第2話『ネルの声。世界の声』

 俺たち勇者パーティのメンバーは皆、グルニア王国の戦士である。

 今回、グルニア王からのクエストという形で『魔王四天王』の一角、魔獣王ダルタニアンの討伐命令を受け、見事それを成し遂げた。


 グルニア王国の城下町に入ると、既に魔獣王ダルタニアン討伐の件が知れ渡っており、俺たち勇者パーティは王国民たちの熱い歓迎を受けた。

 城へと延びる街道の両脇に陣取り、国民たちは一様に俺たちの名前を叫んでいる。


「さすが勇者アレク様! あの魔獣王をいとも簡単に倒してしまうなんて!」

「セレナ様の弓が大いに助けになったに違いない!」

「リムル様の神聖魔法があればこそこうしてご無事に戻ってこられたのだろう!」

「きゃーっ、アレク様! こっち向いてください!」

「セレナ様、一目でいい! 一目でいいから目を合わせて下さい!」

「リムル様! リムル様!」


 ……いや、俺以外のメンバーの名前を叫んでいる、と言い直すべきか。

 彼らの中で俺の名前を呼んでいる者の姿はない。

 それどころか俺には冷たい視線が刺さっている。


「皆さまがご無事に戻ってきて本当に良かったなぁ。ネル様がいるから不安だったんだ」

「ああ。アレク様のことが気に食わなくていつもケンカ腰だし、最悪ダルタニアンとの戦いの中でアレク様のことを亡き者にしようとするのではないかという噂で持ちきりだったからな」

「それどころかネル様は変な趣味に興じているらしいぞ?」


 ……酷い言われようだ。俺からアレクに突っかかったことなんてないのだが……。

 普通だったらこんな噂が出ること自体がおかしい。

 誰かが意図的に噂を流布しない限りは、な。


 俺はちらりとアレクの顔を盗み見る。

 すると、ほくそ笑んでいるアレクと目があった。

 ……つまりはそういうことだ。

 まあ、アレクは勇者なので表立って噂を流せないだろうから、恐らくもっと別の権力が絡んでいるのだろうけども。

 俺のことが気に食わない者は他にもいるからな。


 ちなみに変な趣味とは、俺の人形趣味のことを言っているのだろう。そればかりは事実なので訂正しようもないが……。


 ――しかし、俺の人形趣味の件はアレクにしか言ったことがない。つまり、あいつが言いふらしたのだ。


 これでも俺たちは昔、親友だった。

 だからあの時、俺の秘密をアレクに打ち明けたのに……。

 それがこんなことになるとは思いもしなかった。


 今やこの国は俺にとって居心地が悪かった。

 俺だってみんなのために命がけで魔獣王と戦ってきたのになぁ……。

 相変わらず冷たい視線が突き刺さる凱旋ムードの中、俺は何ものにも負けぬよう胸を張って歩いていた。

 ただ、それだけが俺の取れる精一杯の行動だった。



 ***************************************



 王城に辿り着くと、魔獣王ダルタニアン討伐の報告をする為にグルニア王に面会を申し込む。

 使者がグルニア王の元に走っている間に、俺たち勇者パーティのメンバーは面会の身支度を整えた。


 そして準備が整ったところで使者が戻ってきて、俺たちは玉座の間へと足を運ぶ。


 玉座の間は重厚で華美な造りとなっており、玉座に真っ直ぐ伸びる赤い絨毯の上を俺たち四人は横一列に歩いていく。

 玉座まで五歩分のところまで進むと、俺たちは一斉に王に向かって跪いた。


「魔獣王討伐の件、ご苦労であった!」


 頭の上から声が響く。グルニア王のものだ。


「勇者アレクよ」

「はっ!」

「見事である!」

「もったいないお言葉!」

「セレナとリエルもよくやってくれた!」

「はい、ありがとうございます!」

「全ては勇者アレク様の御力でございます」


 そんなやり取りがあり、さらに三人が労いの言葉を受けるが、俺には一切何もない。

 あからさま過ぎるくらいあからさまだった。

 三人が褒美の話を受けている中、俺はひたすら頭を下げているだけ。


 ……なにこの地獄?

