはやめよう?
その後、ルナの目から逃げるようにして、俺はエフィを連れて外に出た。
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「うわー、これが城下町かぁ。素敵な街並みだね!」
外の風景を見た途端、エフィは無邪気な声を上げる。
ドールズクリエイトスキルで知識は与えているが、やはり実際に生まれて初めて見るものは新鮮なのだろう。
俺は微笑ましい気持ちでエフィを眺めた。
するとエフィがくるりと振り返って言ってくる。
「マスター今、わたしのこと可愛いなぁって思ったでしょ?」
「………」
「そういう風にわたしを作ったマスターだから絶対にそう思ったはずだよね?」
まあそういう風に作りましたけれども!
そう言ってくるところもあざと可愛いんですけども!
それすらもそういう風に作った俺だった。
それを全て分かった上でそう言ってくるエフィが恐ろしい。
そう、つまり、俺は恐ろしい子を作り上げてしまった。
「ふふっ、さあ行こう? わたしは装備を手に入れて早くマスターの役に立ちたいの」
「………」
いちいち可愛いことを言う。
でもそれすらも以下略。
俺たちは腕を組んで防具屋に向けて歩き出した(もちろんエフィから腕を絡めてきた)。
しかしながら、ずっと戦いに明け暮れてきた俺にとって、女の子と街を歩くなんて事はこれが初めてだった。いや、前世も彼女がいなかったので、前世から合わせて初めてのことだったりする。
まあ相手は自分で作ったフィギュアなのだが……。
それでも甘酸っぱい空気が肺を満たしていく気がした。
街行く人々は驚いた目でエフィのことを見つめていた。
それは無理もないことだ。
俺は前世の時からフィギュアの原型師として高い腕を持っていた。そんな俺が作ったエフィは完璧な美を誇っている。
実は俺の妹のルナは王国一の美少女と名高いのだが、エフィはそれと同等かもしかしたらルナ以上の美しさを持っているかもしれない。
ただ、彼らはすぐ隣に歩いているのが俺だと分かると、怪訝な目を向けてくる。
すると、エフィが見るからに不機嫌そうな顔をした。
「……ねえ、わたしたちじろじろ見られてるよね?」
「お前が可愛いからみんな見ているんだろ」
「でも、あいつらのマスターを見る目……気に入らないなぁ」
俺に向けられる無遠慮な視線が増えるにつれ、エフィに剣呑な雰囲気が募っていく。
「……イライラするなぁ。ねえ、ここら辺一帯に大魔法ぶちこんでもいい? マスターはドールズトランスファーのスキルでわたしの力を底上げしてね?」
そう言うとエフィは本当に大魔法の詠唱を開始する。
「闇を司りし偉大なる魔王よ その大いなる覇の力にて我が敵を討て 我こそは……」
「待て待て! ストーップ!」
俺は慌ててエフィの口を手でふさぎ、魔法の詠唱を止めた。
……こいつ今、本気でヤバい魔法を撃ちこもうとしやがったぞ!?
何て危ない奴だよ!?
しかしエフィはというときょとんとした顔を向けてくる。
「? どうして止めるの? マスターが放してくれないと、こいつら殺せないよ?」
「可愛い顔で何て怖いこと言うんだお前は!?」
いや、こういう風に作ったのは俺なんですけどね!?
