ロナルド・ハンティントンの事件簿(メビウス・クライン)

 メビウス・クラインは覆面作家だ。

 文体やキャラクターの「立て方」にどことなく、思い当たる節がないこともないが、マスクマンのマスクを剥がすのは不作法というもの。ここは素直に新人作家のお手並みを拝見といこう。


 『ロナルド・ハンティントンの事件簿』は、1930年のイギリスを舞台にしたミステリ小説だ。修道士崩れの探偵、ロナルド・ハンティントンが、彼の暮らす田舎町で起きた殺人事件に巻き込まれ/首を突っ込み、解決に協力するという話。


 ただ、この作品、本格ミステリとして読もうとすると、ちょっと古臭い。書かれたのが90年代ということを考慮しても、あまりに古典的なのだ。

 これは意図的なもので、探偵小説の黄金時代だった20~30年代の作品に対する懐古趣味を全開にして書かれているワケだ。当初は、作家の来歴自体を偽って「30年代の埋もれた名作」として売ろうとしていたというのだから、さもありなん。


 何故、そんな90年代に書かれた作品が2020年の今、翻訳されるのかと言えば、マイク・カーペンター原作の社会派医療ミステリ『神の瞳を持つドクター』シリーズのテレビドラマが大ヒットしたから、ということになる。

 原作(『クレアボヤンス』シリーズ)も新訳版が全巻出て、その流れで他に売れそうなタイトルはないかと……げふん、げふん。メビウス・クラインは、カーペンターとはまったくムカンケイな覆面作家デス。


 閑話休題。

 本作は十戒と同じタイトルの付いた、十篇の連作短編が収められている。

 それぞれが十戒に関連した見立て殺人の意味合いを持ち、またミステリファンにはお馴染みのもうひとつの十戒――ノックスの十戒をひとつずつ破るような仕掛けになっている。今やルール違反が当たり前となった、この古典的なミステリのルールを持ち出してきた辺りに、この作品のやりたいことがあらわれているだろう。

 この十篇はそれぞれ独立した事件だが、ある短編の容疑者だった人物が、別の作品では協力者になったりと、短編同士でゆるく繋がっているところもニヤリとできるポイント。

 作者はできればシリーズ化したかったらしいが、残念無念。ロナルド・ハンティントンの活躍はこの一冊で終わってしまった。


 この作品の特筆すべき点は、なんといってもロナルドと田舎町の仲間たちの痛快なキャラクターだろう。

 篤い信仰心を持ちながら、教会の教えより眼前の人間の窮地を優先したばかりに修道院を追い出されて、それでもなお己の信じる善を貫くロナルドの好漢ぶりは、曲者揃いの探偵界においては珍しく、読んでいるうちについ彼を応援したくなる魅力にあふれている。

 そんな彼の助手役は、盲目だがハンティントン家の中では、ロナルド以上に家の中を把握している世話焼きメイドのメアリー。ロナルドの悪友にして、「酒を産湯にして生まれてきた」と豪語する大酒飲みの元密偵・ウィリアム。ほかにも、受付が煙草で白く煙っているために「霧の宮」の異名を取る薬屋の店主など、愉快なキャラクターが多数登場する。


 犯人も、それぞれに確かな動機や人間臭さを持ち、ロナルドと丁々発止の心理戦を繰り広げるさまは、黄金時代のミステリよりも、もう少し時代を下ったミステリドラマの傑作『刑事コロンボ』のそれを思わせる。

 古典的なトリックも、生き生きとした犯人たちのキャラクターによって、それを仕掛けた理由が与えられることで、生気を吹き込まれた面白さがある。古典作品はトリックのためのトリックになっている作品も多いが、擬古典とでもいうべきこの作品は、古典らしい大らかさの中に、そうした配慮がされているのが妙味と言える。

 何より、トリックと分かち難く結びついた犯人のキャラクターというのは、カーペンター作品最大の魅力のひとつでもある――まあ、カーペンターは関係ないんデスケド。(建前)


 ミステリとしては、謎解きを愛好する読者諸賢には物足りぬものであろうが、そうした欠点はひとまず置いて、ロナルド・ハンティントンという名探偵の活躍を楽しんでほしい。

 もしかして、爆発的にヒットしたら、新作が書かれるかもしれないし。

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