暗号解読(西門真)

 宇宙探査機・ボイジャーには、ゴールデンレコードと呼ばれる黄金の円盤が搭載されている。複雑な記号が記載されたその円盤は、人類や言語に依存しない方法によって解読可能な方法で、地球についてのさまざまな情報について記載した代物だ。

 いずれ彼方の異星人がこれを手にした時、解読し、地球について知ってもらうことを期待して搭載されたそれは、まさしく人類の英知と希望の結晶であり、科学が生み出すものの中で最も尊いもののひとつである。


 もし、あなたが異星人で、ボイジャーのゴールデンレコードを拾ったなら――そんな仮定のもとに書かれたのが、西門真のデビュー作『暗号解読』だ。


 主人公は地球からはるか離れたラサルハグェ――へびつかい座α星――星系第二惑星に住む〈言語学者〉。

 天象局が星系に向かってゆっくりと飛来する人工物を捕捉したところから物語は始まる。それが遠い異星から放たれた宇宙探査用の機能を有していた〈構造物〉であると判明すると、ラサルハグェ統一政府は回収・解析のためのプロジェクトチームを立ち上げる。

 〈言語学者〉はこの構造物から異星の言語を解明するエキスパートとして参加し、〈構造物〉に付随していた〈黄金の円盤〉の解読を指揮することになる。


 この〈黄金の円盤〉がボイジャーのゴールデンレコードであることは、序盤から読者には匂わされており、そもそも表紙に「〈構造物〉の絵」として古ぼけてボロボロになったボイジャーが描かれている。

 であれば、そこに書かれている情報が何かもまた、読者には分かっている――少なくとも、容易に調べることができる。解読方法自体も知ることができる。

 だから、この話の主題は「何が〈黄金の円盤〉に書かれているのか」ではないし、「どのように〈言語学者〉が〈黄金の円盤〉を解き明かすのか」でもない。それは「何故〈言語学者〉は〈黄金の円盤〉を解き明かすのか」だ。


 プロジェクトには、さまざまな難題が襲い掛かる。

 〈構造物〉に使われている技術の古さから、この〈構造物〉を発信した星――つまり地球だ――は、恒星間航行技術どころか、惑星間有人航行能力すら有していないことが明らかになる。

 プロジェクトの優先順位は下げられ、そこに有益な情報はないだろう、という心無い声が〈言語学者〉に向けられる。プロジェクト存続の危機。さらにチーム内にも、この仕事を果たす意味が見いだせない者も出てくる。


「それは、やる意味があることか?」

「その仕事には何の価値があるんですか?」


 たとえラサルハグェ星人が昆虫めいた複眼と六本の細い腕を持ち、額の発光器官の明滅によって「会話」を行い、三種の性を有する、地球人類とかけ離れた知的生命体であったとしても、その問いかけは普遍的な意味を持つ。

 そして〈言語学者〉は幾度も、己の仕事の意義に疑問を抱きながらも、鋼鉄の意志でプロジェクトを推進していく。

 そして、読者は希望する。人類がボイジャーに託して送り出した「言葉」を、どうか解き明かしてほしい、見てほしい、聞いてほしい。我々がいるということを、どうか遠い星の君に知ってほしいと。


 さらに、〈言語学者〉がプロジェクトを進めていくと、事態はさらに新たな展開を迎えるのだが――ここからのプロジェクトの行く末を巡る、手に汗握る駆け引きは、是非ともあなた自身の目で確かめてほしい。


 雑誌掲載時から、「ハードSFめいた舞台仕立てにしては、異星人が人間的に過ぎる」という批判はあるが、この作品が描くのはハードSFが持つ「先端技術によって変容する社会や人間」ではない。

 むしろ、どれほど現実とかけ離れた状況にあっても、決して失われることのない夢と希望の物語だ。そして、それこそが原初、SFというジャンルが持っていた熱く胸を焦がす熱情ではなかったか。かつてウェルズが望み、ヴェルヌが信じた、明るい未来を志向する物語だ。それを失ってでも高度な科学知識を求めるのなら、変容する社会を描けというのなら――SFに科学などいらない。SFで変わる社会などいらない。そう断言してしまおう。

 ジャンルはどうしても先鋭化し、複雑化していく。現在、SF界での売れ筋といえば、寓話SFでひとり気を吐く長江晴也を別にすれば、どうしてもマニア向けの濃い作家ばかりが並んでしまう現状がある。そんな中、一般読者に届く物語を書ける作家の登場は、SF界が待ち望んでいたものだと言えるだろう。


 すでに西門は、次作として月面基地を舞台にした「お仕事モノ」の作品を執筆予定という。

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