第4話『フィギュア転生』
『神の洗礼』のあった日から数日が経過した。
あれから俺――魔法剣士ネルが人形師に転職したという噂は瞬く間に広まった。
城下ではもはやそのことを知らない者はいないほどだ。
さらに言うと、俺は自宅謹慎を命じられていた。
勇者パーティから追放され、次の任務が下るまでの猶予期間というわけだ。
俺は成人してからずっと勇者パーティにいた。
その俺が人形師などに転職したので、上も扱いに困っているのだろう。
しかし実際のところ、俺はまだ勇者パーティに復帰することを諦めてはいない。何故ならこの世界にはまだ俺の力が必要だと思うからだ。
未だ世界中に魔族は蔓延っている上に、大ボスの魔王は健在。正直言ってアレクたちだけでは心もとない。
だから俺は自分の力をもう一度示す必要がある。
そのために俺は今、城下の道具屋に買い物に来ていた。
謹慎と言っても王城に上がれないだけで、ずっと自宅にいなければならないわけではない。買い物くらいなら許されている。
俺は道具屋で必要な材料をいくつか買うと、その足で帰路に着く。
――しかし、その道中に城下の人々の奇異の目が俺に突き刺さり、そこら中からひそひそ話が聞こえてくる。
当然、ポジティブなことを言っている者は誰一人としていない。
皆、俺が人形師に転職したこと、それと人形遊びに興じていることについて悪口雑言を垂れ流していた。
はぁ……。もう本当にイヤになる。
……俺が何をしたって言うんだよ?
今まで俺が何百回この国のために戦ってきたと思っているんだ?
どれだけお前らの命を救ってきたと思っている?
別にそのことをひけらかすつもりも自慢するつもりもない。しかし、俺が命を賭けて戦っていなければ、今目の前にいる者たちの何割かが死んでいたはずだ。
それなのによくそんな目で俺のことを見られるな!
俺はそうやって叫び散らかしたい気持ちをぐっと我慢し、足を速める。
叫んだところで一層俺の立場が悪くなるだけだと理解しているからだ。
……なんで俺がこんな惨めな思いをしなければならないのだろう?
いっそむかつく奴をみんなぶっ殺してやろうか?
――俺が本気を出したら、一体誰が止められる?
アレスたちさえ不意を突いて殺してしまえば、この国に俺を止められる者はいないない。
なんなら俺一人でこの国を乗っ取ることも滅ぼすことだって出来るんだぞ!
そんな考えが頭を過って、俺はすぐに頭を振る。
……いけない。さすがに思い詰め過ぎだ。
今はただ、勇者パーティに復帰できるよう頑張ろう。
そう。俺は人形師としての力で、勇者パーティに戻れることを証明するしかないのだ。
**************************************
俺の家は裕福な屋敷が立ち並ぶ西通りの一角にある。
屋敷が並んでいる中にあるのだから、当然俺の家も屋敷だ。
しかも、周りと比べてもかなり大きい屋敷である。
俺の両親は二人ともが前勇者パーティのメンバーであり、貴族だった。
だからこの屋敷は両親の遺産と言える。
大きくて重厚な作りのドアを開けると、がらんとしたエントランスがまず目に入って来た。
本来なら家令や執事といった者たちが出迎えてくれるものだが、俺の家に仕えていたものたちは皆、俺に愛想を尽かして出て行ってしまった。
……まあ、他の貴族たちから嫌がらせ的な引き抜きがあったのだが……。
それゆえに今、この広い屋敷には俺ともう一人しか住んでいない。
ドアが開く音が聞こえたのか、そのもう一人の住人が二階から顔を見せる。
「お帰りなさいませ、お兄様!」
可愛らしい声と共に、二階からパタパタとツインテールの少女が下りてくる。
階段を降りる度に二つにくくられた金の髪がふりふりと揺れ、幼くも整った顔が莞爾とした笑顔を浮かべていた。
今年で十四になる俺の自慢の妹――ルナ。
ルナは階下まで降りてくるとそのままの勢いで俺に抱き着いてくる。
俺は勢いを殺すようにしてルナをぐるんと回して、一周したところで着地させた。
「こら、ルナ。危ないだろ? それと女の子なんだからもっとお淑やかにしろ」
「はーい」
「返事は短く『はい』だ」
「はい!」
両親はすでに亡くなっているので、悪いところがあれば俺が親代わりに注意してやらなければならない。
「お兄様も、帰ってきたら『ただいま』ですわよね?」
「………」
「お兄様?」
「……ただいま」
「はい、よくできました」
……まあ、実は俺の方が注意される数が多いのだけども……。
俺は身を屈めると、いつものようにルナに頭を撫でてもらった。
うん、まあ、俺の方が立場的に下だった……。
しかし実際ルナには苦労をかけていると思う。
両親はルナがまだ小さい時に亡くなった。
それから俺とメイド長のロロウェラの二人でルナの面倒を見てきたが、しかし七年前に俺が成人してからはずっと勇者パーティの一員として戦いに身を投じていたので、この七年はほとんどメイド長のロロウェラに任せきりだった。
そのロロウェラも去年亡くなったので、この一年に関してはずっとルナを一人にしてしまっている。
