第3話『天職、人形師』

 王との会見が終わった後、俺たち勇者パーティ一行はラーマ神殿へと訪れた。

 ラーマ神殿はその名の通り『ラーマ神』を崇める宗教、ラーマ教の主神殿である。

 神殿はグルニア王城に隣接するようにして建てられていることからも分かる通り、国との関係も深い。


 俺たち勇者パーティは魔獣王ダルタニアンを倒したので、神にその報告をしにやってきた。


 ――ちなみにこれはただの戦後報告とは違う。

 別名『神の洗礼』とも呼ばれており、神のお告げに近い。


 神の洗礼を受けると隠れた力が発露したり、または上級職へ転職出来たりという嬉しい効果が付いてくることがある。

 特に強敵と戦って経験を積んだ後は、最もその可能性が高い。


 だからこそこのタイミングで訪れた。

 一応、神殿への報告という名目だが、どちらかというと『神の洗礼』目当ての建前に過ぎないと言ってもいいかもしれない。

 即ち、強くなるためには『神の洗礼』は必須だった。


 俺たちは礼儀上の教皇への報告を終えると、ラーマ神の像の前へと進む。

 この神像はただの像ではない。神の御意志が宿っているとされている。

 ――それはあながち嘘ではないと俺は思っていた。

 何故ならこの神像からは確かに不思議な力を感じるからだ。

 特にビッチ……じゃなかった、聖女のリエルはこの神像を介して神と交信すらしたりするからな。


「それでは勇者アレク。前へ」


 教皇の声でアレクが前に進み出る。

『洗礼』は一人ずつ行われる。


 アレクは神像の前で立膝を付いた。

 そして両手を組み祈るようなポーズをとると、ややあってから神像が光り輝く。


「おお……神の御意志があれほどはっきりと見えるとは……。さすが勇者アレクだ!」


 神殿にいた司祭の一人がそう言った。

 他の司祭や神官たちも、口々に神の名を出して勇者アレクを褒め称える。


『神の洗礼』では洗礼を受ける者の『格』が大きければ大きいほど神像が強く光り輝く。

 あれほど輝くということは、やはり『勇者』アレクはそれほどの『格』を持っているということなのだろう。……いつも苛められている俺的にはなんか納得いかないけどな。


 神像の輝きが収まると同時に、『神の洗礼』の儀は終わる。

 すると教皇がアレクに近付き、


「それでは勇者アレクよ。ステータスプレートをこちらに」

「はっ」


 教皇に促されアレクはステータスプレートをポケットから取り出し、教皇へと手渡した。

 ステータスプレートとは個人の力が数値化して浮かび上がる不思議な石を使ったプレートカードのことだ。石単体ではステータスは浮かび上がらないが、一流の鍛冶師と魔術師が協力して加工することでステータスが浮かぶようになるマジックアイテムである。


『神の洗礼』が終わると、必ず神官に渡してステータスが変わっていないか確認してもらう儀式になる。

 ちなみに俺たち勇者パーティの場合は、こうして教皇が自らやってくれることになっていた。勇者パーティがそれだけ重要視されていることの裏返しに他ならない。


 ステータスプレートを受け取った教皇の目が見開かれた。

 どうやらアレクのステータスに何か変更があったらしい。


「おおお……今ここに新たな勇者が誕生した……!」


 そのセリフに辺りの司祭たちもどよめく。

 ここまでもったいぶるということは、どうやらかなり大きな変更、もしくはレベルアップがあったようだ。

 それを証明するようにして教皇がこのように叫んだ。


「皆の者、喜べ! 勇者アレクは上位職に転職した! ステータスプレートには『真の勇者』と浮かび出ておる!」


 その宣言に辺りはワッと湧いた。

 いつもは静謐な神殿に歓喜の声が木霊する。


 ……しかし『真の勇者』ってマジかよ?

 そりゃ確かに実力的には申し分ないと思うが……。


 ――あんな奴が『真の勇者』?