でも実際、狂気を目の当たりにすると冷や汗しか出ない。
……理想と現実って違うんだと初めて知った瞬間だった。
ヤンデレ要素なんて入れるんじゃなかった……。
「ぼ、防具屋はすぐそこだから。お前の好きな物買ってやるから、さあ、早く行こう? な?」
「え? ホント? 好きな物買ってくれるの? わーい、やったぁ!」
ふぅ、何とかエフィの興味を他に逸らすことに成功した。
俺はエフィに手を引っ張られながら安堵の息を吐いていた。
次に作る子はもっとまともな子にしよう。
少なくても自分の理想を全部積み込むのだけはやめようと心に決めた。
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「いらっしゃいませ。これはこれはネル様、ようこそおいで下さいました」
防具屋に入ると、壮年の男性店主が慇懃にお辞儀をしてくる。
彼は街の人たちのような嫌な顔を一切見せない。
店主からしたら上客の俺の機嫌を損ねるよりも、売り上げの方が大事なのだろう。そのような想いがひしひしと伝わってくる。
まあ、俺としてはその方がありがたいけれど。
店に入るなり、エフィはルンルンと鼻歌を口ずさみながら物色している。
その様子は普通の女の子が服を選ぶ感じと何ら変わらない……と思う。
実は俺は前世の時から通算で一度も女の子と服を買いに行ったことなどないので、普通の女の子が服を選ぶ感じが分からない。悲しいね。
「マスター、どう? 似合う?」
白いワンピースの上から草色のローブを羽織って、くるりと回るエフィ。
「うん。似合うよ」
「じゃあ、こっちの茶色いのはどう?」
「そっちも似合うよ」
「……じゃあ、このド派手な赤いのは?」
「似合うな」
俺としては褒めしていたつもりなのだが、何故かエフィがジト目になっていた。
「……マスター、何でも似合うって言っとけばいいと思ってない?」
「え? そ、そんなことないよ。エフィは可愛いから、何を着ても似合うんだよ」
「へ? そ、そう? えへへ、そう?」
実際俺が可愛く作ったのだから、俺が可愛いと言うのは当たり前のことだと思うのだが、それでもエフィは嬉しそうにはにかんでいた。
そしてそれを見て、防具屋の店主が口から砂糖を吐きそうな顔になっていたが、俺と目が合うとすぐに慇懃な笑みを浮かべる。……おい。取り繕えていないぞ。
やがてエフィが一層豪華なショーケースの中に入っているそれを見つけてしまった。
「あ、マスター。わたしこれがいい!」
ふーん、どれどれ……って、その値段を見て俺は愕然とする。
ショーケースの中に飾られていたのは『光のローブ』というレアアイテムで、その値段は驚きの金貨300枚。一般市民三十か月分の給料に当たる。
今の俺は貴族の特権も全て取り上げられている上に、アレクたちと冒険していた時も「お強いネル君の分け前は後でいいよね?」とか適当な言い訳をされてロクに報酬ももらえなかったので、ちょっとこれはきつい……。
だが、
「ねえ、お願い?」
上目遣いの『お願いビーム』。
「しょ、しょうがねえなぁ」
俺はあえなく陥落した。
「わーい! マスター大好き!」
そう言ってエフィが俺の頬にキスをしてくる。
そのキスに金貨300枚分の価値を見出してしまうダメダメな俺だった。
ちなみにそれだけ高い買い物をした俺に対して、防具屋の店主も「ネル様大好き!」という顔をしていたが、何も癒されなかったという。
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その後、武器屋や魔法店なども寄ってエフィの装備を完全に整えた。
光のローブ、ウインドブルーム、各種属性の魔道書などを揃えたエフィは、一瞬にして魔道士っぽくなった。
それと同時に俺の財布も軽くなった。
……しばらく節約しないと生活できなくなるかも……。
しかし俺はもう一つだけ、どうしてもエフィに買い与えたい物があった。
そのためにアクセサリーショップに訪れる。
そこで俺は赤いリボンを買った。
それをエフィに手渡す。
「え……? もしかしてマスターからのプレゼント?」
「そんなところだ。これで髪を結んでみろ」
「うん!」
エフィは俺から赤いリボンを受け取ると、髪を後ろでくくって結んだ。
その姿を見て俺は満足する。
うん、やはりエフィはポニーテールが良く似合う。
【ドールズクリエイト】で命を与えた時に、服と同時にリボンも消えてストレートの髪になっていたが、本来彼女はポニーテールだったのだ。
これでエフィという少女が益々可愛くなった。
「どう、可愛い?」
「もちろん」
「お、おお……何のためらいもなく頷かれるとさすがに照れるぜ……」
照れているエフィもまた可愛い。
俺は顔を赤くしているエフィを愛でながら提案する。
「まだ時間があることだし、もう少し何か買い物でもしていこうか?」
「賛成!」
エフィは大きく手を上げて喜びを体で表現してから、俺に抱き着いてくる。
その後、俺は腕を組んでくるエフィを連れて街を歩いた。
その姿を、奴に見られていたとも知らずに……。
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