さらには唯一の肉親である兄の俺の悪口が城下中を駆け巡っており、ルナは相当生き辛いはずだ。
しかも今回の人形師に転職した件で俺の悪評はより広まってしまった。
ルナも街を歩けば『あの悪趣味な人形趣味を持つネルの妹』という目で見られている。
……本当に申し訳なくなる。
「ごめんな、ルナ?」
俺はつい謝っていた。
「何がですの?」
多分、分かっているだろうに、ルナは絶対にそのことを口にしない。そういう子なのだ。
だから俺から言うしかない。
「俺のせいで迷惑をかけている。本当にすまない」
そう言うと、しかしルナの顔から初めて笑みが消えた。
「やめてください。お兄様は何も悪くありません。お兄様は皆のために戦ってきたではありませんか? それなのに、お兄様のことを悪く言う人たちが恩知らずなのです」
ルナはきっぱりと言い切った。
……間違いなく俺のせいで嫌な思いもしているだろうに、そのことをおくびにも出さず……。
俺はたまらなくなってルナを抱きしめた。
「ごめんな?」
「だから謝る必要はどこにもないと……」
「だったら、ありがとう」
「お礼を言われることもしていません」
まったく強情な妹だと思う。
「でも、俺また頑張って勇者パーティに戻って見せるから。今度はルナの誇れる兄になるよう努力するから」
「……お兄様は今でもルナの誇りです」
そう言ってルナは俺の腰に回した腕にぎゅっと力を込めてくる。
俺たちはしばらくエントランスで抱き締め合っていた。
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俺は一旦自分の部屋に戻ると、準備を整えてから地下の工房に向かう。
『ソードマスター』だった父は、お抱えの鍛冶師を雇っており、彼のために専用の鍛冶場を作った。
その彼も腕を磨くと言って旅に出てしまったので、今は俺の工房として使わせてもらっている。
――何に使うかと言うと、人形作りである。
街の者たちが噂している通り、俺には人形作りの趣味がある。
いや、あった、と言いかえるべきかもしれない。
転生前の俺は日本に住んでいた時、重度のフィギュアコレクターだった。
部屋中に美少女のフィギュアをいっぱいにして、気持ち悪がった両親から家を追い出されたくらいにフィギュアを愛していた。
さらには趣味が高じてフィギュアの原型師にすらなってしまった。
ひたすらフィギュアを作りまくって、寝不足になって、ふらふらな状態で外に出た時に道路にフィギュアを落としてしまい、そのフィギュアがトラックに潰されそうになったのを庇ってトラックに跳ねられて、気付いたらこの世界の赤ん坊になっていた、というのが転生した流れだったりする。
……我ながらバカだったと思う。
でも、自分で作ったフィギュアは娘も同じだ。
娘がトラックに跳ねられそうになったら、親なら庇うだろう?
つまり俺は当然のことをしたわけである。
バカだったとは思うが、後悔はしていない。
さて、そんなフィギュアを愛して止まない俺だが、しかし当然ながら剣と魔法の世界であるこの世界にはフィギュアなんてものはなかった。
だったら作るしかないよね?という発想になるまでそう時間はかからなかったという。
ただ、周りから奇異の目で見られることは何となく分かっていたので、隠れてフィギュアを作っていた。
――そんなある日、俺に親友が出来た。
それこそがこの国の王子であり、現勇者のアレクだ。
俺は嬉しかった。フィギュア愛好家だった俺は前世で友達なんていなかったから。
だから俺はつい自分の作ったフィギュアを見せてしまった。
自慢したかったというのもある。
しかしそれよりも、秘密を共有したかったのだと思う。
だが、それは間違いだった。
奴はただ『ソードマスター』と『大魔道士』の息子である『魔法剣士』の俺というブランドが欲しかっただけだった。
元々実力的に俺に劣るアレクは劣等感を感じていたらしく、俺に気持ち悪い趣味があると分かると手の平を返した。
まんまと王族の外面に騙された俺は、そこから転落の一途を辿ることになる。
父と母が魔獣王ダルタニアンとの戦いの中で命を落とすと、後ろ盾がいなくなった俺の評判を落とすようにして、アレクは俺の人形趣味を世間にぶちまけた。
そこから今の状態に至る。
ルナに迷惑をかけたくないので、最近ではフィギュア作りを自粛していたのだが、今日それを解禁する。
――何故なら人形師としての力を発揮するには人形が必要だからだ。
人形師は人形に命を吹き込んで、その人形を操って戦う。
実質それしか出来ないから人形師は弱いのだが、それでも俺は楽しみだった。
だってそうだろう?
フィギュア好きにとってフィギュアを自分の思い通りに動かせるなんて、まるで夢のような話だ。
――俺は自分と一緒に戦ってくれるフィギュアを作る。
工房に着いた俺は準備を整え終ると、早速粘土をこねくり始めていた。
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