 それが俺の素直な感想だった。


「皆の者落ち着け! まだ『神の洗礼』は終わっておらぬ!」


 教皇のその一言で、再び神殿に静寂が訪れる。

 そして次はA級弓術士のセレナが前に進み出た。

 アレクと同じように神像の前に膝を着き、首を垂れる。

 するとまた神像が光り輝き、祝福の光がセレナへと舞い降りた。

 アレクの時ほどではないが、しかし神像は十分に強い光を発している。


 光が収まると、先程と同様に教皇にステータスプレートを手渡すセレナ。

 プレートを見た教皇の顔が綻ぶ。

 どうやらまた色よい結果が出たようだ。


「A級弓術士セレナもまた転職した! ステータスプレートに出たその職業の名は『S級弓術士』である!」


 その宣言で再び辺りは湧き上がる。

 セレナもさらなる上級職に上がったか。

 まあ彼女は弓の腕に関してだけは天才的だからな。

 性格を抜きにして言えば上級職に上がっても不思議ではない。

 ドヤ顔でさらさらの金髪をファサッてやっているその姿には軽くイラッとするが、おめでとうセレナ。


 その後、リエルも『神の洗礼』を受けた。

 白磁のような肌をした横顔に、ウェーブのかかった銀の髪がふわりと落ちる。

 元々シスターである彼女が神に祈る姿はさすがに様になっていた。

 ……本当、見た目だけはいいんだよな、このビッチ。

 俺が心の中でやさぐれていると、教皇の声が響き渡る。


「我らが同胞、聖女リエルもまた転職した! ステータスプレートに出た職業の名は『真聖女』である!」


 おお、凄いな。俺は素直にそう思った。

 そもそも『聖女』自体がシスターの上位職に当たるので、さらに『真聖女』となった彼女の戦闘ステータスはかなりものになっていることだろう。


 ちなみに本来、ステータスプレートは他人に見せるべきものではない。

 こうした『神の洗礼』の儀式の時に神官に見せるだけであり、神官もまたその細かいステータス内容までは口外しない決まりになっている。

 もし口外すれば神の怒りに触れると考えられているため、絶対に口外はされない。

 だから安心してステータスプレートを渡すことが出来るというわけだ。


「魔法剣士ネル、前へ!」


 遂に俺の番になった。

 しかし教皇は俺の噂を知っているのか、あまりいい顔はしていない。

 それでも全ては神が決めることとでも思っているようで、「お前は洗礼を受ける資格はない」みたいなことは言われない。ラーマ神の教えに感謝ですわ。


 誰もが白い目で見つめる中、俺は颯爽と神像の前へと進み出る。


 ――皆が上級職に上がった。

 やはり魔王四天王の一人、魔獣王ダルタニアンとの戦いはそれほどの戦いだったということに他ならない。

 つまり、俺も期待していいはずだ。


 俺の現在の職業である『魔法剣士』は、この国には俺以外に存在しない。

 多少魔法を使える『剣士』や、ある程度剣が使える『魔道士』などは存在するが、『魔法剣士』になるには剣も魔法も一流以上に使いこなせなければならないという条件がある。

 既に『魔法剣士』自体が『勇者』や『聖女』と並ぶ最高職であり、この国に魔法剣士が俺しかいない以上、これのさらに上となると歴史上他にないことになる。


 アレクでさえ最高職の勇者からさらに上の『真の勇者』に上がった。

 アレクより強い俺なら間違いなくもっと上の職業に上がるはずだ。


 そう思ってワクワクしながら俺は神像の前に膝を着き、祈る。

 すると辺りがざわつくのが分かった。


「な、なんて光の量だ……神像があれほど光り輝くところは見たことがない……」


 俺は目を閉じているので分からないが、どうやらかなりの量の神の祝福が舞い降りているらしい。

 しかもセリフからしてアレクのそれを超えているようだ。


 自分の中に何かが入って来たのを確認すると、俺は目を開けた。

 見渡すと皆が驚いた表情でこちらを見ている。


 アレクは俺を睨みつけており、セレナは複雑そうな顔をしていた。

 リエルはアレクしか見ていない。さすがビッチ。


「……ステータスプレートをこちらへ」


 教皇が静かに声を掛けてくる。

 俺はポケットからステータスプレートを取り出すと、それを教皇に手渡す。

 俺は浮ついていた。

 だってそうだろう? 俺に舞い降りた神の祝福は勇者アレクを超えていた。

 だとしたら『真の勇者』となったアレクよりも俺の方がさらに強くなるはず。


 いやー、やっぱり神様は見ていてくれるものなんだなぁ。

 魔獣王ダルタニアンとの戦いでも俺が一番頑張ったし。


 一方、俺のステータスプレートを確認した教皇は目を見開いていた。

 やはり変更があったようだ。

 それも教皇があれほど驚くほどのものらしい。

 さあ教皇よ。早く俺の職業を発表してくれ!