 前世の学生時代にクラスの連中からはぶられていたのを思い出すぜぇ……。


 はぁ、生まれ変わっても人付き合いの不得手は変わらないなぁ、と我ながら思う。

 しかし俺は自分が正しいと思うことを黙ってはいられないのだ。目の前の悪をどうしても見逃せない性分だった。


 そして今もまた、俺が見逃せなさそうな案件が発生しそうになっていた。

 アレクとグルニア王が楽しげ(少なくても俺にはそう見えた)に喋っている内容が俺の耳に入ってくる。


「我が国(、、、)の勇者が魔王四天王を一人打倒した。これで我が国の威信は益々上がったことだろう」

「それでは父上。次は……」

「ああ、アレク。そなたには勇者として他国の救援に赴いてもらいたいと思う」

「おお……遂に我が力を世界に見せる時が来たのですね?」

「その通りだ。存分に働いてもらうぞ。最初に救援に向かってもらう国は商業都市国家レーベンだ」

「はっ、畏まりました!」


 一見したら義侠心溢れるそんな会話だ。

 しかし、俺にはそうは思えなかった。

 だからつい声を上げてしまう。


「お待ちください」


 それまで一言も喋らなかった俺が口を開いたことで、玉座の間の温度が下がる。


「……なんじゃ」


 グルニア王の嫌そうな声が聞こえてくるが関係ない。

 言うべきことは言わねば。そう思って俺は顔を上げる。


「まずは隣国のアルフォニア帝国に救援に向かうべきです」

「……なぜじゃ」


 聞くのも嫌という感じのグルニア王の声音。

 でも負けない。


「商業都市国家レーベンは経済力が豊かで、優秀な冒険者を多く雇っており、魔族軍の攻撃を独力で凌ぐ力があります。しかしアルフォニア帝国の西には『魔王四天王』の二強の一角、冥王レ・ゾンが陣取っており、奴が率いる冥府軍の前にアルフォニアの者たちは苦しんでいるからです」

「……アルフォニア帝国は我がグルニア王国の仇敵だ。何故助けてやらねばならん?」

「それは昔の話です! 今のアルフォニア帝国にはもはや力はありません。それに一番苦しんでいるのはアルフォニアの民たちです!」

「もしアルフォニアを助けて彼の国が力を取り戻し、再び我が国に牙を剥いたらどうする?」

「そんなこと言っている場合ですか! このままではアルフォニアの民は皆殺しに……」


 そこまで言ったところでハッとする。

 誰も彼もが冷たい目で俺を見ていたのだ。


 ……なんでだよ?

 どうして誰も分かってくれない?


 俺たちはこの国の東に巣食っていた魔王四天王の一人、魔獣王ダルタニアンを討伐した。

 そのおかげで実質この国は安全になったと言っていい。


 だが、まだ他の国には魔族が蔓延っており、勇者の派遣を求める声が多い。

 しかし、それを利用してこのグルニア王は世界の覇権を握りたがっているのだ。

 俺にはそれが許せなかった。


 今回の事で言えば、元超大国であるアルフォニア帝国の救助要請にわざと応えないことで、アルフォニアの力を削ぎ落とし、逆に商業都市レーベンに恩を売ることで、あの経済大国から多大な見返りを受け取るつもりだろう。


 アルフォニアでは魔族による虐殺が繰り返されており、レーベンはまだ余裕があるにも関わらず、だ。


 ――勇者とは政治に利用されるべき存在ではない。

 俺たちの力は本当に弱い者のためにこそ使われるべきはずなのに……。


 しかし、それを言っても中々耳を傾けてもらえない。

 それどころか日に日に王や貴族たちから煙たがられているのが分かる。

 だからこそ皆、アレクの讒言――根拠のない俺の悪口に耳を貸してしまうのだ……。


 グルニア王もこの国の貴族たちも、皆が自分たちの利権しか頭にない。

 アレクはアレクで、自分の力を誇示することしか考えていない。

 セレナはアレクに惚れているからアレクのイエスウーマン。

 同じく『勇者様』に盲目的なリエルもアレクのイエスウーマン。


 あれ? 勇者パーティ終わってない……?


 しかもアレクは勇者であることに加えて、グルニア王の長男――即ちこの国の第一王子なのだ。

 だから基本的に誰もアレクの言うことには逆らえないし、反論出来ない。

 城下に俺のあらぬ噂を流したのも、アレクに恩を売ろうとした貴族の仕業だろう。

 もしかしたらこの中の何人かで結託した可能性や、国王自らが命令を出した可能性すらある。


 つまり俺はこの国で完全に孤立していた。


 恐らくは俺の発言力を削ることが目的だろうが、皮肉なことにその企ては完全に成功している。

 もはや俺には誰も味方がおらず、どれだけ正しいことを言ったところで「あのネルの言うことだから」の一言で流されてしまう。


 ……何故正しいことを言っているのにこんな目に遭わなければならない?


 悔しい想いで拳を強く握る俺だったが、しかし誰も見ないふりしていた。

 そしてあっさりと俺の話などなかったこととされる。

 それもいつものことだった。


 その後、俺には一言も発言する機会を与えられないまま商業都市レーベンへの救助遠征が決まったのだった。



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