落ちこぼれの死神(みかげ綾子)

 子供時代に読書好きだった大人ならば、『落ちこぼれの死神』を(少なくとも「死神さんシリーズ」を)読んだことのない読者はいないだろう。みかげ綾子原作のこの小説は、児童文学の金字塔として、多くの読者の心に刻まれた名作だ。

 今夏公開されて話題を集めたアニメ映画『落ちこぼれの死神さん』の原作でもあり、子供たちの間でも「死神さんシリーズ」の再ブームが来ている中で、表紙がアニメ映画のキャラクターに変わった新装版が出版された中で、今一度読んでみるのもいいのではないか。


 『落ちこぼれの死神』を出しているメーテルリンク文庫は、元々は海外文学の子供向け翻案を出版する叢書としてはじまった(シャーロック・ホームズを当シリーズで知ったという子供も多いという)。

 その後、日本独自の児童文学を、という流れによってオリジナル作品が出版されるようになり、その中でオリジナル小説の第一弾として登場した作品のひとつが、『落ちこぼれの死神』だ。みかげは、当時はアニメを中心に脚本家として活動しており、子供向けの物語を書けるのではないかと、白羽の矢が立ったのだという。

 その後、これが人気を博し一大シリーズとなっていくのは、ご存知の通りである。


 『落ちこぼれの死神』という作品のあらすじを説明すれば、いわゆる「死神もの」のひとつ、ということになる。死すべき定めの人間を看取る役割を果たす死神が、その中で死に纏わるドラマに出会う、という物語類型だ。『死神の精度』や『銀河鉄道の相席』など、多くの傑作があるジャンルでもある。

 死神学校でも、落ちこぼれの少女・しのぶは、その日も「仕事」に失敗してしまった。落ち込んで帰る道すがら、霊感の強い少年・俊に見つかってしまう。

 仕事中に自分の姿をこれから死ぬ人以外に見られてはいけない、という死神界のルールを破ってしまったしのぶは、俊が人に言わないように「監視」するため、一緒に行動をすることになる。

 死神の「仕事」とは、「蝋燭の廊下」にある寿命の蝋燭が短くなった人の元を訪れ、死にゆく人が安らかに亡くなるのを見届け、その魂を死神界まで送り届けることだ。


 今読めば、表現や風俗には少しばかり古いところもあるが、しのぶの等身大の少女らしさや、俊のミステリアスな格好良さは、今読んでも魅力的だ。

 また、今だからこそ分かる読み方というものもある。

 当時、子供の読者であった自分にとって、感情移入の対象はしのぶだった。失敗ばかりで、他の人のような長所もなく、周りの大人は誰もそんな気持ちを分かってくれない。そんなしのぶの境遇は自分自身のそれだったし、そんなしのぶの――つまり、この場合は自分自身の――努力を分かってくれる俊は、まさに「白馬の王子様」だった。しのぶの事を信じ、見守り、助けてくれる憧れの人。

 だが、今読めば、生来の賢明さと霊感のために周りから距離を置いていた俊が、生活から遠ざかっていた「死」と向き合い、成長する物語としても読める。しのぶは死神学校に通う死神であり、人が死ぬのを見ることには最初から慣れている。しかし、俊はそうではない。現代っ子――という表現自体が現代的ではないが――の俊にとって、死は遠くの出来事だ。共働きの核家族であり、両親と祖父母の仲が悪い――これは俊の霊感を祖父母が気味悪がったためでもある――もあり、「死」は遠くの出来事だった。思えば「死」に接する時には俊のほうに感情移入していたように思うし、文章もそのように書かれていたと、今ならばわかる。


 「死神さんシリーズ」は全20巻で完結、その後、俊としのぶの間に生まれた子供・凛が主人公の「新・死神さんシリーズ」が今も続刊中である。

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