「……魔法剣士ネルもまた転職した。しかしその内容は決して良いものではない。ステータスプレートに出た職業の名は【人形師】である」


 ………。

 ………。

 ……は?


 俺は驚きのあまり声が出なかった。


 ――人形師?


 ナニソレ?

 ……いや、『人形師』という職業自体は知っている。

 その名の通り人形を操って敵と戦う、一応だけど戦闘職だ。


 マイナーな職業なので数はそれほどいないが、しかしバリバリの下級職だったはずである。

 しかも下級職の中でも、かなり微妙な位置に属する職業だ。


 ――何故なら人形を操る以外に能がない職業だから。


 誰もが唖然として静まり返っている中、一人だけ爆笑している奴がいた。


「あっははははは! 笑っちゃうよ! まさか人形師とはね。なんて君にお似合いの職業なんだ!」


 アレクだ。

 奴はニヤニヤした顔で続けて言ってくる。


「良かったじゃないか。あんな(、、、)人形趣味を持っている君のことだ、人形師になれて嬉しいだろう?」


 その言葉で周りの者たちがざわつき始める。


「……やはり魔法剣士ネルの人形趣味の噂は本当だったのか……」

「少女の人形を愛でているとかいう、あの噂ですか?」

「しかもその少女の人形はネル様が自ら彫ったものだとか……」


 そんなセリフがそこかしこから聞こえてくる。

 これまでアレクの流した噂を信じていなかった者たちも、俺が人形師に転職したのを目の当たりにして完全に信じてしまったらしい。

 ……確かにその噂の内容自体は実は本当のことではある。しかし、そんな悪いことをしているわけでもないのだが……。


「あれだけ神々しいほどの光を浴びた神の祝福だったからどれほどの職業に転職するのかと思えば、まさか最下級職の中でも微妙な人形師になるなんて肩すかしどころの話ではないよ! どうやらあの光の量は君の力を削るためのものだったみたいだね?」


 アレクはそう言うが……。

 ――俺の力を削るため?

 果たして本当にそうだろうか?


 元来、転職というのは元の力を持ったままの状態で、より自分に適した職業へと至る儀式だ。

 例えばアレクで言うと、【勇者】の力を持ったまま【真の勇者】の力やスキルがプラスされているということになる。

 同じくセレナは【A級弓術士】の力を持ったまま【S級弓術士】の力とスキルが、リエルは【聖女】の力を持ったまま【真聖女】の力とスキルが加わっているはずだ。


 ――即ち、俺も【魔法剣士】の力を残したまま、【人形師】の力とスキルが加わっている状態なのではないのか?


 しかしそう思っているのは俺だけのようで、アレクは突如、このように叫び出す。


「この勇者パーティの面汚しめ! お前は今日、今ここで勇者パーティから追放を宣言する!」


 ……な、なんだって?


「これまでは【魔法剣士】という建前があったから義理でパーティに入れてやっていたけど、もう我慢ならない! 人形師などが勇者パーティにいては勇者である僕の威信が下がってしまう。お前みたいに気持ち悪い趣味を持っている奴が人形師ならなおさらだ!」

「な、なんだと……!? アレク、お、お前……!」

「お前は家で人形遊びでもしていればいいんだよ。自分で作った少女の人形と寝るのはさぞ楽しいんだろう?」


 そんな心無い言葉を浴びせられ、俺の顔にかぁっと血が集まっていくのが分かった。

 それは恥ずかしさと怒りと、多分両方が入っている。


 そのような俺の姿を見て、さらに周りの者たちは確信を深めていく。

 まるで俺が本当に人形とアレしちゃっているかのような目で見られていた。

 さすがに屈辱だった。


 この後、俺がどれだけ何と言おうとも、誰も耳を傾けてくれなかった。

 もう自分でも何を叫んでいたかも覚えていない。


 これまで魔法剣士だったことで辛うじて保たれていた俺の威厳は、完全に失墜したのだった。



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